本日の一冊 「百歳日記」
「百歳日記」【NHK出版生活人新書】
まど みちお・著
数年前に逝去された作者は、童謡「ぞうさん」の作詞で知られる詩人である。
「はじめまして。私ことペンネーム・まど みちお。フダツキの アルツハイマの 前立腺の患者でございます」
そんなユーモラスな書き出しで始まる新しいノートに百歳日記を綴る。
老いてなお、自由な感性を持ち続けることの素晴らしさ、そして衰えることを知らない感性の源はどこにあるのだろうか。本書を読んで考えずにはいられなくなった。
まど氏は綴る。
息をしないと死んでしまうけれど、自分にとって言葉を紡ぐこと、絵を描くことは二番目に大切なことだと。ただ、言葉も絵も、決して単純なものではなく、非常に難しく、不思議なもの。だから、何度も何度も書いて修正してのくりかえしであるということ。「ああダメだ」と思っても、生きているかぎり、修正、修正、修正しなおせばいいという。
まど氏は小さな生き物に対して限りない愛情を注ぐ。てんとうむしのことを「ひとしずくの涙のような生き物」と表現し、てんとうむしやアリに対して、同じ命を持ちながらも自分は、その器だけがこんなにバカでかい人間という生き物で申し訳ないと綴る。
また、まど氏はこうも綴る。つらいことや悲しいことがあったとしても、つらいことをつらい、悲しいことを悲しいと表現するのはとうてい芸術とはよべないリアリズム、マンネリズムだと。
夜は必ず明日になる。無理をせずに、明るい心の状態であるよう、心がけているという。
さらに、まど氏は七十年間の連れ合いである夫人との毎日をこんな詩に託している。
トンチンカン夫婦
満91歳のボケじじいの私と
満84歳のボケばばあの女房とはこの頃
毎日競争でトンチンカンをやり合っている
私が片足に2枚かさねてはいたまま
もう片足の靴下が見つからないと騒ぐと
彼女は米も入れていない炊飯器に
スイッチ入れてごはんですようと私をよぶ
おかげでさくばくたる老夫婦の暮らしに
笑いはたえずこれぞ天の恵と
図にのって二人ははしゃぎ
明日はまたどんな珍しいトンチンカンを
お恵みいただけるかと胸ふくらませている
厚かましくも天まで仰ぎ見て……
たとえボケてしまっても、こんなふうに笑って過ごせたら、どんなに素敵だろう!
彼流の夫婦円満の秘訣も、本書にはこっそり紹介されている。
だれにもいつかは必ず訪れる老い。
老いに向かう不安や寂しさを、両手を広げて受け止めてくれる。
本書は、まど氏のそんな温かさに満ちあふれている。




