本日の一冊 「ゆきひらの話」
「ゆきひらの話」【偕成社】
安房 直子・作
田中 清代・絵
表紙に大きく描かれているのは、くりっとした目で、こちらを見ている小さな土鍋。
まるいふたと、とってと、口がついていて、おかゆを煮たり、おじやをこしらえるのには、とても便利なおなべだ。本来、ゆきひらなべというのは、このなべのことなのだが、最近では、めっきり使われなくなり、代わりにアルミやステンレス製の片手鍋が、堂々と「ゆきひらなべ」として出回っている。
我が家にも、土鍋の「ゆきひら」があった。私が幼いころ、熱を出すと、母は必ずそれでおかゆを炊いてくれた。 土鍋で炊いたおかゆと梅干し。弱った身体にはこれが一番だったと思う。
この作品に出てくるおばあさんは、ひとり暮らし。風邪をひいて、もう長いこと熱が下がらない。
「こんなときにだれかがいてくれたらねえ。せめてねこ一ぴきでもそばにいてくれたら……」
おばあさんのせつないひとりごとにこたえるように、台所から元気な声が聞こえてきた。
「ぼく、ゆきひらです。ここを開けてください」
はて? ゆきひらさんって誰だったかしら? 台所へ向かったおばあさんはびっくり。
しゃべっていたのは、戸棚の中にしまっておいたきりのゆきひらなべだったからである。
遠い昔、おばあさんが少女だったころに、よく使われていたゆきひらなべ。懐かしさでいっぱいのおばあさんに、ゆきひらは言うのだった。
「あったかいおかゆを作りましょう」
「あついやさいスープはどうでしょう」
けれども、熱が高いおばあさんが、今食べたいものは冷たいもの。
すると、ゆきひらはすかさず、りんごのあま煮をごちそうしようといってくれる。
おばあさんにりんごの皮をむいてもらって、うすぎりのりんごと砂糖を入れてもらうと、それからはゆきひらの出番。とろ火のかまどで、りんごをやわらかくして、ちゃんと火を消し、外へ出て行く。
なまり色の空に向かって口ぶえを鳴らし、大きな声で歌う。「ゆきひら、ゆきひら、ゆきのなか」
すると、それを合図のように、どんどん舞い降りて来る雪の中で、雪のように冷たくなったゆきひらは、ようやくおばあさんのまくらもとへ。
熱のあるおばあさんのあつい口の中で、あまく冷たいりんごのあま煮の、何て美味しいこと!
あま煮をすっかりたいらげたおばあさんに、ゆきひらは、もうひとつの贈り物をするのだ。
さて、その贈り物とは……?
お料理好きだった安房直子さんの童話は、いろんな食べ物が出てくるのも魅力のひとつ。
この絵本の最後には、「りんごのあま煮のつくり方」が紹介されている。
小さな土鍋ひとつで、優しい世界を紡ぎ上げることのできる作者の感性に、本当に惚れ惚れとしてしまうのである。




