本日の一冊 「氷石」
「氷石」【くもん出版】
久保田 香里・作
飯野 和好・画
七一〇年、平城京に遷都
七二四年、聖武天皇即位
七三〇年、光明皇后、皇后宮職に施薬院を設置
七三七年、天然痘で藤原四兄弟死亡
学生時代、歴史のテストで必ずといっていいほど出題された七一〇年。かなり懐かしい年号ではないだろうか。年号暗記カードなどを作り、さまざまな年号を一生懸命覚えた記憶があるが、所詮はただの暗記。覚えておく必要がなくなると、片っ端から脳のファイルから消え落ちてしまったようだ。
天平時代がどういうものだったのか、人々はどんな暮らしをしていたのか。
そんな知識があってこそ、歴史を勉強したといえるのではないかと思う。
さて、本作を図書館から借りて帰るのは、これで三回目。同じ疫病がはやる時代の物語として、どうしても再読したくなった。
新型コロナという中国からもたらされたウイルスと、遣唐使からもたらされたといわれる天然痘のウイルス。天平九年は、モガサと呼ばれるその疫病が都を襲い、多くの人命が奪われていた時代だった。
主人公千広の父は、遣唐使船に乗ったもののなかなか戻って来ず、母は、千広を一人残して、疫病で亡くなってしまう。
自分たちを見捨てたのも同然の父に対し、激しい反発心を抱きながら、生きるために必要な賃金を得るため、千広は、通りの市にむしろを広げ、偽物の小石を売り続ける。疫病に効くだの大神のご加護の石だのウソをならべたてる千広の前に現れ、嘘だとわかっていても、水晶に似た石を買っていく少女宿奈。水晶は別名氷石とも言われるらしい。
やがて市をうろつく不良にからまれ、施薬院に運ばれた千広。
広い心でじっと見守ってくれる伊真や、幼くても一途に千広を慕い、寄り添ってくれようとする少年、安都との出会いにより、かたくなに心を閉ざしていた千広は少しずつ心を開いていく。そして毛嫌いしていたはずの父の血筋か、自分も字を書くことに対し、並々ならぬ興味と才能があることを認めるようになる。
しばらく音信不通だった宿奈は、疫病をわずらっていた。氷石をしっかりと握りしめたままの宿奈と再会できた千広は……。
大切な人が次々に疫病に侵され、命を落とす。そんな切ない場面が、今のコロナ禍とだぶる。
ご加護の石に、護符にすがりつきたいという、当時の庶民の気持ちも、今の私たちとあまり変わらないかもしれない。八方塞がりの中にもたらされる光。どんな状況の中でも、それはやはり人間同士の温かなぬくもりなのだとしみじみ感じた。




