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縁の本棚  作者: 雪縁
198/306

本日の一冊 「生命の樹」

「生命の樹」【ポプラ社】

        江崎 雪子・作

        宮 いつき・絵

 重症筋無力症。

 筋肉の力が衰え、身体の自由を奪われてくる病気。会話も、歩行も、食べ物の咀嚼も、呼吸することさえもままならなくなり、やがては命さえも奪われてしまう。

 そんな難病の母親をもつ、大地と海の二人の兄弟。とりわけ小学五年生の大地は、常に母のことを心配し、気づかっている。しかし、母にとっては、そんな大地が少しうとましくさえあった。いくら自分のためとはいえ、幼いころから、常に周囲の顔色をうかがい、神経質な性格に育ってしまったことがたまらないのである。そしてまた大地にとっては、生まれてさえこなければ、母がこんなに苦しむことはないのにと、やりたい放題の無邪気な五歳の海が憎らしくてたまらないのだった。


 いちかばちかの手術をすることに決めた母。父のイラン出張もあって、二人は祖母の家に引っ越しをする。

 祖母の家に出入りする桜田さんの孫、虹子は髪をハデに染めて、一見不良のようにもみえる中学生だが、海にはとても優しかった。

 亡き祖父が、目利きの骨董屋、麗美堂から買い受けたという、古いペルシア絨毯に見入る大地。その中には、一本の「生命の樹」が描かれ、真っ赤な赤い実がひとつだけついていた。

 この実を母に食べさせることができたなら。

 祈るような想いで、絨毯を見つめ続ける大地に、いきなり信じられないことが起きる。

 ペルシア絨毯の中の動物たちが大地を呼び、吸い込まれるように大地は絨毯の中へ。そして偶然にそれを目撃し、大地を引っぱり止めようとした海と虹子もまた絨毯の中へと入っていってしまうのだ。


そこから繰り広げられるファンタジーの世界。

絨毯の中の動物たちとともに、悪にたちむかい、母に食べさせるための、生命の樹の赤い実目指して大地たちの長い旅が始まる。旅の途中でも、海は足手まとい。海なんて、生まれてこなければよかったという大地に向かって、虹子は、海は大地の母親が命をかけて生んだ大切な子なのだと諭す。


 母親を心配する大地の気持ちが痛いほどわかる。

 幼いころ、私も、いつなんどき、母が死ぬかもしれないという恐怖を常に抱いていた。

 常に母の顔色をうかがい、少しでも表情が暗かったり、気分が悪そうだと、とても心配した。

 本当にこんな生命の樹の実があれば、すぐにでも食べさせたかったと思う。


 生命の樹の実。大地はちゃんと手に入れることができた。だが、持ち帰ることは叶わなかった。

 それなのに、母はすでに生命の樹の実を手に入れていたのである。

 母の生命の樹の実とはなんだったのだろう?


 重症筋無力症で亡くなられた作家、江崎雪子さんに心からお悔やみを申し上げたい。

 彼女の生命の樹の実とは、創作することだったのだろうか……。


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