本日の一冊 「すぐ死ぬんだから」
「すぐ死ぬんだから」【講談社文庫】
内牧 牧子・作
ショッキングなタイトルに惹かれて、店頭に並べられていた一冊をとった.
そのわりには、表紙には、何とも生き生きとした、お洒落な高齢の女性が描かれている。
ページをめくると、目に飛び込んでくる数行…。
―年をとれば、誰だって退化する。
鈍くなる。緩くなる。くどくなる。愚痴になる。寂しがる。同情を引きたがる。ケチになる。
どうせ「すぐ死ぬんだから」となる。(中略)
孫自慢に、病気自慢に、元気自慢。
これが世の爺サン、婆サンの現実だ。
この現実を少しでも遠ざける気合と努力が、いい年の取り方につながる。まちがいない。
六十代に入ったら、男も女も絶対に実年齢に見られてはならない。
うわあ……。いきなり、ノックアウトされた気分になる。
それでなくても、自分の身体に退化が始まっている現実は否めない。あと数年で、母が亡くなった年だと思うと、このごろふと、身辺整理をした方がいいのかと思う時が増えてきた。
物語の主人公は七十八歳の忍ハナ。
ハイヒールをはき、鮮やかなビリジャングリーンの薄手のセーターに、大ぶりのネックレス。モノトーンの幾何学模様のスカートという、いでたちのハナは、誰の目にも、センスよく、生き生きと若く映る。
ハナたち夫婦は、もとは酒屋を営み、今は引退して、息子の雪男夫婦にまかせているが、雪男の嫁の由美ときたら、過去に一度きりの絵画の入賞経験でいっぱしの芸術家きどり。アトリエにこもりきりでぜんぜん店には顔を出さない。それどころが、結婚以来二十二年間ノーメイクに加え、夏はよれよれのTシャツとジャージ、冬はフリースのジャンバーにジャージと、ハナに言わせれば、貧乏くさいことこの上ない嫁なのだった。あえていじめるようなことはしないが、ハナの由美に対する眼差しは厳しい。そして由美自身もかなり気の強い嫁なのだった。
そんな中で、常にハナを優しく見守り、俺の自慢だと言い切るのは、夫の岩造。ハナと結婚したことが一番の幸せだと口癖のように言うのだった。物静かで、ギャンブルも女遊びもせず、静かに折り紙の芸術を楽しむ岩造との暮らしは、ハナにとって何より心休まるものだった。
しかしある日、それまでの生活が一変する。岩造が急逝したのである。それだけではない。
予想もしない真相が発覚。なんとあのまじめな岩造に、数十年来の恋人と隠し子がいたのである。
それも亡くなる寸前まで会っていたというのだから、ハナたちのショックは計り知れない。
さあ、ハナはどうなる? どんなに打ちひしがれても外見を磨くことを忘れないハナ。
そこに感じるものは気力である。自分がもし同じ立場だったら、果たしてハナみたいな強い心を持てるだろうか。
年を重ねれば、その人の生き方や思いが顔を作るというのは確かなこと。けれどメイクを施したり、自分自身を着飾ることによって、さらに前向きに生きていけるような気がする。
人生百年と言われるようになった現在、老いの坂の入り口に立った人に、ぜひ贈りたい一冊である。




