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縁の本棚  作者: 雪縁
163/306

本日の一冊 「夏の風にのって」

「夏の風にのって」【岩崎書店】

          小宮山 佳・作

          中村 銀子・絵


 とうとう、平成三十年の八月のカレンダーともお別れだ。

 明日からは、新学期が始まる。

 小学生、中学生、高校生らが、ひと夏の思い出を胸に、また、日常の生活にもどっていく。

 自分自身をまるごと変えてしまうような、刺激的な体験。自分自身が閉じこもっていた殻を打ち破るような経験ができた子どもがいたとしたら、それは、どんなにか素敵な夏だっただろう。

 本書は、そんな少女と、八年ぶりに再会して、ひと夏をいっしょに暮らすことになった父親の物語だ。


 少女の名前は悠子。十一才。

 八年前に両親が離婚してから、彼女はずっと母親に引き取られて暮らしてきた。

 自分の記憶にない父親のことを、悠子は「亭介さん」としか呼ばない。

 人の目の奧まで見すかしてしまいそうな目、白い肌、高くて細い鼻、なまいきそうな口。

 どこをとっても、母親そっくりの悠子は、少女らしい甘えたそぶりはいっさいなく、感情をみせないクールなふるまいで、亭介を驚かせる。

 悠子がとつぜん父親のもとにやってきたのは、母親がしばらくヨーロッパに行くためだったのだ。


 喜んで、父親の役目を引き受けた亭介だが、作家を志して小説の執筆に夢中なあまり、なかなか娘とのコミュニケーションがとれない。実は、亭介と妻が不仲になったのも、亭介が小説の公募に夢中になって、無駄な時間ばかりを費やすことが妻には耐えられなかったことが原因だった。


 公募が済んでいよいよ、亭介と悠子の四万十川下りの冒険の旅が始まる。

 四万十川を親子でカヌーでツーリング。

 それは都会育ちの悠子にとっては、想像以上に大変な旅だった。

 夜は石がゴロゴロ転がる川原でキャンプ。

 火をおこしてハンゴウでごはんをたき、川魚を釣っておかずにする。

 朝ご飯も同じようなものだ。


 全長一九六キロ、土佐湾に注ぐ堂々の大河である四万十川は、底の小石まで見通せるほど透明感高く、美しい川だ。けれども、その川を矢のような速さで、初めてカヌーで走る悠子にとっては、泣き叫びたいような恐怖と疲労の連続である。

 転覆もなく、無事にカヌーを上陸させたとき、悠子はすっかり気を失ってしまっていた。


 そんな、楽しくもあり、苛酷でもある、いろいろな経験をとおして、亭介と悠子の中にだんだんと親子の絆が結ばれてくる。

 高知の知り合いの家に滞在することになった亭介と悠子は、鳴子踊りにも挑戦する。

 滞在先の家族との心の触れ合いも、悠子にとっては初めての心温まる体験だった。


 ひと夏をとおし、悠子は、いつのまにか「亭介さん」から「パパ」と呼べるようになる。

 まっ白な肌は思いきり日に焼け、心も身体も、十一才らしい少女の美しさに輝きだしていた。

 与えられるだけでない、生きた夏。

 悠子が生まれて初めて、自分で動き、自分で獲得した夏。

 けれども。

 とつぜんに帰ってきた母親は、変貌してしまった悠子を見て、驚き、嘆き、亭介を責めるのだった。


 悠子はこれからどうなってしまうのだろう。

 この夏を最後に、もう亭介と二度とは会えなくなってしまうのだろうか……。


 本書は、同じ同人誌の先輩作家の作品だ。

 もうずいぶん前に書かれたものだが、生き生きとした、等身大の少女が、行と行とのすきまから、走り抜けてくるような気がする。

 夏の終わりを締めくくるにふさわしい一冊だと思った。



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