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縁の本棚  作者: 雪縁
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本日もう一話 「記憶の本棚より ねずみのよめいり」

     記憶の本棚より 「ねずみのよめいり」


 あざやかな黄色の表紙に描かれた、花嫁すがたの一匹のねずみ。

 図書館も本屋もない片田舎で、ゆいいつ何冊かの本を扱っている文具屋さんに、その絵本はあった。

 わたしがあまりにも欲しそうな顔をしていたのだろうか。めったにないことだったけれど、母はその絵本を買ってくれた。自分のものとなったその絵本を胸に抱きしめ、うれしくて、うれしくて、しばらくは、必ずまくらもとに置いて寝た。


 今思うと、母がその絵本を買ってくれた理由がもうひとつ思い当たる。ちょうどそのころ、父が盲腸で入院中だったのだ。

 おとうさん子で、常にくっついていたわたしだったから、きっと、どんなにか寂しいだろうとかわいそうに思ってくれたのかもしれない。

 そのおかげあってか、さほど寂しさを感じないうちに、父は無事に退院してきた。


 事件が起こったのは、父が退院した、まさにその夜のことだった。

 久しぶりに、となりに寝てくれた父に新しい絵本を見せたくて、わたしは、るんるん気分で「ねずみのよめいり」を差し出したのだった。

 ところが、思いがけず手が滑ってしまった。

 ハードカバーの絵本の角は、よりによって父の手術したての盲腸の傷跡を直撃したのだ。

 右下腹部を押さえて、苦しむ父。

 どうしたの?と蒼白になってかけよってきた母。

 幼いわたしだったが、まさに全身から血の気がひいていくのがわかった。

 幸いにも、父の痛みはおさまり、傷跡も大丈夫だったので、心底ホッとしたものの、以来、わたしはその絵本を、二度と父のそばには持っていかなかった。


 さて、当時初めて読んだ「ねずみのよめいり」

 お年頃の娘ねずみのために、親ねずみがあちこちと婿さがしをしてまわる。

 太陽にはじまり、雲、風、壁、いずれもお断りされてしまうが、最後は同じねずみのすてきな伴侶を見つけて、めでたしめでたしというストーリー。

 目の中に入れても痛くないほどかわいい娘を、りっぱな相手に嫁入りさせたいという親の願いは、今も昔も変わりがないようだ。

 ただ最近では、求めるハードルが高くなりすぎたのか、なかなか思うような相手に巡り会えない場合もかなりあるようで……。

 親の願いどおり、早すぎも遅すぎもしない年齢で、伴侶と巡り会うことができたわたしは、まずまず親孝行だったかもしれない。

 

 手元にはない一冊だが、記憶の本棚にはしっかりとおさまっている。

 


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