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縁の本棚  作者: 雪縁
185/306

本日の一冊 「デューク」

「デューク」―『つめたいよるに』よりー

          【新潮文庫】 江國香織・作


 数年前、大学入試センター試験で、この作品が全文載せられたとき、問題を解くことすら忘れて涙した受験生が多数いたと聞いた。

 この作品を試験問題に?と一瞬まゆをひそめてしまったが、それによってより多くの若者たちが江國香織さんの作品を知ることができたのは、よかったのかもしれないと思う。


 だれしもかわいがっていたペットを亡くしたときの喪失感ははかりしれないものだ。


 歩きながら、私は涙がとまらなかった。二十一にもなった女が、びょおびょお泣きながら歩いているのだから、他の人たちがいぶかしげに私を見たのも、無理のないことだった。それでも、私は泣きやむことができなかった。

 デュークが死んだ。

 私のデュークが死んでしまった。

 私は悲しみでいっぱいだった。


 冒頭いきなり、こんな出だしで始まる。

 デュークとは私の可愛がっていた犬のこと。グレーの目をしたクリーム色のムク毛の犬。

 たまご料理と、アイスクリームが大好物で、落語を聞くのが好きで、すねた顔つきがジェームズディーンにそっくりで、キスのうまい犬。

 デュークを思い出しながら、涙のとまらない私に、電車の中で席をゆずってくれた少年がいた。

 少年はさりげなく私をかばいながら、ずっとそばについていてくれた。

 やがて、落ち着いた私は、少年に礼を言い、いっしょにお茶を飲んでから、その日をともに過ごすことになる。

 クリスマス近い十二月の朝に、二人きりで温水プールで泳ぎ、アイスを舐め舐め散歩して、美術館をみて、落語を聞いた。

 少年は嬉しそうにクスクス笑っていたけれど、私の気持ちは塞がるばかり。帰っても、私のデュークはいないのだから。


 クリスマスソングが流れるうす青い夕暮れ。少年は私に言った。

「今までずっと、僕は楽しかったよ」

「そう。私もよ」

 下を向いたまま、こたえた私のあごを、少年はそっと持ち上げた。

「今までずっと、だよ」

 なつかしい、深い目がじっと私を見つめ、少年は、そっと私にキスをした。

「僕もとても、愛していたよ」

 ジェームズディーンにそっくりな横顔。

「それだけ言いにきたんだ。じゃあね。元気で」

 少年は立ち去り、夕闇の押し寄せる雑踏の中、私はいつまでも立ちつくしている。


 優しい怪談でもあり、洗練されたオチのついたショートショートでもあると思う。

 あれこれ書き込まずに、深く読者の心に温かい余韻を残す。

『つめたいよるに』には他にも魅力的な作品満載であるが、初めての方に、この「デューク」は、ぜひお薦めしたい作品だ。


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