64話 修羅と苦しむ鬼 後編
なんとなく前編書いたら後編もすぐ書きたくなってしまいます
百匹の鬼。加えて四匹の規格外の三人衆と元族長。さらにチンピラの身に宿るのは族長ブラハ。
百匹の鬼程度はジェドにとって大したことはない。それなりの冒険者であれば苦戦すれども倒すことは可能であるのだ。
ジェドほどの強者であれば鬼の百匹など時間はかかれど苦ではない。しかも一分間の限定的な大軍だ。一分間耐えればいいだけである。
だが、百匹の鬼を束ねるのはブラハであると同時にチンピラでもある。チンピラは『倍化』により一分間という制約を二分間に引き延ばす。それは激痛が続く時間が二倍になるということだ。一分間ですら辛い激痛である。
「殴りがいがありそうだ」
百の鬼を見てジェドはただ一言。これからの戦闘を楽しむだけである。
ジェドの拳が鬼を殴る。頭を吹き飛ばし腕を消し飛ばし胴を貫き足を払う。
立っている鬼は見る間に減っていく。百いた鬼も九十、八十と。
だが、規格外の鬼が動き出す。
まず動いたのはゼラ。その怒号とともに倒れていた鬼が再び起き上がり始める。さらに士気を高められた鬼は少しずつジェドの体力を減らしていく。
次に動いたのはジブ。鬼族唯一の鑑定眼でジェドの動きを観察し、弱点を見つける。さらに魔法を使うことによりジェドの注意を少しでも引き付ける。引き付けすぎることによりその拳の威力を味わうことになるが、いつの間にかジブは30匹と増えている。
さらにザンガも動く。その怪力と再生力でジェドの攻撃を一身に受け攻撃を返す。残念ながら一度も当たることはないがそれでも油断ならない攻撃を繰り返す。
最後に動くのはガラだ。その身体の硬度はさすがのジェドも一撃では破壊つくせない。一撃を持って身体にひびを入れ、二撃目でようやくダメージが入る。
そしてチンピラ自身も身体すべてを武器に変え暴れる。鬼の身体は丈夫な上に再生力がある。そこに『倍化』を加えたチンピラの再生力はザンガほどでなくとも一度身を引き20秒待てば腕すら再生する。
次第にジェドは鬼の大群に呑まれ姿が見えなくなる。
さすがのジェドもこれだけの数であれば敵わないか。そうシダは思う。チンピラの力がふざけたほどに強すぎるのだ。漢字一つをそのまま顕現したような力。
「『正シキ拳ハ悪シキ力ヲ滅ス』
鬼の大群の中央から光が漏れ出る。瞬間、鬼の姿が20、消し飛んだ。
消し飛んだ場所にただ一人いたのはジェドのみ。その拳は光に包まれていた。
「お前が鬼だというなら俺はその力を滅そう」
悪なる者に対してのみ威力が上がる、その力。鬼はその拳に触れただけで浄化されていく。
指揮に長けた鬼も、再生力と怪力の鬼も、分裂する鬼も、貫けない鬼もすべて消えていく。
そして残った鬼はチンピラただ一人となった。
チンピラの全身は今なお続く、むしろ悪化していく痛みに蝕まれていく。
だがそれで助かることがあった。痛みにより意識が覚醒し鬼に吞まれずにすんでいるのである。ザンガを宿らせたときはあっけなく呑まれた。今回はそれよりも格上の鬼である。それでも痛みが意識を手放させてくれない。
頭が割れそうである。
頭が働かず思考などもはやないに等しい。
耳鳴りが酷い。
目が飛び出しそうだ。
口は乾き喉が焼けるように熱い。
手足は重く感覚があるのかも分からない。
身体全体が火に包まれているように熱い。
それなのに全身が酷く寒い。
胃に穴が空いているだけでなく心臓に、臓器すべてに穴が空いているようだ。
一歩歩くだけで全身の筋肉・関節が軋み痛みが走る。
だが、それでもチンピラは倒れない。
百の鬼が消えようとも四匹の規格外が散ろうともただ剣で斬り斧を振り槍で突きハンマーで叩く。
剣は根元から折られ斧は砕かれ槍は潰れハンマーは歪む。
地面には武器の残骸が積み重なっていく。それでも力の限りチンピラは武器を生成してく。何の為に闘っているのかはもう忘れた。目的もなく思考もなくただ目の前の敵を滅ぼすために闘い続ける。
体力も精神力もとっくに限界は超えた。超えたからこそ、いつ倒れるか分からないこそ今は倒れない。
体力の限界を超えても、精神力の限界を超えても、時間はただ過ぎていく。
そして二分が過ぎた。体力も精神力もいくらでも超えることはできた。だが、時間制限は超えられなかった。
チンピラに宿ったブラハが消えていく。『鬼化』が解け、同時に『倍化』も解けてしまう。
そこへジェドの拳が入りチンピラの身体は崩れた。
「……運が良かったな。そのまま鬼でいたなら消し飛んでいた。だが、人の身であればこの拳はただの拳、悪でないなら滅されない」
気絶したチンピラを背に今度こそシダの方を向く。
「待たせたようだが、貴様の番だ。俺ももう体力も限界に近い。即効で終わらせてもらう」
百余りの鬼はただジェドに消し飛ばされるだけでなかった。少しずつ攻撃を当て少しでも粘りジェドの体力を減らし傷を増やした。無事な部位は右腕のみで、足は引きずり左腕はぶら下げている。
「足が使えず走れなくとも左腕が使えず片手でしか殴れずとも、俺は負けない。貴様一人今の状態で倒せずして俺の拳は何のために鍛えたのか分からない」
「チンピラ、お前がつくったこのチャンス、あんなに敵が傷ついているのはお前のおかげだ。俺は無駄にはできない」
シダは覚悟を決める。たとえ今、痛みを負おうとも何もせず負けるよりはマシだ。
「『苦行ガアッテ修行ノ成果トナス』!」
シダの身体を激痛が襲う。チンピラの身体にあった激痛と同程度の痛みだ。
「こんなに痛いのか……。よくこんな痛みであいつ闘えてたな」
シダが痛みと引き換えに得た力は防御としての力。少しでも相手の拳を防ぎ、隙を狙うために。
「貴様も強くなるのか。……いいぞ、俺を楽しませてくれ!」
足は満足に動かずただ拳を振るう。だがその拳は先ほど以上。より硬く握られた拳は一撃で何もかもを消し去る。当たらずとも風圧で吹き飛ばされそう、掠ればその部位は消し去り、まともに当たれば死が待っている。
シダはこれをただ受けることはしなかった。盾はない。だが壊された武器の破片、家の瓦礫がいくらでもある。
折れた剣を瓦礫にさし即席の盾をつくる。無論、そんなものではジェドの拳を防いでくれたりはしない。だからシダは受け流すことに集中した。
拳の一撃一撃を全身全霊を持って受け流す。全身の筋を使い、足を使い、腕を使い、頭を使う。
一度のミスも許されない。そして時間制限はチンピラよりも短い本来の一分。その間に勝機を見つけなければならない。極限の痛みの中で。
ジェドも一撃一撃を集中していた。受け流されることは体制を崩されることを意味する。いかに早く体制を戻し次の一撃にかけるか、そのことに集中していた。
だが、やがてジェドにも限界は訪れた。右腕は今もってなお無傷であった。だが足を動かすことは無理であった。
シダが受け流しジェドが大勢を崩す。すぐさま体制を戻し次の拳を振るうが足がついてこず微妙に拳が落ちていく。
「ここだ!」
シダはこの攻撃を受け流すことはしなかった。受け流さず盾で真正面から受け止める。当たり所が悪かった拳は盾を粉砕することができず盾に少しずつ押される。
「……く、ぐぉぉぉぉぉ‼」
「いいかげん、倒れろお‼」
拳と盾がぶつかり合い押し合う。
そして一つの壊れる音が響いた。
拳は未だ無傷であった。
即席の盾もひびこそあれど壊れてはいなかった。
限界を迎えたのはジェドの右腕である。拳を支え、撃ち出していた上腕骨・橈骨・尺骨から肩にかけてのすべての骨にひびが入り砕けていた。
「……そのしつこさ、いや粘り強さは貴様の強みだ。よく鍛えこれからの闘いに活かせ」
そこでようやくジェドは倒れた。
「う、うおおおおおおお!勝った!勝ったぞチンピラ‼」
勝利の雄叫びを揚げ、シダはチンピラの元へ向かった。
【神の語り】
「傍から見ると鬼の力を使うチンピラのほうが悪役に見えるな」
「まあ、もともと悪役みたいなものですしね。それにジェドさんも悪い人間じゃないですよ。悪でも善でもなく、ただ純粋に闘いを求めている人なんです」
「ちなみにジェドを他の人間が倒すとしたらどのように倒す?」
「そうですねー……火でも放ればいくら拳がすごくても他の身体が焼けて死ぬんじゃないですかね。他にも水攻め、雷でも落とす、地面に埋める……いくらでもありそうですね」
「……(むごい。本当に神なのか疑うレベルだ)」
「何黙ってるんですか?」
「い、いや。次の闘いを考えていたのだ。次は音使いと骨使いだな。しかも国を貶めた者と国を救おうとする者の闘いになる。これも楽しみたいものだ」
「そうですね!では、アネモネ&アカツメvsウリノームの闘い、見て行きましょう!」
あ、あれー?
前回のイチイさんとの闘いよりも文字がだいぶ少ないな。
人数も前回よりも一人多いからむしろ増えてそうなのに……なんでだろ