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生態漢字  ~漢字に抗う異世界のやつら~  作者: そらからり
6章 The Next World at the End
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番外編 霞へと消えた女 その1

そういえばの一周年記念です

「セエイッ!」


 気合の声は1つ。しかし刺突は3つ。

 3匹の豚と犬が混ざったような魔物――豚のように丸々と肥えた身体と口からはギラリと犬歯が覗いていてしかし人型の魔物である――はそれぞれ心臓部に穴を穿たれて倒れた。

 決して強い敵ではなかったが、こちらは1人。油断すれば即、致命傷かもしくは再起不能な傷を負わせられるだろう。


「……これで依頼は完了だな」


 アマルの街からおよそ10数㎞の位置にある洞窟内に繁殖していた魔物の全てを討伐し終えた俺は手に持つ大槍をゆっくりと地面に下ろした。

 能力で創り出した特別性の大槍ではあるが、それでも丁重に扱わねばという思いがある。何事も雑に扱っていてはいずれ他者も、自分すらも雑に扱い、命を落とすことになりかねない。何よりもこの大槍は俺の分身みたいなもの。なおさら雑になどできようものか。


「しかし少なかったな。依頼内容にあった数の半分くらいしかいなかったが」


 洞窟内ではおよそ20匹の魔物がいるとあった。20匹を相手に俺1人が討伐依頼を受けるだなんてどうかしているとは思うが、『毒』、そして『鬼』の一件で俺の冒険者ギルド内ランクが上がり、このように本来であれば1パーティーで受けるような依頼すらも任されるようになった。


「冒険者ギルドの人不足を何とかしてほしいところだが……まあいつものことか」


 冒険者というのはあらゆる職業の中でも殉職率がトップクラスだろう。なにせ命をかけて闘っているのだから。……自分よりも弱い敵としか闘わない者もいるがそういう者は得てして強くはなれずどこかで強敵と闘って死ぬことが多い。それでも若い者達は報酬の高さに目が眩み冒険者となってその大半が命を落としていく。およそ1割だろう、大成する新たな冒険者というのは。とは言え俺も冒険者となって1年も経っていないのだが。小さい村程度の槍術でよくここまで来れたものだ。

 ともかくとして慢性的な人不足のため俺が駆り出されているのだが、予定よりも少なかった魔物の数が理由で予想外に早く依頼をこなしてしまった。

 魔物に攫われていた者で生存者がいれば助け出して来てほしいともあったが、見渡しても生きている者はいない。皆、原形さえ留められないくらい喰い散らかされてしまっている。『鬼』を経験していなかったら吐き気すら覚えていたかもしれないが、何とか眉を顰めるだけでいられる。

 いつかは何も思わなくなる日が来るのだろうか。しかしそれは決して成長ではなく停滞と呼べるものなのだろう。人間としての、人間性の停滞。





 いつまでも死臭漂う洞窟内にいるのは衛生的にも気分的にもとても悪い。息が詰まりそうだ。


「すーはー……やはりここの方が空気がまともだ」


 魔物はよくあのような場所にいられるな。倒した魔物は消滅していくから死臭は連れ去られた者達の死体から湧き上がるだけであるが、後でギルド職員に埋葬してもらえるよう伝えておくか。


 まだ昼を少し過ぎた程度だ。夜は魔物が活発化し危険だが、洞窟内の魔物を駆逐したことで多少はそれも緩和されるだろう。

 街に戻るまでの道すがらに出た魔物は倒していくとして、野営の準備が無駄になってしまったな。まあ仕事が早く終わる分に越したことはないが。


「今日は酒でも飲むか」


 確かハドさんが常連であった酒場の店主がいつでも来てくれと言っていたな。今日はそこに行くとしよう。酒は多くは飲めないが嗜むことはできるし味の良し悪しも分かる。ハドさんの行きつけだ、良い酒を出してくれるのだろう。一度、レンガとも行ってみたかった。


 アマルまでは10数㎞であるが丘をいくつか超えていくため体感ではもう少し遠く感じる。最も、冒険者として長くやっているからその程度で疲れることはない。馬も使わずに自分の足で移動する。体力を多少使うが、馬は愛着が湧いてしまうととても闘いの場に置いておけない。馬を収納できるような漢字でもあれば良いのだけどな。


 歩き始めて30分程度のところであの洞窟にいたのと同種の魔物が徘徊しているのを発見した。はぐれか、もしくは人間を連れ去ろうとして洞窟から出ていたのかのどちらかだろう。洞窟内にいたのが依頼の半分だとするとまだ他にもいるのかもしれない。


「俺の受けた依頼はまだ終わっていないということだな。……手間ではあるが全て倒すまでは戻れそうにないなこれでは」


 洞窟内にいる魔物、と依頼書にはあったがここで素直に洞窟内だけの魔物を倒して街に戻ってしまっては意味がない。また魔物が繁殖してしまっては水の泡である。

 とりあえず今見える魔物達を始末しなくては。


 草むらの陰に隠れ、木と木を辿り気配を隠しつつ大槍をいつでも突けるように構え、魔物に近づいていく。

 何やら魔物達も慌てた様子であるが、その場から動こうとはしない。俺の存在がバレたということではなさそうだ。


 とりあえず1体。そう決めて一番大柄な魔物の身体に大槍を突き入れようとした瞬間、目の前に人の影が現れ、慌てて槍先をずらす。


「ぶもぉっ!?」


 心臓部ではなく大腿の付け根に槍が刺さってしまったせいで中途半端に手傷を負わせてしまった。これでこの魔物はこちらを全力で殺しにかかってくるだろう。

 なぜこのようなことになってしまったのか。それは目の前の女性が原因……いや、思えば彼女の方が先に闘っていたのだ。俺が余計な手出しをしてしまったことが原因か。


「すまない、一度下がるぞ!」


 女性の手を引き、魔物から離れる。

 安全圏まで女性を連れてくると、再び魔物の下に単身乗り込んだ。

 まずは手近な魔物2体を纏めて串刺しにし、大槍を引き抜かずに、別の魔物からの攻撃の盾に使う。完全に息の根が止まった魔物が消滅していくのに任せ、自然と眼前から消えていくのを尻目に新たな敵へと向かう。

 リーダー格のようで後ろに下がっていたが、実力はどうなのだろう。足に傷を負っているから弱体化していればいいが……。


「ぶもう!」


 手に持った斧を振り上げ俺の肩口目掛け振り下ろしてくるのを、大槍で受け流し少し距離を取る。槍は至近距離では闘いづらい。

 距離を取ったことですぐさま斧を振り下ろすことはなくなったが、今度はその巨体を勢いそのままに突進してきた。足の傷は周りの肉に埋もれ、歪な再生をしている。

 躱そうかと思い横にずれる瞬間、背後にいる女性を思い出した。


「……ぐっ!?」


 巨体から出たとは思えないほどの速さからの斧は魔物本来の力との相乗効果で俺の力を易々と超え、大槍を弾き飛ばした。


「ぶもも」


 俺が得物を失ったことにより魔物は笑いが止まらないのだろう。

 人とは異なる顔であるが、俺にも、背後の女性でも分かる醜悪な笑みとともに斧を俺の顔面に振り下ろした。


「――っ」


 背後にいる女性の息を呑むような声が聞こえた。


「ぶぶおっ」


 そして俺の造り出した新たな短槍に腹を貫かれた魔物はくぐもった声を出す。


「『不俱戴天乃槍』……悪いな、俺は槍を生成できるんだ」


 自在に何本も造れるわけではないが、1本や2本であれば大丈夫……大丈夫だ、少し精神力の半分を持っていかれたくらいだ。半端な槍を造ることはできず、全てが名工が造り出したかのような一品になる。売ればいくらになるのだろうと思うことはあるが、それはしない。譲ることはあれど、これは俺の想いを以てして造り出した分身。想いは託しても売ることはできない。


 どうやら致命傷だったようで魔物は消滅していく。

 飛ばされた大槍を拾い、今生成してしまった短槍をどうしたものかと見ていると、背後から声をかけられた。


「あ、あの……ありがとうございました!」


 振り返れば20を少し過ぎたほどの美女が立っていた。美女ではあるが目立つような美しさではなく、今にも消えてしまいそうな儚さがある。手足は細く、肌は雪のように白い。屋外に初めて出たのではないかと思える。

 どこぞの貴族令嬢なのではないだろうか。そう思ったがすぐに考え直した。このようなところにいるわけがない。まして闘うなどあり得ない。貴族の人間でしかも女性ならば真っ先に逃げるのが普通である。……まあ何人か例外はいるが、それは闘うことによって貴族になり上がった家系の者達だ。このような、今まで剣も握ったことのないような者がそのような家の者ではないことは必然であろう。


「なぜ、魔物と闘っていた? まともに闘えていたようには思えないが」


 実は魔物に近づくまで女性の存在に気づいていなかったため闘う様を見ていなかったが、恐らくそうなのではないのだろうかという想像だ。

 別に男尊女卑の考えを持っているわけではないが、それでも俺としては女性は安全な場所にいてほしい。

 ……あの二人を守れなかった俺の贖罪の気持ちから来るのだろうか。子供、女性に対して俺はどうしても後ろにいてほしい。隣でも、まして前になど絶対にいてほしくない。背中を守ってもらう、ではなく目の前の敵から守っていたいのである。


 俺の問いが少し強迫めいていたのだろうか、女性は一瞬ビクッと怯えたように後ずさり、


「あの……実はお金を稼ぎたくて。魔物を倒せばお金になると聞いたので」


「その短剣でか? ものは良いようだが、短剣はあくまで牽制用であって、魔物に止めをさせるようなものではない。軽いから選んだのであれば間違いだ。速さがあるならばともかく、その場から動かないのであれば短剣は間違いだ」


「でも……闘いというのにも興味があったので……」


 俺の言葉1つ1つに女性は身体を震わす。女性の言葉は最後まで続かず、段々と小さくなっていく。……しまった、また強く言いすぎてしまったか。


「……アマルまで戻るなら一緒に行こう。武器はこれを貸すから使うと良い」


 短槍を渡すと女性はこちらの目を見る。このまま見捨てるという選択肢は端からない。この女性がそれこそハドさんのようにかなりの使い手であるならばともかく、ろくに闘えもしない女性を雑には扱えない。


「その……なんだ、もし闘いたいというなら槍であれば指南しよう。金が必要というのは……俺ができることであれば手伝おう」


 女性の顔が晴れやかなものへと変わる。

 ……はあ、また背負い込むことになるのか。……いや、背負うのではない。支えるのだ。全てをやる必要はない。自分でやろうとしているところに俺が少し手を貸してやればいいのだ。

 ここにいることこそがこの女性がいかに切迫し、そして自分でやろうという性格を示しているのだから。


「よろしくお願いします、私の名はトリトマです。……お名前をお伺いしてもよろしいですか?」


「ジヒトだ。本当は女性に闘わせるのには反対だが……自衛ができるくらいにはしてみせる」


いつか書こうと思っていたジヒトさんのヒロイン

チンピラ? いないです。……まあ考えてはいますけどね。いつか出せる日が来るだろうか……

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