本日の一冊 「きつねの時間」
「きつねの時間」【フレーベル館】
蓼内 明子・作
大野 八生・絵
長編を書こうとするとき、登場人物のキャラクターや構成など、いろいろと考えなくてはならないのだけれど、特に、登場人物を中心に、縦糸、横糸の絡みを描くことがむずかしいと思う。
その点において、この作品に出てくる登場人物たちの糸の絡ませ方は上手いなと思った。
それもそのはず。本作は、児童文芸家協会創作コンクールつばさ賞受賞作品であり、作者の蓼内氏は、数々の児童文学作家を生み出したハイレベル同人誌「ももたろう」出身の作家である。
「きつねの時間」という、不思議なタイトルに惹かれて頁をめくっていくと、登場するのは、六年生の少女ふみ。ママとふたり暮らしだ。
ママの仕事がおそい夜。ふみはママの大好きなインドカレーをこしらえる。
「ターメリックは大さじ1、クミンは小さじ1、カルダモンも小さじ1っと。コリアンダーもオールスパイスも小さじ1、クローブは小さじ半分」
記憶のメモのとおりに、スパイスをきちんとはかる。
そして、鍋に油をしき、ニンニクの香りが漂い始めた頃に、タイマーを十五分にセット。玉ねぎがきつね色になるまで、ひたすらに木べらをもつ手を動かす。これが、ふみにとっての「きつねの時間」なのだった。
自分が幼い頃に、パパは亡くなったと信じていたふみは、ある日突然、ママの口から本当の事実を聞かされる。インドで有機農業のボランティア活動に熱心だったパパこと高橋洋太。美術大生だったママと知り合うが、結局ひとりで、インドで生きる道を選んだ。自分の血を分けた娘がいるということも、何も知らされないまま、今でもインドで働いているかもしれないというのだ。
パパに会いたい、今からでも家族になりたい。そんなふみの気持ちを、ママは頭ごなしにシャットアウト。怒り心頭に発するふみはついに、「ポンパドール」のルールを、ママに突き付ける。
物語は、冒頭、ふみに告白してくる同級生の孝太郎くん、常に仏頂面のおさななじみの女の子、りょう。クラスの中で無理やり、強い女の子たちのグループに入れられている純ちゃん、成長するふみやりょうをあたたかく見守ってくれる、すみれ幼稚園のキンコ先生とまり子先生、ママの恋人かもしれないとふみが疑う政門さん。
ママとふみの関係が縦糸とすれば、ふみをめぐるさまざまな登場人物たちが横糸でつながり、最後は、まだ見ぬパパとも、ふみはしっかり繋がることができるのだ。
きつね色にじっくり炒めたり焼いたりすることで、素材はぐんとおいしさを増す。
そんな「きつねの時間」に、昔を懐古することは、私自身もよくある。
昔を懐古しながら、実は今を生きるエネルギーを、内にためるひとときなのかもしれないとしみじみ感じさせてくれる一冊だった。




