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縁の本棚  作者: 雪縁
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本日の一冊 「お菓子放浪記」

「お菓子放浪記」【講談社文庫】

          西村 滋・著


 初めてこの本に出会ったのは、小学生のころ。

 新刊図書などめったに見ない田舎の小学校の図書室に「お菓子放浪記」の単行本が入った。

 タイトルからしても、興味しんしん。小学生の私は、ソク借りて帰り、それからも時々借りなおしては読んでいた。

 それから三十年以上たったある日、文庫化されたこの本を本屋で見つけ、ソク買って帰って本棚に並べた。当時、長男は中学生。朝読書に持っていく本を、時々私の本棚からも持ち出していた。

 ある日、帰宅するなり、彼は私に言った。

「あの『お菓子放浪記』さ、先生にとられちゃった!」

 話を聞くと、朝読書で読み出したものの止まらなくなって、一時間目になっても、机の下でこっそり読み続けていたら、担任に没収されたというのだ。

「そりゃあたりまえでしょう。お母さんの大事な本なのに、もうっ」

 さすがに息子に腹がたった。

 ところが、翌日、担任はあっさりとその本を息子に戻してくれたのだ。

「叱られたでしょう?」

「ううん。おまえ、いい本読んでるんだなってほめられた」

 どうやら没収後、担任の先生も『お菓子放浪記』を読んでくれたらしい。


 本書は、西村滋氏の自伝的作品。

 幼い時分に両親と死に別れ、孤児となったシゲルは孤児院を点々としては、脱走を繰り返した。

 あるとき、遠山さんという刑事と出会ったシゲルは、これから報徳院という少年感化院に向かうときに、菓子パンを二個ご馳走してもらう。これまでに味わったことのない甘さ、やわらかさ、美味しさ。

そのときの幸福な記憶は、以来、どんなに辛い境遇におかれようと、シゲルを支え続ける。

 そして、辛いことばかりの感化院で、ゆいいつシゲルの純粋な心を守り通そうとしてくれたのは、保母の富永先生。シワのない紺色のスーツと、まっ白なハンカチは、まだ、うら若い先生の、凛とした美しい気持ちを象徴しているかのように、シゲルにはまぶしく感じられた。

 先生のオルガンに合わせて「お菓子と娘」を歌うひとときが、シゲルには何よりの安らぎだった。


 そして、時代は戦下へ。

 孤児ゆえにとうてい望めるはずもない里親に巡り会ったシゲルだったが、里親の老婆の、心ない下心に気づき、その家を飛び出す。その後は、ずっと放浪生活。あるときは旅の一座に加わり、あるときは地下道で浮浪児たちと暮らしたり。

 それでも忘れることのない遠山さんへの便りと感謝の思い。富永先生への思慕。

 けれども戦争のもたらす悲惨さには思わず目を背けたくなる。


 人が人たる心を持ち続けるために必要なものは、たとえ、スプーン一杯であろうとも愛の力だ。

 甘いお菓子は汚れのない愛の象徴ともいえるだろう。

 この本を、いっしょに読んで下さった、息子の担任の先生には、今でも深く感謝している。



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