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縁の本棚  作者: 雪縁
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本日の一冊 「ききょうの娘」

「ききょうの娘」【岩崎書店】

          安房 直子・作

          味戸 ケイコ・画


 二人の息子は独立して、それぞれひとり暮らしをしている。まだまだ浮いた話もなく、残業も多くてなかなか大変そうだ。

 母親としてどうしても気になるのは、彼らの食生活。

 秋になって、脂ののったサンマを焼けば、ああ食べさせたいなと思うし、栗の入った五目ご飯を炊けば届けてやりたいと思う。その気になれば、そんなお惣菜はどこでも買えるのだろうけれど、おそらく今夜も簡単なもので済ませるのだろうと思う。

「ききょうの娘」

 私はこの物語が大好きなのだが、なぜか、安房直子氏のコレクションには入っていない。

司書さんに頼み、県立図書館の書庫からとりだしてもらった『花のにおう町』の中に収録されている一編である。


 うだつのあがらない大工の新吉のもとに、ある日とつぜん、お嫁さんがやってきた。

 色白ですがたもよく、働き者で、紫色の着物がよく似合い、笑い声ときたら、まるで春の鳥のようだ。

 山のおっかさんに頼まれてやってきたという娘は、ただひとつの嫁入り道具として、ふたつきの赤いおわんをもっていた。

 つややかなそのおわんは、置いておくだけで、いつのまにか山の味の料理が入っている。

 うどやせりの味噌汁、筍やわらびの煮物、花びらのように盛られた川魚の薄い白い刺身。まつたけのむしもの、豆腐のくるみあえ、栗の甘煮など、おわんのふたをあければ、四季おりおりの山の幸が、新吉を楽しませてくれるのだった。

 そして、お嫁さんはどんなことがあろうと、この赤いおわんを粗末にしたらいけないと新吉に約束させるのだった。


 以来、大工としての新吉の腕はめきめきとあがり、仕事もたくさん入って生活にもゆとりが出てきた。そうなると、だんだん新吉の目には、お嫁さんがいつも着ている紫の着物も、赤いおわんも古くさく見えてきて仕方ない。そしてある日、新吉は、ついにこんな言葉を口走ってしまう。

「こんど、新しいおわんを買おうじゃないか。ぬりがよくて、外側にもちゃんと模様のあるやつを」

 お嫁さんは驚き、嘆き悲しみ、その日、新吉が仕事場からもどってきたとき、ちゃぶ台の上には赤いおわんだけがぽつんと残されていた。

 悄然とうなだれる新吉が、おわんのふたに描かれたすすきの穂をなぞったとたん……。


 赤い魔法のおわんではないが、月に一度ぐらいタッパーに息子の好きなものを作って届けるときがある。鍵を借り、留守の間に部屋に置いておくと、とても喜んでいる。

 子どもに何かしてやりたい、たとえ、それが叶わなくても、子どもが元気で頑張れますようにと、常に心で願うのは、母親ならだれでも同じだろうと思う。

 この作品を読むたび、母である自分と、自分に対しての生前の母の想いを重ねてしまうのである。


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