87話 魔法と魔術
またもお久しぶりです
「……まずは魔法から教える」
翌日の朝、ブレゴリオは深酒をしたせいでまだ寝ているため、朝に強いというカナリアと酒に酔わない俺が魔法の特訓をすることになった。
正直、魔法に関しては全く自信がない。雷はか細いけど少し射程距離は伸びてきた。だけど火はマッチ程度、水は雨粒。全く役に立たない。
「……まずは魔法について軽く質問。……魔法と魔術の違いって知ってる?」
「ん? 同じって扱いじゃなかったのか?」
魔術協会と魔法協会。名前は違えどやっていることは同じらしい。別に商売敵でも何でもなくただ名前が違うだけ。
これまでも魔法を使う者と話してきたけど、魔法と魔術、人によって言い方が違うから方言みたいなものかなって思っていたんだけど……。
「……やっぱり人間は勘違いしている。……エルフくらいしか理解していないけど、魔法と魔術は違う。……人によってどちらが得意かも違うから苦手な人はそれが原因かも」
「俺も、もう少しまともに魔法が使えるようになるのか?」
「……おそらく一般的に言われているのは魔法。……だけど今からレンガに教えるのは魔術。魔法は現象を操り、魔術は魔法を数式として操る。……たまに魔法を使うときに頭の中でどうやれば威力が高くなるか計算している人がいる。……それは無意識に魔術として使っているから」
感覚的に使うのが魔法、数式として使っているのが魔術ってことか。
アネモネもそうしているのかな。割と頭脳派みたいなところあるし。
後、魔法を使えるのはルナか。まだ感覚的に使っていそうだから魔法ってことになるのだろうか。
「……魔法を感覚で使えない人は多い。……頭のどこかで何もない空間から現象を生み出すことをどこかで否定しているせい。……だからそういう人は自分の精神を魔法に変えるって意識を作り出したほうが魔術として使いやすくなる」
カナリアは右手に手のひら大の火の塊を生み出し、次いで左手に同じ大きさの火の塊を生み出した。
「……いとも簡単に作り出せるな。魔法を一度に2つとか俺には考えられんぞ」
大きさは2つとも同じくらいだけど、これがどうしたんだ?
「……右が魔法でつくった火魔法で左が魔術でつくった魔法。……魔法はつくろうと思っていれば火をこのまま維持できるけど、魔術でつくった火は私が意識から外せばすぐに消える」
そう言ってカナリアの左手の火が消える。
「……魔術は難しいけど、その分一瞬の威力は魔法よりも大きいし、使う精神力が少ない。……これから魔術の数式を教える。……頑張って覚えて」
高校の時に数学を頑張って本当に良かったと今思えた。
カナリアの教えてくれた魔術の数式はほとんどが火、水、雷、土、木、光、闇の属性をxとして、精神力をyとしたときの積を求め、距離や大きさ、威力を調節するというものであった。
聞くだけなら単純なものであったが、属性ごとにxの値が違うし、計算を一瞬で行えないととても戦闘には使えない。
訓練次第で使えるようにはなるとカナリアが言っていたが、それはいつになるのだろう……。
「……すごい。……さっきの私の魔術くらいには大きな火が使えるようになった」
「でも、時間がな。手のひら大の火の玉で3分じゃとてもじゃないけど闘えないぞ。どうしたもんか……」
「……それなら距離か威力、大きさのどれかを少なくすればいい。全部をやろうとするから計算がややこしくなる。……一瞬だけど威力が大きくて至近距離での魔術、長距離で威力はない魔術とか」
「やはり牽制くらいにしかならないか」
「……でも今までよりは格段に使いこなせるようになるはず。……やはりレンガは魔術の方に適性があった」
「そうだな。使う精神力が少ない分、数は撃てるし、魔術としてしばらく練習してみるよ」
「……前向きなところは昔のハドに似ている。……きっとレンガは使いこなせるようになる」
今日はここまで、と最後にカナリアは薄く口元で微笑んだ。
「ガッハッハ! どうやら寝過ごしてしまったようだな、すまんすまん」
「言い出しっぺはあんただろ……」
昼食を作っている最中にようやくブレゴリオは起き出してきた。
寝起きにも関わらず相手変わらずテンションが高めのようだ。
「さて、腹ごなしも済んだことだしさっそく修行としようか」
「ああ、頼むぞ。我流なもので剣技とか剣術は知らなくてな」
「余もそこまでの技や術は持っておらんよ。闘ううちにどこに剣を置けば攻撃を防げるか、段々覚えておけばよいのだ。傍から見ればみっともなくてもそれが最適な動きであれば問題ない。ようは勝てば良い、ということだ」
なるほど。俺好みだな。
今更剣術とか教えられてそれを身に着けるよりも合理的だ。
思えば、『鬼』と闘う前の修行でもみんなただ打ち合っていた。あれはこういうことを意味していたんだな。数をこなして経験を得る。場数を踏むってことか。
「まずは多対1からだ。『王庭ニ休ム近衛兵』」
「馬鹿だろあんた!」
ブレゴリオの背後から続々といかにも歴戦の戦士ですっていう顔をした男や油断させてからの暗殺が得意みたいな身体つきの女が出てきた。
「貴様、王に向かって馬鹿と申したか?」
「王よ、処しますか?」
「待て、まずは敵の手のものか聞きださなければ。水と桶の準備だ!」
「……なあ、俺たちもいつかこうなるのかな」
「さあね。まあ私達はこうなってもいいってくらいの待遇受けてるけど」
ほら、出てきちゃったよ。いかにも信仰心の強そうなやつらが。
平伏してブレゴリオの言葉を待っているやつまでいるし。
……ん? あいつらは昨日ブレゴリオの配下に加わったやつらだな。もう馴染んでいるみたいだ。あの空間がどんなものか興味はあるけど……さすがに配下になる気はないからな。
俺とブレゴリオは対等な仲間だ。
「こやつらは死なぬ限りは我が王庭で回復する。存分に戦い抜くがいい!」
「ようし、あんたが能力を使うなら俺も使うぞ……出て来いフォル!」
「チィイッ!」
良かった。フォルはいるんだな。少し安心した。
「あそこら辺にいるやつらを抑えてくれ。俺は『毒』と『針』で闘うから」
フォルが100余りにまで分裂するとそのままブレゴリオの配下に襲い掛かった。
「なんだこのネズミは!?」
「ちょ、キモいんですけど」
「俺、ネズミだけは駄目なんだぁぁぁぁぁ」
予想外にダメージになっているようだ。主に精神的に。
さて、混乱している隙に……。
「ぐっ⁉ 身体が動かない……」
「身体から力が抜けていく⁉」
影に針を刺して動きを止め、剣に麻痺毒を塗って斬りつけていく。
立ち上がっている者は次々と減っていき、ブレゴリオまでの道が出来上がる。
「あんたも闘え!」
俺の剣をブレゴリオは片手で持った剣で容易く受け止める。
さすがに力が強い。気を抜くと押し返されそうだ。
「ふむ、能力に対し能力で返すのは良いぞ。しかも手加減をして殺さないでくれたな? 感謝しよう」
「なに、仲間の仲間を殺すわけにはいかないだろ。それにこれは模擬戦だ。殺すための闘いじゃない」
「レンガよ、貴様を余の友として認めると同時に、余の好敵手とも認めよう! だから全身全霊で闘おう! 決して手を緩めてくれるなよ」
ブレゴリオが両手で剣を握る、と同時にこれまで以上の力でこちらを押してきた。
このままでは崩される。そう思ったからこそその勢いに任せて後ろに下がった。
「良いぞ! あのまま余に対抗しようとすれば確実に斬られていた。状況把握は中々のものではないか」
「自分の力よりも上の化け物とは何度も闘っているからな!」
『鬼』とかな。チンピラもそうか。あいつ……『五芒星』相手に勝ったかな。
簡単に死ぬようなやつではないと思うけど。
「力が上の相手と闘うなら、速度で行けって決まってる!」
ブレゴリオは見るからにパワータイプ。
手数で勝るしかない。
「ふっ、まだ甘い!」
俺の剣先を予測しているのか、ブレゴリオはことごとく剣を受け止める。
ガキン
ガキン
ガキン
何度も打ち合い、金属音を辺りに鳴り響かす。
見ればあれだけいたブレゴリオの配下は全て下がりこちらを見ていた。
それは純粋に自分たちの王の闘いを楽しんでいる顔だ。
「ハッハッハ! ここまで闘えるなら十分ではないか。闘いの最中に死んだと言ったな? それは余程の相手なのか?」
「ああ! 正直、どうやって死んだかも分かっていない。一瞬だった」
「ならばその闘い、もし逃げて生き延びたのなら余を探せ! 力になろうぞ」
「……助かる!」
あれを相手にするのは俺1人じゃ無理だ。
あれは次元の違う相手。これまでのどの敵よりも強かった……のだと思う。比べる間もなく死んでしまったから分からないけど。
しばらく無言で剣を振り続け、俺もブレゴリオも集中していることが互いに分かる。
この時間を楽しんでいるのはブレゴリオの配下だけではない。俺も、きっとブレゴリオも楽しんでいるはずだ。
そして、その時間も終わりが来た。
俺の体力切れでも、集中力の限界でも、ただ俺が負けたわけでもない。もちろん剣が折れたわけでもない。
「うるせえぞ! 今何時だと思ってるんだ!」
窓から怒鳴りつけるティミドの叫び声であった。
顔を見せないと思っていたらどうやら寝ていたようだ。
その後、飛んでいったブレゴリオによってティミドは俺に平謝りしてきたが。
ゆっくり更新だね