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縁の本棚  作者: 雪縁
156/306

本日の一冊 「家守綺譚」

「家守綺譚」【新潮社文庫】

         梨木 香歩


 サルスベリの木が美しく装う季節を迎えている。

 まっ白なもの、濃いピンク色のもの。どれも思わず目を奪われてしまう。

 実家の庭先にあるサルスベリには、まっ白な花が咲きほこっているが、心なしか玄関の方に身をよせているような……などど感じ始めたのは、実はこの本の影響にちがいない。


 この物語の主人公は綿貫征四郎。大卒の学士であり、駆け出しの物書きである。

 ボート部に属し、早くに亡くなった学友・高堂の実家に「家守」として住まうところから物語は始まるのだが、ある日、その家の床の間の掛け軸の中から、高堂がボートをこいで、征四郎のもとへとやってくる。 これだけでもかなり驚くことなのだが、高堂はあることを征四郎に告げる。それは、「庭のサルスベリがおまえに懸想をしている」というものだった。


―木に惚れられたのは初めてだ。

―木には余計だろう。惚れられたのは初めてだ、だけで十分だろう。


 淡々とした二人の会話が面白い。

 そして、それからというもの、征四郎はサルスベリの根方に座り、本を読んでやる。

 サルスベリは、好きな作家の本の時は葉の傾斜度がちがい、征四郎の作品を読み聞かせると、幹全体を震わせるようにして喜ぶのだった。


 物語は一話ごとに、このような調子で進んでいく。

 高堂の実家の庭にある、四季おりおりのさまざまな植物にもさまざまな怪異が潜む。

 タツノオトシゴをはらむ白木蓮。

 ケケッと笑うヒツジグサ。

 六人の若い娘に変化するツリガネニンジンなどや、信心深い狸の恩返し、河童やカワウソ老人や桜鬼はなおにとの出会いなど、とにかくページをめくるごとに、不思議満載の面白さである。


 征四郎と暮らす、もと野良犬のゴローも犬の能力を超えた、およそ犬らしくない犬であり、それを最初から見抜く、隣のおかみさんもただならぬ人といった風情なのだ。


 そういった怪異のひとつひとつを、征四郎は、「理解はできないが受け入れる」スタンスである。

 たとえば、人でないものが目の前にあらわれ、苦しんでいるときでも、征四郎は手を差し伸べずにはいられない。できることならなんだってしてやるという、実に気持ちのいい人柄なのである。


 ところで……。「家守奇譚」

 私は長いこと、そう信じ込んでいた。

 よくよく題名を見直し、はっと気がついた。「家守綺譚」であったと。

 怪異の中に感じられる、人と妖しとの心の触れ合い。

 単なる奇譚にとどまらない、優しさ・美しさにあふれた物語なのだ。



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