本日の一冊 「キスまでの距離」
「キスまでの距離」【集英社】
村山 由佳
物語を創ることは好きだけれど、なぜか恋愛ものは苦手である。創るだけでなく、読むことすら気恥ずかしくて抵抗がある。
そんな私だが、三十代のあるとき、ゆいいつ夢中になって読んだ恋愛小説がある。
村山由佳の「おいしいコーヒーシリーズ」だ。
本書はその第一巻。
物語の主人公である、高校生の勝利と、かれんの出会いから恋におちるまでが描かれている。
勝利とかれんはいとこ同士。とはいえ、かれんの生い立ちには複雑な事情がある。
早くに母親を亡くし、父親に育てられた勝利は、父親の長期出張に際して、いとこたちとの同居を命じられる。
そのいとこが、五歳年上のかれんと弟の丈なのだ。
最初うっとうしいと思っていた勝利だが、久しぶりに会ったかれんの美しい変貌ぶりに驚く。
年上でありながら、純粋無垢なかれんにどんどん惹かれていく勝利。
最初は年下の弟として接しているうちに、男性としての勝利に惹かれはじめるかれん。
二人の気持ちが、ゆっくりと恋に向かって変化していくさまを、読者はドキドキしながら見守っていける。
お互いの気持ちを確認しあいながらも、不安の消えない二人。
若さゆえの暴走など、いっさいなく、悩みながらも堅実に温かく、一歩一歩愛情を育んでいく姿勢がまぶしい。
このシリーズには、本書のあと、「僕らの夏」「彼女の朝」「雪の降る音」「緑の午後」「遠い背中」「坂の途中」「優しい秘密」「聞きたい言葉」「夢のあとさき」と続いていくが、どこまで読んだのかは忘れてしまった。
ただ、初めて手にした本書だけは、何度読み返しても心が洗われる。
それくらい、人を好きになるピュアな気持ちがあふれている物語なのだと思う。
後日談として……。
あるとき、本棚に入れていたこのシリーズが、すべてなくなっていた。
不思議に思って、長男(当時中学生)の部屋をのぞいたら、ちゃっかりと机の上に積まれてあった。
読んでみたら、次々に読みたくなってしまったとのこと。
彼もまた、このシリーズに魅せられたひとりらしい。




