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縁の本棚  作者: 雪縁
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本日の一冊 「ぬくい山のきつね」

「ぬくい山のきつね」【新日本出版社】

             最上 一平作

             宮本 忠夫絵


 知り合いが嘆いている。

 実家のある村が、数十年後には消滅地区になるくらいに、急速に過疎化が進んでいるそうなのだ。

 村が消滅しそうなほど人間は減っているのに、イノシシやシカは、どんどん増えつつあるという。

 彼らが幼いころに通った小学校、中学校も廃校となり、今、村にいるわずかな子どもたちは、遠くの学校に通わざるをえなくなっている。

 病院もなければ、歩いていける範囲に、店ひとつなくなった。バスの便も不便であるからして、高齢になっても、車の免許を返上することができない。

 働き場所もないので、独立した子どもたちは戻ってこない。仮に、子どもが家に残っていたとしてもお嫁さんが来てくれない。男性のおひとりさまが増える一方なのだと。


 ないないづくしの知り合いの話を聞いて、暗鬱たる気持ちになりながら、この物語を思い出した。

 表題作「ぬくい山のきつね」ほか五編を収める児童書である。児童書であるけれども、本当にこれらの物語をじっくりと味わえるのは、ある程度、年を重ねてからではないだろうか。


 ぬくい山のふもとから坂道を三キロほどのぼって行くと、山腰というあざがある。ここが物語の舞台だ。

 以前には数十軒の家があったらしいが、今はおトラばあさんの家があるだけ。みんな、山をおりていってしまい、山腰にひとりきりとなってしまった。

 そのおトラばあさんも、四年前にただひとりの家族である、夫の金五郎を亡くしてから、ずいぶんと元気をなくしていた。息子はいるにはいるが、知らない土地で嫁さんの顔色をうかがいながら余命を生きていく勇気もなかったのだ。

 そんなおトラばあさんを勇気づけたのは、山の畑に育つ若々しい野菜の芽だった。生きている彼らを世話してやるのは自分しかいない。その思いがおトラばあさんを再び元気にさせてくれた……とはいうものの、ひとっこひとりいない村。だれかと話したくて話したくてたまらないとき、おトラばあさんはぬくい山の方に向かって、ペラペラとひとりごとを言うのだった。


 そんなある日。死んだはずの金五郎がひょっこりと戻ってくる。けれどもおトラばあさんはひとめで、それはきつねが化けてるのだと見抜いた。でもだれよりも会いたくてたまらなかった金五郎。おトラばあさんはうれしくてうれしくてたまらない。きつねでもいいから、ずっとずっといっしょにいたい……そして実はきつねの方も、連れ合いをなくしたばかりで寂しさをかかえていたのだった。


 おトラばあさんにとって、むかしどおりの生活が始まる……が、きつねの金五郎は、おトラばあさんの誕生日にとつぜんいなくなる。雨の中をずぶぬれになってさがしまわるおトラばあさん。実は、金五郎はおトラばあさんの誕生日の贈り物を買いに出かけていたのだ。それを知ったおトラばあさんは喜ぶが、雨に濡れたことが原因で体調を崩してしまう。高熱のおトラばあさんは金五郎にそばにいてくれとたのむが、きつねの金五郎は、どうにかしておトラばあさんの身内に知らせるのだった。

 おトラばあさんは山をおりることをよぎなくさせられる。その姿を、一匹のきつねがずっと見守っていた。


 最後のシーン、私はいつも涙ぐんでしまう。

 孤独な山奥で、だれかと繋がっていたい一人と一匹。

 すでに亡くなっているとはいえ、おトラばあさんにとっては最愛の夫の姿で帰ってきてくれたのだから、どんなにうれしかったことだろう。そしてこのうえなく大切にしてもらえたきつねも、どんなに幸せだったことだろう。


 地方の田舎の現実は厳しい。年をとればとるほど、それが身につまされてくるのだ。

 


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