本日の一冊 「モチモチの木」
「モチモチの木」【岩崎書店】
斉藤 隆介・作
滝 平二郎・絵
まだ、小学校にあがる前だったと思う。
父と二人で、初めて親戚の家に泊まることになった。たくさんごちそうになって、遊んで、さあ寝ようというときになり、
「トイレは外だよ」
ごくあたりまえのように伯父が言う。
ぐえええ! 外、真っ暗なのに。
頼みの綱である父は、お酒を飲んでぐうぐう寝てしまっている。
途方に暮れた私の表情に気がついたのか、年のはなれた従姉がついてきてくれて、何とかやり過ごせたものの、それきり、そこには泊まりに行かなかった。
この絵本を読んだとき、真っ先にうかんできたのは、その夜の困惑した思いと暗闇の怖さだった。
本作の主人公、豆太は五歳。
人一倍こわがりで、夜中のセッチンには、じさまがいっしょでないと、とてもひとりではいけない。
なぜならセッチンはおもてにあるし、そこにはモチモチの木と呼ばれる大きなトチの木が、空いっぱいのかみの毛をふるって、両手をあげているように見えるからだ。
豆太のおとウは、クマとくみうちして亡くなったほどのキモ助。じさまだって、若いころは相当なキモ助。なのに、豆太ときたら、色白でおくびょう者で、まるでダメなのだ。
そんな豆太にじさまが言った。
―シモ月二十日のウシミツにゃ、モチモチの木に火がともる。起きてて見てみろ。そりゃあきれいだ。
それはひとりの子どもしかみることはできねえ。それもゆうきのある子どもだけだ。
けれどもこわがりの豆太には、所詮叶うはずのない夢。はなからあきらめて眠ってしまった豆太だったが……夜中に一大事が起こる。
豆太が目を覚ますと、じさまが苦しんでいる。
―イシャサマオ、ヨバナクッチャ!
豆太は着のみ着のまま、裸足で半日もかかるふもとの村まで走り続けた。
痛くて、寒くて、こわかったけれど、じさまが死んでしまう方がもっとこわかったから。
ようやく、イシャサマを連れて帰り着いた豆太の目にうつったものは……。
元気になったじさまが、豆太へかけるひと言が印象的である。
―じぶんでじぶんをよわむしだなんておもうな。にんげん、やさしささえあれば、やらなきゃならねえことは、きっとやるもんだ。それをみて、たにんがびっくりするってことだ。
人の素晴らしい行動の底に流れるものは、ひとえに優しさである。
そう信じてやまない斉藤氏の気持ちを、みごとな切り絵にして表したのは、滝 平二郎氏。
二人のコンビネーションによって、「モチモチの木」は、今なお、不朽のロングセラーとなっている。




