79話 異界
急いで書いたものですが……
「――てください」
声が聞こえる。
身体は動かない。目の前は何も見えず、暗い。感覚がないから目を瞑っているのかもしれないな。
「いい加減に起きてください!」
声は俺に起きてほしいようだが、手も足も動かないから起き上がれない。
口も動かせないみたいだな。返事すらできない。
「……ああ、そういえばまだこの世界に魂が定着していないんでしたっけ?こういうときは頭部に刺激を与えれば……」
おいやめろ家電製品じゃないんだから、という声すら出ないまま、頭からメギョグチャとしてはいけない音がする。
「何するんだ!」
思わず叫ぶと目の前には幼い少女がいた。
「……はあ、ようやく起きましたか」
「俺の頭が!……あれ?何ともない」
触っても俺の頭はへこんでもいない。
傷一つなく、ふさふさの髪があるだけだ。
「今のは魂に刺激を与えただけですからね。今は繋がったばかりで、少し人格が強く出すぎてしまっているみたいですが……まあ気にしないでください。時間が経てばそのうち治るでしょう」
魂やら俺の分からないことが多いんだが、目の前の幼女が説明してくれるってことでいいんだよな?
「ここはどこだ、俺はなんでここにいるんだ、お前は誰だ、仲間はどこにいるんだ」
矢継ぎ早に質問していく。最後の記憶だと俺は突然現れた男に何かされたような……。
「いいですよ、全部答えてあげます。……でもその前に、私のことをどう見えてますか?どうも背の高さと声質から予想はできてますが」
「どうって……幼女?」
幼女はハアーとため息をつく。
「私の姿は私を視認している者によって変わります。母親の姿であったり、恋人であったり。大抵はその人が心から落ち着けると思える姿なのですが。しかも、私の姿は見覚えがないんですか?」
「ああ、ないな」
なに?俺って幼女が心から落ち着ける対象なの?
目の前の幼女――茶髪の長い髪を背で括り、宝石のような碧眼、肌は触れれば俺の指の色に染まりそうなほど純粋な白さで、ロリコンでない、たぶんロリコンではない俺でさえ間違いを起こしてしまいそうなほどの可愛さというよりは美貌と言っていいほどの容姿の幼女――はギロリとその綺麗な眼を半眼にして睨みつけるように俺を見た。
うん、こんな幼女見たことないな。
「……まあいいです。どうせ他の人には私のことは別の姿で見えていますから。まずは一つ目の質問から答えますか。ここは、死後の世界――」
……やっぱり俺死んでたか。ヴェルツルが死んだみたいだからそうじゃないかとも思っていたが。
どうにか生き返る手段ないものか。さすがに神に申し訳ないぞ。
「――の手前にある世界です」
幼女の言葉はさらに続いていた。
死後の世界の手前にある世界?
「あなたは一度何かの事情で死んだわけなんですけどね。魂が死後の世界に行く手前で私がちょちょいと掬って救って差し上げたんですよ」
フフンと幼女は胸を張る。
「私は『冥』。ここの世界を管理しています。あなたの仲間は私には分かりません。これであなたの質問には全部答えましたね?では、次は私からあなたに質問です。あなた、生き返りたいですか?」
おお、これだ。当然、生き返る手段があるんだろうな?
「もちろんだ。俺は仲間のところへ帰らなきゃいけないからな」
よろしい、と『冥』は歩きだす。
そう言えば落ち着いてみると、周りは何もないな。
時々枯れた木の枝のようなものが落ちているが、殺風景だ。
「……幼女には寂しすぎる景色だな」
くるり、とこちらを向いた『冥』は目に怒りを滾らせていた。
「だ・か・ら!幼女の姿になっているのは、あなたのせいです!」
「お、おう。そうだったな」
俺、こっちに来てから変になってないか?
先ほど『冥』が言っていた人格が強く出すぎているってやつがこれなのか?
そこからはしばらく黙ったまま歩き続けた。
俺はこれ以上変なことを言わないように、『冥』は俺と話したくなかったのか何も話すことはなかったのか、無言だった。
体感で一時間ほど歩いただろうか。
ようやく人工物が見え始めた。とは言っても、建物というよりは石造りのなにかだ。
ただ削って積み上げただけのようなもの。そこの中には青白い人影が見える。
「あれらは後々説明します。まずはこちらに」
『冥』に案内されたのは石でできたドームのようなもの。
外から見る分にはそれなりに大きいが、3mほどの大きさ。それがいくつもある。全部で5つ。
「この建物は私が直に創りましたからあれらのよりは遥かに丈夫です。まず壊れて倒壊なんてことにはなりません」
あれらって何か引っかかる言い方だな。
「……人、じゃないのか?」
「ええ、あれらはもう人ですらありません。それより早くこっちに来てください。他の方々が待っていますから」
ドームの中に入ると外の石造りとは一変した造りになっていく。
まるで石を積み上げたのではなく、これ一つで大きな石だとでも言うほど継ぎ目もなく、自然体である。
そのまま進むと中には9人の男女がいた。
片方には5人、もう片方に4人。
「あなたはあちらの組です」
分かってはいたが、俺は4人のほうに入れられた。
「さて、これで全員揃いましたね。皆さんは一度死に、運が良いことに私に救われた者たちです。私はここにいる皆さんを生き返らせれる力を持っています」
全員がどよめく。死んだと思ったら生き返れるならそれも当然か。
「ただ、さすがに全員を生き返らせるといずれは生者の世界が人で溢れかえってしまいます。そこで、ここのドーム含め100人いるんですが、あなたたちには5人になるまで闘い抜いてもらいます」
……つまりはデスゲーム。もう死んでいるが。
「この5人組ってのはまさか……」
「はい、この五人組は一蓮托生。私が勝手に振り分けましたけど、基本的にはこの組で協力してください。仲良くしない人には」
外にいるあれらのようになってもらいます。人差し指を立てながら『冥』は溢れるような笑顔で言った。
では、新章です!