67話 たとえ遅くとも少しずつでも前へは進める! 前編
短いぞ~
ウァルマーにとって尊敬に値し、この世で決して逆らわない唯一の存在がいる。
五芒星の頂点にしてベム国の王である。
ウァルマーの実力は王に勝るとも劣らない。純粋な戦闘力では五芒星の中でも最強であろう。その動きは誰にも見えない。現れたことも気づかず、いなくなったことも気づかない。
もしも彼に攻撃された人間が生きていたらこう言うだろう。
「いつ、誰に攻撃されたか分からない。いつのまにか斬られていたんだ……」
攻撃自体に特殊なものはない。ただ速いだけだ。
だが、その速さが普通ではない。
見えないのだから誰にも防げない。
見えないのだから誰にも攻撃できない。
そのような実力の持ち主のウァルマーがなぜ王に従っているのかは誰にも分からない。
王にですらそれはなぜだか分からない。ただ、その忠誠心を信頼し腹心の部下として扱っている。
王の洗脳能力はかかっていない。そもそもで一定以上の力量の持ち主には王の能力は効きづらい。五芒星の誰もが自分の意志で活動し、闘い、人を殺している。
彼の漢字は『足』と『駆』。どちらも速度を高める漢字の能力を有する。
速度に関して彼に追い付けるものは同様の漢字の能力を持っていなければならない。
そもそもで五芒星は各方面に特化した者たちの集団だ。
制限こそあれ一国の人間のほとんどを洗脳した王
攻撃にのみ特化し、拳を強化しつくしたジェド
防御に重きを置き、骨を何十にも身体に覆うウリノーム
死人を、屍であるならどんな生き物を従わせるヒシバ
攻撃においても防御においても異質なインフォルト
そして速度において他の追随を許さないウァルマー
攻撃されない、一方的に攻撃できるというのは大きなアドバンテージであり、攻撃されないということは負けないということに等しい。
強力な攻撃であれば避ければよい、強靭な防御ならその隙間を搔い潜ればよい、物量で攻められればその包囲網の外に行けばよい、異質な攻撃も異質な防御も当たらなければよい。
彼はとにかく速度を求めた。
武器は軽いものをと、ナイフを使う。
殺傷能力が低いため、稀に生き残る人間もいるが大抵の人間は急所である首を一掻きすれば死ぬ。どんな強靭な肉体も、鍛えられた肉体もナイフ一つで首を斬られたら死ぬ。
もちろん、五芒星同士が闘うとしても容易く勝敗は決しない。
例えばウリノーム。骨をすべて守りに徹すれば勝つことはないが、負けることはない。
例えばインフォルト。全身軟体化状態の彼にウァルマーは攻めあぐねるであろう。
速度を求めるあまり攻撃が軽くなりがちになる。
ウァルマーに対する攻略法はここを糸口にするほかないだろう。
また、一撃でも当たれば耐久力に欠けるウァルマーはひとたまりもない。
いかに攻撃に耐え、反撃できるかが勝負の決め手になるはずだ。
そして、ウァルマーは侵入者のもとへと辿り着いた。
その時間、王の元から走り出してほんの1分。距離は約15㎞。時速はなんと900㎞である。しかしまだこれでも彼の最高速度ではない。すべてを度外視した彼の速度はこの速度すら遥かに凌駕する。
そしてウァルマーは侵入者と出会う。およそ彼の最も相性が悪いであろう存在に。
「ん~?ようやく来たか。久しぶりに僕が起きているのだからもっと早く来て欲しかったよ」
ウァルマーに対して遅いというその侵入者はまだ若い男であった。
眠そうな目、けだるげそうな表情をしたその男は名乗る。
「僕は『罪』の一人。怠惰だよ~」
心当たりがあったのかウァルマーの眉がピクリと動く。
「ほう?いくつかの国を滅ぼしたというあの『罪』か。これは王に対する良い土産になる。漢字であるなら貴様は王に従わざるを得なくなるからな。しかし、『罪』というのは7人で行動しているのではなかったのか?」
『罪』とは悪しき存在を断罪する7人の集団である。その名の通り、『罪』という漢字である。一族となっていた『鬼』と違い、たった7人である。しかし、量で劣ろうとも質が違う。桁違いだ。
山一つを占領し近隣の村を襲っていた『鬼』に対し、『罪』は国一つを落とす。
『鬼』と『罪』が衝突した際にどちらが勝つかは予想が着くであろう。
「実はまだ様子見だったんだけどね。革命軍とかいうのがありからその人たちに任せようかとも思ったんだけど、待つのもめんどくさいからこうして一人で来ちゃった」
「一人で我々五芒星に勝つつもりか?」
「ん~。まあ君たちの言う王のところへは向かうつもりだし、その前に君達全員殺して行くけどね~」
「貴様、私を、果ては王にまで危害を加えるつもりか?」
「そうだと言ったら?」
「漢字のひとつくらい私が殺す。貴様は私が攻略した状態で王に謙譲するほかあるまい」
「無駄だと思うけどね~。それに僕の調べた情報によると君の名前はウァルマーでしょ?一番僕に勝ち目のない人だね」
「……黙れ」
これほどまでに侮辱されたのは初めてである。
自分を馬鹿にするもの、それは王のもとにいる自分を馬鹿にすること。すなわち王に対する侮辱である。
「『駆ケヨ駆ケヨ誰ヨリモ』」
今回の闘いは圧勝にしたいからそんなに長くしないつもりです