本日の一冊 「感動する脳」
「感動する脳」【PHP文庫】
茂木 健一郎・著
茂木氏の脳に関する著作はかなりあるが、中でも、本作はとてもわかりやすく書かれている。
ラインだらけ、折り目だらけ。マイブックでなければできないことだが、まさにそうなってしまったこの本。見た目は汚いが、私には手放すことのできない一冊だ。
二十年以上前、童話の同人誌に入会したころ、すでに還暦を目前に控えた先輩たちから、口をそろえてアドバイスされた。
「年をとったら、アイディアも浮かばなくなってね、書けなくなるの。今、若いうちにたくさん書いておきなさいね」
へえ、そういうものなんだ……。
まだ若かったころの自分は、そのときの先輩方の言葉を半信半疑で聞いていた。
あれから長い月日がたった。私自身、だんだんと年を重ねてきて、ようやく先輩方のアドバイスの意味が理解できるようになってきた。
年齢とともに、衰えてくるのは、意欲なのだ。ただ年をとったからではなく、年とともに身近に溢れてくるさまざまな出来事、たとえば親の介護や家族の問題や自身の健康など、考えざるをえないことがどんどん出てくることも意欲減退の原因の一つだと思う。
しかし、働く意欲なし、学ぶ意欲なしの若者たちがいる一方で、年配者でも意欲に溢れて、驚くほどエネルギッシュな方だって、たくさんおられるではないか。
茂木氏によれば、最近の脳科学では、心=脳であることがわかってきたという。
心が前向きであれば脳も前向きに。逆もしかり。だから、意欲が落ちていると感じたときには、あえて意欲のある脳の状態を作ってやる。たとえ根拠がなくても自分はやれるんだと信じ込む。すると脳は、やれるという自信のある状態にできあがる。反対にやれないと思うと、脳も自信のない状態になってしまうというのである。
その意欲を引き出すもの。それが「感動」である。
例えば、本の一節に、映画の一場面に涙が出たり、心が震えるような思いを抱く。それは、今経験していることが、脳や人生を変えるきっかけとなり、自分自身が生きる上で大きな意味を持っていることだと脳がサインを送っているということらしい。そういう感動がある限り、身体は衰えても、脳自体は進化し続けるというのである。
茂木氏は、ほかにも共感回路であるとか、男性脳女性脳の違い、ネガティブ脳、芸術家が長生きの理由などさまざまな脳の働きを示し、最後に感動脳を作る上で大切なことは、心に余白を持つということだと説いている。
心の余白すなわち、心のゆとりである。人生のどんな局面においても、五分間だけ、すべてを忘れて自然に目をやる、作品に集中する、その小さな感動の積み重ねが、困難な状況でも、自分を救う手立てになるのだそうだ。
パンデミックが広がりつつある現代こそ、小さくても何か感動を探すことが求められているのかもしれない。




