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縁の本棚  作者: 雪縁
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本日の一冊 「舟を編む」

  「舟を編む」【光文社】

       三浦 しおん作


 辞書は、たいてい一冊は手元に置いている。

 普段使っているのは、大修館書店から出ている明鏡国語辞典。次男が高校生のころ使っていたものだから、五年くらいはたつだろう。

 国語辞書をひいて、語句を調べることは今でもぜんぜん苦にはならないし、書きものをしたりするときには、パソコンの辞書の機能よりは、辞書の重みを腕に感じつつ、せっせと頁をめくって調べている。

 そんなとき、学生時代を思い出し、ふっと嬉しくなったりしてしまう。


 辞書を編纂する場合、どのような手順をふんでやるのか。スタッフは。印刷に使う紙やイラストは?

 作者は新しい辞書「大渡海」の編纂に向けてとりくむ、まじめな馬締光也という男性を主人公に、彼をとりまくスタッフたちとのやりとりの中で、そんな疑問を描いてみせてくれている。


 馬締は一見うだつのあがらない、さえない男に見えるが、言語に関するセンスと執拗なまでの好奇心を、辞書編集のスタッフ荒木にかわれてやってきた。そして上司の荒木がにらんだとおりに、馬締は編集部内でどんどん頭角をあらわしていく。


 一方、ずっと前からその部にいて、持ち前の要領のよさで支えてきたつもりの西岡は、他の部署に異動を余儀なくされる。

 自分にはないものを持つ馬締のすごさを痛感しながらも、西岡の心は激しくゆれる。

 またカグヤという板前見習の絶世の美女と馬締が結ばれたということもショックでならない。

 小細工もなにも必要とせず、自然体の馬締が西岡にはうらやましいのだ。結局自分でないとできないことをファイルに残し、西岡は別の部署へと去る。


 馬締は、「大渡海」の編集を前にいろいろとしなけれはいけないことを済ませ、スタッフを増やし、いよいよ長年来の懸案である「大渡海」にかかるが、その完成を誰よりも待ちわびていた松本先生が、あと一歩というところで亡くなられてしまう。

 慟哭の中、馬締は思う。


―言葉があるからこそ、一番大切なものが俺たちの心の中に残った。

 先生のたたずまい、先生の言動。それらを語り合い、記憶をわけあい、伝えていくためには、絶対言葉が必要だ。

 死者とつながり、まだ生まれ来ぬものたちとつながるために人は言葉を生み出した。


 また、馬締と同じ部に配属されてまもない、女性スタッフの岸辺もこう感じている。


―ひとの中にも同じような海がある。そこに言葉という落雷があってはじめてすべては生まれてくる。

 愛も、心も。言葉によって象られ、昏い海から浮かべあがってくる。


 示唆に富む深い言葉だ。

 今のわたしたちはあまりに言葉の力を軽視している。

 もっと、もっと言葉の持つ力に気づき、大切にすべきだとしみじみ思った。



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