本日の一冊 「秋の猫」
「秋の猫」【集英社文庫】
藤堂志津子・作
いろんな事情が重なり、九十歳を目の前にして、父親がひとり暮らしになってしまった。
父親は、まだ現役で仕事をしているし、車の運転も、病院など行先限定で行っている。
介護には至らないが、食事や洗濯の問題、そして何より、父は人一倍の寂しがりやなのである。
おそらく父が話をしなくなる時とは、死んだときかもしれない。
自分の幼少の頃の話、仕事の話、私たちが小さかった時の話、よくもまあ、こんなに話せることと思うほどによく話す。中にはこれで数十回目だよねという話題もあるけれど……。
父を孤独にはさせたくない。かといって、今すぐに私たちの生活を変えることも不可能である。
だから、せめて日々私が実家に通うこと。今のところはそれしかないという結論に至っている。
秋の始め、どこからか、実家に一ぴきのノラねこがやってくるようになった。
つやつやとした真っ黒な毛並み、金色の瞳、かぎ状のしっぽ、ノラにしては、人なつこい甘え方。
月並みではあるが、クロと呼ぶことに決めた。
これまでだったら、ノラねこは家に寄せ付けなかった父だが、朝起きて、クロが来ているときの喜びようといったらない。そして、時間に追われっぱなしの私にとっても、クロを撫でさするときは、つかのま幸せな気持ちになれる。クロは外猫だけれど、ペットの存在は、こんなにも心を癒してくれるのだと改めて感じている。
本作品は、猫や犬にかかわる、藤堂志津子の五編にわたる短編が収録されている。
表題作「秋の猫」の主人公は三十三歳になる独身の早智子である。恋人の二度の浮気に、ズタズタになった心を癒してくれたのは、子猫のロロ。ロロのけなげなかわいらしさの前では、どんな男も必要ないと思えてくる早智子であったが、もう一ぴき、ミミという猫を一緒に飼うことにしたとたん、新たな悩みが生じてくる。
「幸運の犬」の夫婦は、出会ってから二人でキチ坊という犬を飼い始める。才能を持ちながらもそれまでは日の目をみることがなかった夫が、キチ坊がやってきて以来、とんとん拍子にキャリアを積んでいく。一方の妻はキチ坊以外に愛情を注ぐ対象はなく、自分には何も残されていないと気付く。夫の不貞により離婚を決意した妻は、無理とわかって慰謝料五千万円を夫に要求。ところが夫は苦労の末、五千万円を用意してくる。けれどもそのかわりにと出された妻への条件は、あまりに寂しすぎて……。
「病む犬」では、念願の犬を手にいれたものの、犬の皮膚の病気や相次ぐ病気で、自らの生活さえも危うくなった主人公の身に起こったこととは……。
私たちを癒してくれる犬や猫たちの静かな力。
彼らは表面には出てこないものの、その存在力を十分に感じる短編ぞろいである。




