幼馴染が変
俺の将来設計は、人生ナメまくりの3歳児の時に決めました。
正確に言うと、夏祭りの喧騒の中、昼の鐘が鳴り始め、鳴り終わるまでに。
ズボンに着いた砂を払い、ジャリジャリする口から血を吐き出し、牛乳まみれの頭を振って、俺は誓った。
誰もが羨む様な可愛い花嫁さんと、賢くて気の利く子供が6人に、村中のみんなが簡単に逆らえない様な権力と力を持って、勝ち組と呼ばれてやる。ウラァ!
その為には、パティが必要である。
家がソコソコお金持ちで、両親共に領主様の館で働いてるから、村の他の奴等よりコネがある。
取っ掛かりさえあれば、確実に俺は村長を追い落とし、村を支配出来る自信がある。
パティは美人だし性格も良い。
何よりパティは俺が好きだ。
そして、俺もパティが好きだ。
完璧じゃん?
そう思っていた俺の『人生ウハウハ計画』は、当の要であるパティによって、ぶっ壊れる事になる。
8歳の時だ。
「ノイ、ありがとう!」
物見台から荷馬車のホロに落下し、バウンドした衝撃でモウ(村一番の暴れ牛)の背中に着地し、怒り狂ったモウに
「ブメレリャーーー!!!」
みたいな、よく分からない鳴き声で5m先にある杉の木のテッペンまで蹴り飛ばされ、枝をバキボキ降りながら落下し、激しく頭を打ったパティが、助けに行こうとしたまま固まってしまった俺を見て、ニコッと笑った。
「ば………」
パティの前歯が、二本共 抜けている。鼻からも額からも血が出ているし、左手が変な方向に曲がっている。
俺は真っ青になって、パティに駆け寄った。
「痛く無い!痛く無いからな!大丈夫だ!俺がいるから大丈夫だ!俺が必ず何とかする!絶対に大丈夫だから!落ち着いて待ってろ!」
パティが小さく頷いた。あんなに可愛かった俺の お姫様が、見てるだけで痛々しい大怪我を負っている。怪我をするだけでも辛いのに、顔が傷だらけになって、女の子にとっては さぞ辛いだろう。
とにかく落ち着け!落ち着くんだ!俺!!
今までの人生経験の中から、現状の最適解を導き出す。
「今、人を呼ぶからな!」
物見台にある鐘を鳴らし、鐘を鳴らすための紐をモウに括り付けた。怒り狂うモウの角を避けて、でんぐり返りでパティの元に戻る。
「パティ!!!」
「ノイの言った通り、大丈夫みたい。思ったよりも怪我してないみたいで、もう治ったよ」
俺はパティのケロっとした様子に思わずズッコケタ。
怒り狂っていたモウが、直立不動の姿勢で固まるレベルで。
コケて擦り傷だらけになった俺を心配して、パティが駆け足でやって来る。
「ドチャクソ平気そうじゃん…」
安堵の為か、体中から力が抜けた。パティの言う通り、思ったより怪我をしていなかったのだろう。あんな奇跡のパチンコ状態になって立ち上がれるなんて、パティは運が良い。
きっと神様に愛されているんだろうな。
「必死に助けようとしてくれて、ありがとう。ノイのお陰で、ドチャクソ嬉しい!」
俺、全然なーんも、やってないけど…パティが幸せなら、俺の手柄にしておくか。
パティの手を握って立ち上がり、砂まみれになった服を軽く払った。
非常用の鐘の音を聞いたなら、次期に大人たちがやって来るだろう。
大した事の無い状況がバレたら、俺がパティの怪我を見て焦った マヌケちゃん みたいに、物笑いの種にされてしまう。
更に、モウに悪戯したとか、物見台で遊ぶなとか、叱られる。
「姫、お手をどうぞ。大人達に見つかる前に、サッサとずらかるぞ!!」
少し頬を赤くしたパティの手を握り、物見台と「ブモビャリャーーー!!!」という鳴き声から、逃げ出した。
物見台の鐘の音が止んだ。
「来るの遅ぇ〜よ」
この村、有事の際に大丈夫なのか?
モウを縄から解放する時間を考えたって、遅いだろ。
森をちょっと歩いた所にある川で、俺はヤレヤレと首を振った。血まみれのパティを背負った事で、汚れた服をジャブジャブ洗う。
こんなもんかなー。
と思った所で、服をギュッと絞り、大きめの岩に叩き付けた。
これで早く乾くだろ。
下着姿になった俺を恥ずかしそうに見るパティに、テキトーな岩に座る様に指示した。血を洗い流した顔や頭を見る。
何とも無い。
続いて、左手を軽く動かさせ、口の中も見てみる。
何とも無い。
変な方向に曲がっていた腕や前歯は、時間を巻き戻したかの様に綺麗になっている。
背筋がゾクッとした。
俺は確かに、パティの腕が折れて前歯が無くなっているのを見た。その光景は目に焼き付いているし、俺は お馬鹿ちゃん じゃないので、見間違えなんてした事が無い。
絶対にパティは怪我をしていた。
間違いない。
実際、大量の血が出ていた。
「お前、魔力持ちだったのか…」
俺の呟きに、パティは怪訝な顔をした。
流石の俺でも、このマイナスをプラスに変える計算式は見つかりそうに無い。
俺の手なんか永久に届かない様な、遥か高〜い空を見上げると、遠くの方に天空国家がポツリと浮かんでいた。