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縁の本棚  作者: 雪縁
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本日の一冊 「そうか、もう君は いないのか」

「そうか、もう君は いないのか」【新潮文庫】

              城山 三郎作


 母が六十代を迎えたばかりのときだった。

 体調がすぐれず、大きな病院で検査を受けたその結果を、医師は父にこう伝えた。

「残念ながら癌です。ステージ4に入っています」

 悄然とうなだれてもどってきた父に、どんな言葉をかけたのか、今となっては記憶にないが、それから一年半もの間、父は母の病気を治したい一心で、ありとあらゆる健康法を試し、名医と名高い医師を探しては飛行機で相談に行き、自宅から片道二時間近くかかる病院への往復も、ものともせずに頑張り続けた。

 そんな父を自分のことよりも心配し続けた母。

 常にお互いのことを思いやっていた両親。

 姉も私もすでに結婚し、二人の人生、まだまだこれからという矢先の永遠の別れとなってしまった。


 本書は、城山氏の最愛の伴侶である容子さんとの出会い、結婚までのいきさつ、結婚後のお茶目なエピソード、そして容子さんが病魔に襲われ、永遠の別れとなるまでの記録ともとれる一冊である。

 

 容子さんが癌と告げられたときのこんな描写がある。

 呆れるほどの呑気な表情で、

「ガン、ガン、ガンチャン、ガンタラララ」

 容子さんがそう歌いながらやってきた。そして城山氏の姿を見るなり、両腕の中に飛びこんできたのだ。

「大丈夫、大丈夫、おれがついてる」

 城山氏は容子さんをしっかりと抱きしめ、何度も繰り返したという。


 この頁に目をやったとたん、自分が外出中だったことに気づき、あわてて本を閉じた。

 危うく涙するところだった。

 どうしても重ねてしまう。あのころの両親の姿に……。


 わたしたち夫婦も年ごとに、両親が別れた年齢に近づいていく。

 まだまだ先のことと考えもしなかった相方との別れを想像するだけで身の毛がよだつ。

 そうか。きみはもう、いないのか……。

 愛する連れあいを亡くしてはじめて、ぽっかりと空いた心でだれもがそう感じるのだろう。


 容子さんが逝かれて七年後。城山さんもまた、この世を去った。

 こころなしか上を見上げ、微笑むような安らかな表情だったという。

 きっと母が父を迎えに来てくれたんだと、城山氏のお嬢さんは、「父が遺してくれたものー『最後の黄金の日々』」の中の文章で明らかにされている。


 熟年離婚だのなんだの騒がしい昨今、これほどまでに互いの愛情に満ちた夫婦の姿が、静かな感動を与えてくれる一冊である。


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