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生態漢字  ~漢字に抗う異世界のやつら~  作者: そらからり
6章 The Next World at the End
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番外編 霞へと消えた女 その2

 以外にも、と言うべきかトリトマとわずかに共に関わった時間だけでも2つのことが新しく分かった。

 1つ目は彼女には槍使いとしての才能があったこと。試しに短剣を使わせてみたところそちらは専門外の俺ですら駄目だと分かる剣捌きであったが、短槍の方では1人で魔物を任せても良さそうだと判断してしまえるくらいには見事なものであった。技術と力を頼りにする俺に比べて、彼女のクルクルと踊るようにして槍を振り回す様はやはりどこかの貴族の出であり舞踊を嗜んでいたのではないかと考えさせられた。


 2つ目はその見た目と最初の会話が原因であったが、彼女は想像以上に明るい性格であった。始めに怯えていたのは人見知りであったらしく、しかし慣れてしまえば人懐っこい性格のようだ。


「ジヒト様! 枝を拾ってきました。今日はこちらで野営ですか?」


「ああ。もう日が暮れてきている。夜行型の魔物が活発化する時間でのこれ以上の旅は危険だ。あまり豪華な食事とは言えないが、そこは我慢してくれ」


「でしたら、私に食事を作らせてください! これでも家事は得意なんですよ。材料は……何とかなりそうですね」


 疲れているだろうにあくせくと野営の準備を始める彼女に俺は感心する。体力があるのもそうだが、手際が良い。野営の仕方などどこで学んだのだろうか。

 火を熾し、荷物から取り出した小鍋に湯を沸かすとトリトマと交代し俺は寝床の準備に取り掛かった。女性なら硬い地面は嫌であろう。なるべく草を集めて即席のベッドをつくると彼女の方へと戻る。


「ふむ、いい匂いだな。さすが、女性だな。俺のような男は適当に塩と干し肉を入れるだけになってしまうからな」


「いえいえ。ジヒト様はいつもお1人で依頼をこなされているんですか?」


「半々だな。1人の時もあれば即席のパーティーに入れてもらうこともある。今はアマルの街にいるが俺は流れ者だからな。いつ街を離れるか分からないからあえて仲間を作らなかったんだ」


 まあ正直、レンガやシダのパーティーを見て羨ましく思うこともある。……あんなに女性ばかりでは気疲れしてしまいそうだが。





 朝になり隣で丸まっているトリトマを起こす。交代で見張りをし、日が昇るころからは俺の番であった。もう少し離れた場所で寝ていたと思ったが気づけば隣にトリトマは来ていた。無意識に1人でいることの恐怖でも覚えたのだろう。


「朝だぞ、起きて近くの川で顔でも洗ってくるといい」


「ん、ん……ふわぁい」


 朝は弱かったようだ。手を引き川まで連れていくと後は自分で顔をバシャバシャと洗い始めた。


「おはようございます! お待たせしました、もうばっちりです」


「おはよう。今日の夕方までには街に着く……が、俺はそこまでだ。実を言うとまだ依頼が終わっていなくてな。終わらせるまでは顔を出すわけにはいかない」


 少なくとも10匹はいる魔物を全て倒すまでは街には戻れない。無論、トリトマを1人で街まで帰すわけにもいかないから門までは連れていくつもりだ。


「あの、それでしたらご一緒に依頼に付いて行かせてはもらえませんか? なるべく足手まといにはなりませんので」


 トリトマが頭を下げる。

 しかし、と考える。トリトマを守りながら魔物と闘うとなると……これならいっそのこと短槍での闘い方を教えられるだけ教えて自分の身を守れるようにしなくてはいけないか。


「……少し先に魔物が目撃された丘がある。とりあえずそこで様子を見る。とりあえず出発の準備だ」


「はい!」


 よくよく考えれば彼女は金を欲しいから魔物を倒しに来たのであった。ここで帰してもまた街の外に出てしまう可能性がある。ならばいっそのこと、見れるだけ面倒を見るとしよう。





「違う、力はいらない。余計な力は槍先がぶれる原因となる。……そうだ、そこで一歩踏み込め」


 休憩中に稽古をしてやるが、このまま魔物に出会っても支障がないくらい彼女は優秀な槍の使い手だ。

 

「あの……」


「ん? どうした」


 稽古も終わり、少しの休憩を挟み歩き始めたところでトリトマが話しかけてきた。


「私は実家を出ていますし、アマルの街に知り合いもほとんどいません。もしジヒト様がよろしければこのまま私を……」


「待て」


 彼女の言葉を止める。


「それの続きはあの魔物達との闘い次第だ。……死ななかったら考えよう」


 生き物を……魔物を殺せるかどうかは人の資質による。殺せずともサポートや護衛に専念すればいい。後ろの守りが確定しているだけで俺は安心して前に出て攻められる。

 闘いに臆せず生き残るだけでいい。それだけで冒険者としての素質はある。少なくとも俺はそう考えている。





「見ててくださいジヒト様! 『幽門』」


 またも3匹いた魔物のうち2匹を手早く倒した後、1匹をトリトマに任せることにした。

 防戦一方でもいいからとりあえず闘いらしきものになればと思っていたのだが……


「保漢者だったか。……死んでくれるなよ」


 トリトマは短槍を構えると残る魔物に突撃をする。魔物はそれを避けるとトリトマへと拳を振り回す。ちなみに斧は先ほど俺が弾いておいた。これで致命傷を食らうことはないだろう。ここを切り抜けたら次は武器を持った魔物を相手にしてもいい。


 魔物が拳を振り下ろした瞬間、トリトマの存在感が希薄になった……ような感じがした。

 いや、実際にトリトマの影が、姿が薄くなっていく。魔物はそこで、まるでトリトマを見失ったかのように辺りを見まわす。ガムシャラに腕を振るい、そのいくつかはトリトマの方へと振られたが、なぜかトリトマの身体を通り過ぎていく。

 少し離れた位置にいる俺は注意深く見ていればトリトマの姿が見えているが、実際に相対している魔物はよりトリトマの能力の影響を受けているのだろう。……直接的に強くなるわけではないが、それでもこういった能力を使えることは戦闘を優位に進められる。


「そうか、最初に出会った時に急に現れたと思ったのはこういうことだったのか」


 注意深く、彼女をいう存在がいるということを知っていなければ彼女を見つけることは困難だろう。彼女は能力を使い今と同じ状況を作り出していたのだ。

 ならば結果的に彼女の戦闘の邪魔をしてしまったということか。……いや、あの時は3対1であった。いずれは捕まっていた可能性も否定できない。

 多対1というのはよほど実力が無い限りは避けなければならない。

 1人ではどうしても限界がある。技術的にも、体力的にも、相性的にも、そして精神的にも。……俺もそろそろ限界なのだろうか。だから、こうして彼女を連れていくことにしたのか……分からない、考えても分からない。


 魔物が腕を振り回し、やがて疲れたのか腕を身体の横へ垂らす。まだ俺が遠くと呼べるほどではない場所にいるが、彼女の姿がなくなりどこかへ行ったと思ったのだろう。一旦、戦闘態勢を解いた。

 そしてその背後にいた彼女は魔物の隙を見逃さなかった。

 頭部を一突きして魔物を即死させる――それが俺としてはベストであったが、さすがに高望みであった。

 右足の付け根を刺し、魔物のバランスを崩す。残る左足も貫こうと短槍を抜こうとしたが、魔物に短槍を掴まれてしまう。慌てて短槍を引っ張るも魔物と人間の女性では力の差は歴然、短槍を奪われてしまった。


「か、返してください! それはあなたが使っていいような……きゃっ」


 短槍を奪い返そうとするが無残にも吹き飛ばされてしまう。


「ぶもも」


 魔物は笑いながらトリトマへと手を伸ばす。武器はない。闘う術はすでにない。トリトマはこの状況に陥り、先ほどの能力を使うことを忘れているようだ。もしかしらた制限があるのかもしれないが、とどのつまりは手詰まりであった。


 トリトマはこのままでは魔物の棲み処とする場所へと連れ去られてしまうのだろう。

 そこで待ち受けるのは……考えたくもないようなことばかりだ。


「ぶふもも」


 魔物の手が怯えその場から動くことのできないトリトマに触れようとした瞬間、


「そこまでだ。トリトマ、後で反省会だな。……次はもっと上手くやれよ」


 俺は魔物の頭蓋を槍で砕き魔物の持つ短槍と命を奪い取った。


 魔物が消滅していく向こうで呆然とこちらを見つめるトリトマを見ながら俺は思う。

 やはり俺は甘い。次、などという機会を作ってしまうのだから。

 この感情は何なのか。見当はついているが認めたくないものだ。

 

 一目惚れだなんて、いや恋というもの自体初めてなのだから。

 


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