83話 女の生き様
ガーベラの生まれた家はいわゆる富豪に属するものであった。
しかし、ただの富豪ではない。富豪ではあるが生活そのものは貧困層よりもマシ程度。そのような生活の中でガーベラという人間の人格は形成された。
「節制をしたものが後の人生で楽をできる」
これがガーベラの家の家訓であり、絶対的なものであった。
金はあるが、使わない。毎日最低限の食事と必要過多な教養、規則正しい生活を送る。
60を過ぎればそれまでに貯めてきた貯金を好きなだけ使うべし。
ガーベラがたとえ黒くて固いパンとスープ、サラダのみの食事だとしても、祖父母は肉汁溢れるステーキや長時間煮込まれたスープ、白くて柔らかいパンを食べることに何ら違和感は覚えない。覚えさせない。それが60年間我慢してきた者への褒美であり、正当な報酬であるからだ。
ガーベラが15を過ぎた頃に人生の転機は訪れた。
自分の貯金は自分で稼いだ金のみと考えていたガーベラの両親はガーベラを社会へと放り出した。放り出したと言っても、何も家から放り出したわけではない。
住のみは与えよう。だが、衣と食は自力で稼ぐように。そして、20までに住も見つけること。その三つを整えられるほど稼げるようになれば家に戻って来ても良し。
突如そのようなことを言われても金の稼ぎ方などガーベラには分からない。
働けども、専門の知識も技術もない。
あるのは若い身体一つのみだ。
身体を売ることに抵抗はなかった。
ガーベラは娼婦というものにどこか憧れがあった。
自分の身体を金にし、それでいて自分も楽しめるだろう。
楽、というほどでもないだろうが、それでも他の仕事に比べれば比較的楽して大金を稼げるという気持ちがガーベラにはあった。
何よりも、彼女たちは自由であった。
堅苦しい、規則に縛られたガーベラにとっては男を手玉にとる娼婦たちの生き様は美しいものでありただの金持ちよりも気高いものであった。
だが、ガーベラの容姿はお世辞にも良いものではなかった。体つきも貧相であり、高額な客層を狙えるほどではない。
かといって貧民を相手にするのは危険が伴う。
諦め半分で他の仕事をするときの手助けになればと大聖堂にて漢字の適性試験を受けたところ、一つの漢字を所有することができた。
それが『女』である。
『美女』という能力はその名の通り、ガーベラを美女へと変貌させた。元の顔の面影はあるが、よほど注意深く見ない限りは別人と思われるほどガーベラの容姿は美しく、妖艶になった。
外見だけが美女へと変わったわけではない。
一つ一つの仕草が男の目を釘付けにし、離させない。
ガーベラから漂う香りは男の性を強制的に目覚めさせる。
外見が変わったことを期にガーベラは家を出た。
さすがに富豪を自称する家から娼婦を出させるわけにはいかない。かといって、この娼婦を続ける以外にガーベラは生きる道がない。
「本当にいいんだな?」
父親はそう言ったがガーベラの気持ちは変わらない。
「なら、好きにしなさい」
母親は汚らわしいものを見るかのように吐き捨てた。
初めての客相手にガーベラは失敗した。
いくら美女であろうとガーベラは処女。
娼婦という職業柄、男ではなく女が夜をリードしなければいけないが、ガーベラには何をしていいか分からなかった。思いつく限りのことをしてみせたが、ガーベラにとっては満足のいくものではなかった。
それでも、回数をこなすうちに技術は向上していった。『女』の手助けがあったのかもしれない。ガーベラの容姿に惹かれ毎日ひっきりなしに客が訪れたのも理由の一つかもしれない。
一年、その時間でガーベラは娼婦たちの中でも上位の存在へと上り詰めた。
仕事はいつしか趣味となり、ガーベラ自身の欲求を解消させる手段となった。
数年が経った頃にはただの気まぐれに奴隷になったりと色々な形での娼婦を楽しんだ。
貯金はある。娼婦という職業を毎日しているため、稼いだ金は使うことがないからだ。
なぜ娼婦になったか。それを忘れただ快楽のままに、己の欲望に身を任せ生きるうちにガーベラの人生は一度終了した。
己の人生を振り返りガーベラは思う。
他人からはろくでもない人生と思われるのだろうなと。
それでも、
「私の人生なのだから。私の生きたいように生きた。それでこの結果なら満足よ。もし生き返れたら同じようにあの生き方を続けるんでしょうね」
漢字当ての対戦相手となるのはグラスゴーという男。
男相手にガーベラは力勝負以外で負けるつもりはない。
「教えてくれたら後でいいことしてあげるわよ?」
この一言でグラスゴーは己の漢字を曝露、そして降参したのちにガーベラの勝利でこの対戦は終了した。
「この後なんてないのに、本当に男は馬鹿ね」
その馬鹿なところが愛らしく、頼もしく、とてつもない魅力を秘めているのだ。
「次の対戦はレンガさん、ゲッテさん。出てきてください」
ガーベラの『女』に魅了されないのは現状に満足しているもの、女そのものに興味がないもの。
「あなたはどちらなのかしら?」
しばらくは共にいるであろう仲間を見ながらガーベラは呟いた。