安房直子コレクション3より「ふろふき大根のゆうべ」
安房直子コレクション3
【ものいう動物たちのすみか】より
「ふろふき大根のゆうべ」
大きなみずみずしい大根が一本。
今夜はこれを使って、なにを作りましょう?
そう思うとき、決まって頭に浮かぶお話がある。
この「ふろふき大根のゆうべ」である。
峠の茶屋の茂平さんは、ふもとの畑で分けてもらった大根を持って、日暮れの山道を急いでのぼっていた。
すると、手ぬぐいでほっかむりをした大きな動物と出会う。なんとそれはイノシシで、これからみそを買いに行くのだという。
「イノシシがみそ買ってどうするんだ?」
茂平さんの問いかけにイノシシは胸をはってこたえる。
「きまってるじゃありませんか。今夜はふろふき大根の夕べですから」
そしてそのイノシシは、茂平さんが手持ちの大根を一本分けてくれたなら、もちまわりで行われる今夜の会に特別招待してくれるという。
茂平さんは大喜びで、クルミみそを持ってイノシシの家を訪ねる。
その家には、あかあかと火が燃えた大きないろりがあり、上からつるされた鉄の鍋からは、ほやほやと湯気が上がっていた。
招待してくれたあかね山のイノシシは、家の四方のまどを開けると、次々に声をかける。
「三日月山のイノシシや~い」
「北森山のイノシシや~い」
「日暮れ山のイノシシや~い」
すると、てぬぐいでほっかむりした仲間のイノシシたちが次々に、真っ暗闇の中、山を越えてまっしぐらにやってきた。
やがて、ふろふき大根の会が始まる。大根は驚くほど厚く、驚くほどのまっ白な湯気に包まれている。
立ち上る白い湯気の中に、イノシシたちはそれぞれが思い思いのものを見て、しみじみとした気持ちに包まれるのだった。
最後の仕上げは、驚くほどの大きなお餅。
いろりの火で焼いて、のりや、きなこや、ごまでいただく。
帰り際にイノシシから手ぬぐいを借りて、ほっかむりした茂平さん。まるでイノシシさながらに、速く軽い足どりで自宅へと戻っていったのだった。
読むだけで伝わってくる、ふろふき大根の温かさ。美味しさ。クルミ味噌の香ばしさ。大きなお餅の歯ごたえや味わい……。
安房作品には、このよう食べ物を扱った作品もいくつかある。素朴でありながらも心に残る理由、それは、きっと作者の日常からくるものでもあるだろう。
作者は、巻末のエッセイ集でもこう述べる。
お料理もお掃除も、縫い物も、家事全般をていねいにこなす中で、お話の種を見つけている……。
暮らしに根づいた安定感のあるファンタジーは、安房作品の魅力のひとつだと思うのだ。




