1話 おっさん異世界と天国の違いを知る
日差しが良い。
瞼を透かして太陽光が眼球に刺さる感覚を覚える。
余りの眩しさに腕を顔の前に突き出し光を遮るようにして薄っすらと瞼を持ち上げる。
!?!?!?
これまでの状況からはあり得ない景色が広がっていて思わず驚いてしまう。
広い草原に花々が乱れ咲きさわやかな風と暖かな光が降り注ぐ。
とても気持ちのいい場所だった。
成る程、ここが天国か。
思わず納得してしまう。
俺は辛い現実に耐え兼ね自殺したのだ。
生きていても真綿で首を絞められるような徐々に追い込まれていく感覚があった。
それは日に日に強くなっていき遂には息をするのも困難な状態になった。
そしてついに近くのマンションから飛び降りたのだ。
自殺したら天国には行けないかもしれないな等と思っていたがどうやらそれは杞憂だったらしい。
それももうおしまいだ、こうして天国に来たんだからもう現実なんて関係ないさ。
残してきた親の事は心配だが弟も居る事だし何とかなるだろう。
そう思い立ち上がろうとした時だった。
ズドォーン!!
何か重々しいものが落ちるようなそんな音がした。
吃驚してその方向を見てみると砂ぼこりの様なものが巻き起こっているのが判った。
あちらの方で何かがあるらしい。
天使のお迎えにしては仰々しいなと思いながらも俺は音がした方向へと行ってみる事にした。
それは球体だった。
高さ的には俺の膝位だろうか。
真ん中に目玉のような透明なものが嵌められていて、カラフルに光っていた。
「やっと見つけましたよぉ、名前はぁ・・・えっと、どうでも良いや、おっさん!」
その球体から声がする。
思わずビクッっと体を震わせる。
聞いた感じだとこちらを知っているかのようだった。
目の前の球体はこちらの様子などお構いなしに話し出す。
「あーおっさん急にこんな所に来て驚いてるでしょ?
でもまぁこっちも大変な訳でちょっと話聞いてくれない?
ほら、一応天使って事になってるから神様に怒られちゃうのよ、本当下働きも楽じゃないんだよ」
一方的にペラペラとマシンガンの様に話す球体の言葉はこの後も延々と続く。
大抵は天界とやらの場所や神様とやらの愚痴で構成されていた。
そしてそれを聞くうちにこの自称天使とやらを自分と重ねてしまいついつい話が弾んでしまう。
ひとしきりお互い愚痴を吐き出し終えたのは真上にあったはずの太陽が沈みそうになっていた辺りだった。
「おっさん、あんた本当大変な人生だったんだな。
本当はおっさんに手紙渡して即帰る予定だったんだけど、わたしも力になるよ」
球体がピカピカと光りながら何やら意味深な事を言い出す。
「まずおっさん、説明忘れてたんだけどさ、ここおっさんの言う様な天国って奴じゃないから。
天国ってな?実は天の牢獄って意味で地獄で管理するほどじゃないけど悪い魂を浄化するための牢屋なんだよ、そして天使ってのはその看守も仕事な訳よ」
何だかとんでもない事を聞いてる気がする。
天国ってそんな場所なのか。
じゃあ・・・
「おぉそうそう、じゃあここは天国じゃないなら何処なんだって話だよな?
判る判る、自殺したらここに居ましたって訳だから気にならない訳ないよな。
ここはおっさんが居た世界とは別の世界。異世界って奴さ」
頭を捻る俺に自称天使は話を続ける。
「おっさんが居た世界で言うとここは剣と魔法の世界って奴さ。
そしてここはその異世界からも隔離されたおっさんの為だけの世界。
勿論何の目的もなくおっさんをここに飛ばした訳じゃ無い。
これもあのクソジジ・・・げふんげふん、神様の試練って奴だ」
神様の試練。
その言葉と同時に周りの地形が変化を始めた。
土が隆起し木々が急激に生えぐんぐん伸びる。
先ほどまで夕日だった空模様はそのままにぐにゃりとねじ曲がる。
この世の終わりかと思った。
思わず叫び声をあげて逃げようとするが、動き続ける地面に足を取られ腰が抜けてしまいそこから動けなくなってしまう。
「あああ、ごめんごめん説明なしだったから驚いちゃったか。
直ぐ収まるから大丈夫だよ」
球体は転がらない様にちゃっかり地面から浮かび上がりながらのんびりとした口調で言う。
俺はそんな言葉は耳に入らず只管慌ててしがみ付けるものを探し回った。
実際に球体が言う通り変化は直ぐに収まった。
この辺り一面芝生の生い茂る平原って感じだったのが、一転木々の生い茂る鬱蒼とした森へと変貌していた。
そして目の前に石造りの小さな小屋が出来ていた。
「さてと、神様の手紙とか説明書きとかは小屋の中にあるから落ち着いたら確認してね?
それじゃ天界に帰るよ、おっさん頑張れ!」
少しは落ち着いて周りを見回す余裕が出来たかと思えば、球体はそのまま空の上に飛んでいき見えなくなってしまった。
正直何が起きたか全く把握できていないが、取り敢えず目の前にある小屋で休もうかと立ち上がり玄関を見る。
玄関にはセーフハウスと書かれていた。