本日の一冊 「おさじさん」
「おさじさん」【童心社】
松谷 みよ子・さく
東光寺 啓・え
幼いころ、息子たちは食が細かった。とりわけ、長男は無理をさせるともどしてしまうし、食べこみができないせいか、すぐに風邪をひいてしまう。体格も小がらな方だった。
お茶わんに残ったご飯を、夫はどうにかして食べさせたくて、優しくほらほらと食べさせようとするのだが、長男はいらないの一点張り。
そこで、わが家もおさじさんに登場ねがった。
「あ、お山の向こうからおさじさんがきたよ!」
長男、ぱっとこちらを向く。
おさじでごはんをひとすくい、おさじさんをぴょんぴょんと上下にゆらす。
「ここちゃんのお口にごはんを運びますよ。はい、あーんして!」
するとふしぎ。いらないの一点張りだった彼は、素直に口を開ける。
「ほいっ。おさじさんがごはんを運びましたよ。ありがとうって言ってるよ」
「もいっかい!」
長男、すっかりその気になって口を開ける。
夫が横であきれたようにつぶやく。
「こいつ、なんなんだ……」
もっとも、この手は毎回は通用しない。
おにぎりにしたり、お子さまランチ風にしたり、食べさせるのにもひと苦労だった。
松谷みよ子さんの書かれたあかちゃん絵本の中でも、「おさじさん」はお気に入りだった。
おやまを こえて
のはらを こえて
おさじさんがやってきました
いい匂いにつられて、おさじさんが訪れたのは、かわいいうさぎの坊やのお家。
とろとろ煮えた、たまごのおかゆを坊やが食べようとしている。
おてつだいを申し出るおさじさんに、ひとりで食べるからいらない!と答える坊や。
けれど鼻をつっこんだとたん、あちちとヤケドして大泣き。
そこで、おさじさん、胸をはってこう言うのだ。
ないては だめよ
ぼくは おさじさん
おいしいものを
おくちへ はこぶ きしゃぽっぽ
さあ おてつだい いたしましょう
おさじさんが坊やのお口にはこぶ、たまごのおかゆのおいしそうなこと!
それから二十年以上の月日が流れ、少食だった長男の面影はどこへやら。
中学時代、身長・体重ともに、急にめきめきと大きくなり、今でもたまに帰宅すると、あきれるほどの旺盛な食欲ぶりを発揮する。
お口あーんのころの話をすると、本人はちょっぴり照れくさいのか、うそだあ!と笑ってごまかしてしまうのである。




