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62話 崩れぬ悪意と固める決意 後編

ちゃんと後編でまとめきったぁ~

 『軟体粘液』という能力。インフォルトが最初にそれを使ったということを、イチイが分かったのはインフォルトの斬り落とされた右腕を見てからであった。

いつ発動されたのか分からない。斬り落とされてからか、斬り落とされる前からなのか。

厄介なのはこの能力が斬撃に対しかなりの抵抗力を持っていることだ。斬れども斬れども、斬り落とせども斬り落とせども液状になって元の身体に戻ってしまう。


 これで斬り落とす能力は避けたほうが良い、ということは分った。だが、現在のインフォルトの姿は何なのだろう。上半身はそのままだが、下半身は液状に溶け、地面を這っている。溶けていない上半身も今にも崩れ落ちそうな不安定な揺らめきをしている。

 見る者が見ればスライムだ、と思っただろう。殴っても叩いても斬っても突いても大した威力にはならない。物理攻撃が攻撃とならないのだ。

 スライムに対処するには簡単だ。物理でなく魔法を使えばいい。魔法でなくともそこいらの火や水を使うということもできる。火や雷を使えば焼き焦げるであろうし水をかければ溶けていくだろう。だが、イチイはスライムというものを知らなかった。そもそもでこの世界でスライムなるものを見たことがある人間はいない。知っているのは異世界から来たレンガくらいであろう。

 スライムの対処法は物理以外での攻撃であるが、このインフォルトへの対処法は果たして一緒なのだろうか。あくまで見た目がスライムに近いだけであってこの姿は漢字の能力によって出来上がった姿である。対処法を間違えれば命取りとなる。




「久しぶりだぜ、闘ってるときにこの姿になるのはよぉ。いつもは相手を弱らせて気力を無くして逃げる力を奪ってから使うんだからよ。やっぱり騎士さんは強いってことだな」


「わざわざ殺すときに能力を使うというのか?」


 普通は逆であろう。闘うときに最大限の力で、殺すときは最小限の力を使う方が合理的だ。わざわざ弱らせてから能力を使うのは無駄が大きすぎる。


「ああ、そういやまだあんたらの国のやつらにはバレてなかったのか?ほら、貴族も強かったって言っただろ?」


「それがどうした」


 確かに言っていた。兵士や冒険者だけでなく貴族とも闘ったと。だがそれは指名手配される原因である大量殺戮のときのではないのか?そうであればイチイはもちろん知っていた。推定であるがその被害者の数くらいは把握していた。


「最近なあ、また疼いちまったんだよ、俺の衝動が。俺がベムにご招待されたとき、ミナって街を通ったんだけどな。道すがらなーんかお気楽そうな貴族の親子が馬車で優雅にお散歩しているのを見て……」


 やっちまった、そうインフォルトが言ったとき、イチイは剣を強く握りしめていた。


「……そうか」


 少し予想はしていたのだ。イチイがベムに赴くことになった理由、それは貴族の失踪事件であった。誘拐事件なら取り戻せばいい。最悪は金で解決することもできる。だが、最悪はすでに死んでしまっているということだ。もう戻らない。その命は奪われてしまい戻っては来れないのだ。


「その前にも何人かガキを殺したんだけどな。やっぱりガキはいいぜ。泣き声が最高なんだ。そうそう、俺がどうやって人間を殺しているか教えてやるよ」


 インフォルトは饒舌に語る。自分の悪逆非道を、栄光を自慢する戦士のように。


「まずこの姿になるだろ。もちろん弱らせた後にな。そしてこのまま相手に覆いかぶさるんだよ。そして『崩化』でじっくりと身体を崩していくんだよ。もがいてももがいても俺の身身体からは抜け出せねえ」


 インフォルトは腕を伸ばし地面に落ちている小石を広い自分の身体に落とし入れる。小石はインフォルトの身体に沈むとやがて崩れ落ち完全に消滅する。


「そしてもがいていくからどんどん身体は崩れていく。気づいたときにはもう抗う気力は沸いてこずただ命乞いをし、叫ぶだけ」


 剣を握る手から血が流れ出る。強く握りしめすぎて爪が皮膚を突き破ってしまっているのだ。剣はまだ『軟化』により柔らかいままだが『断絶』によりその切れ味は保たれたままだ。


「自分の内側からガキの叫ぶ声が聞こえてくるのを知ったらもうやめられねえよ。あれはそこらの大人を殺しときには味わえねえな」


 そこでイチイのインフォルトに対する騎士道精神からの捕まえるという気持ちは失せた。

 甘く見ていたのだ、インフォルトを。実力を甘く見ていたのではない。むしろイチイは相手を侮るということはしない。相手とフェアに闘うようにはするが油断はしない。

 甘く見ていたのは実力ではなく内面であった。どこかで道を間違えこうなってしまった。更生させれば時間はかかれどきっと己の罪を自覚し反省するのだと。まだインフォルトが若いこともあってそう考えてしまった。

 だがもう駄目だ。この若者は恐らく一生このままだろう。放っておけば一生人を殺し愉悦を楽しむ怪物となり果ててしまう。誰かが止めなければいけない。


「貴様が人ならざる姿になってくれて助かったぞ。私の剣は人相手に使うのには躊躇ってしまうのでな」


 人相手にこの能力は使うつもりはイチイにはなかった。人相手に使うと取り返しがつかない。もし相手が生き残れば必ず自分を恨むであろうし、こちらもただで済むとは思えない。


「『肉絶チ骨絶チ』」


 イチイは『断』の二つ目の能力を発動させる。


「ああん?何かしたのか?」


 特にイチイに変わった様子はないしインフォルトも同様だ。

 イチイは静かにインフォルトに剣を振り下ろす。


「無駄だって学習しなかったのか?騎士さんよぉ」


 インフォルトは特に避けるということもせずただ己の腕が斬り落とされるのを見ていた。続いてもう片方の腕も斬り落とされるがそれも見ているだけ。どうせ液状にしてくっつけてしまえばいいのだ。

 『軟体液状』の恐ろしいところはたとえ首を斬り落とされようとも液状にしくっつけることができるところである。もはや斬撃は無意味。この状態のインフォルトを殺したければ物理以外のものを持ってこなければならない。


「気づかぬのか……やはり貴様はただの犯罪者だ。いや、もはや頭の狂った人間よりもおぞましい怪物に近い化け物か」


 右腕と左腕を斬り落としたイチイは言う。

 ところで切れ味を示すときに切れるというが、バターだって物体であることに変わりはない。切れやすくとも多少の抵抗はあるだろう。だが、今のイチイの斬撃に対しインフォルトの腕は全くの抵抗も示さなかった。まるで腕というものがそこに存在しないとでもいうように。


「さて、とっとと戻しててめえも崩してやるか……あん?」


 インフォルトは腕を液状にしようとするが腕は全く動こうともしなければ液状にさえならない。


「これが私の『肉絶チ骨絶チ』の能力だ。今の貴様の両腕は貴様とは存在を別のものとしている。貴様の腕は金輪際接続しない」


 インフォルトの『崩化』が原子を崩し分解させるのだとしたらイチイの『肉絶チ骨絶チ』は世界の定義としてインフォルトとインフォルトの腕を分解した。インフォルトはインフォルト、インフォルトの腕はただの腕である。そこに関係性はないため回復魔法を使おうと何をしようとくっつくことはない。


「ずりいぞ……てめえ」


 これよりイチイの攻撃はすべてが必殺となる。手足に当たればそこから先はもう使うことはできない。首を斬られればもはや終わりだ。


「何もずるいことではない。この能力の対象は私と貴様だ。私が斬るものが何ものをも切断できるように貴様も何でも切断できる」


 何も説明することではない。むしろこれは黙っていたほうがイチイには有利である。生身の人間であるイチイと、液状となっているインフォルト、どちらが手数で有利なのだろうか。もはや攻撃力などは存在しない。どちらがどれだけ相手に手数を与え、どれだけ急所に近づけるかが勝負の決め手だ。


「液状だからよ、こういうこともできるんだぜ」


 インフォルトの腕があった場所から液体が伸び、だがその形状は保たれ細くしなやかな鞭となっていく。


「腕じゃあないが、これで俺の攻撃としては成り立つ。さあ、てめえの能力で死ねや!」


 両腕から伸びた鞭のような液体は縦横無尽に伸びイチイへと到達する。


「……最後の機会を与えたつもりであったのだがな。もはやこれまでだ。先ほどの鞭で貴様の軌道は見切った」


 イチイは最小限の動きで鞭を避け、インフォルトの元へと向かう。


「くそくそくそ!何で当たらねえんだよ!」


 軌道を読ませないために思考を捨て滅茶苦茶に鞭を振るう。だがそれでも当たらない。


「その命を持って償え!」


 イチイが止めの剣を振るったとき、背後から鞭が飛んできた。両腕から伸びる二つの鞭は今真横にあり、完全に見落としていた。


「ヒャハハ、さっき言ってたのを参考にさせてもらったぜえ!地面さえも突き抜けられるんだなあ。こりゃあ楽でいいや」


 インフォルトの足元から一本の鞭が伸びていた。その鞭は足元の地面を潜りイチイの背後に辿りつくとそこからイチイへと伸びていった。鞭であると同時にインフォルトの身体であるのだ。そのくらいの操作は容易い。


「……くっ!」


 イチイは避ける動作はするがそれでも避けきれず右腕が跳ね飛ばされてしまう。

 それを見ながらインフォルトは剣の届かない間合いへと後退する。


「ヒャハハハ!腕のことなら心配するな。時間はかかるが水分をたんまりとれば腕だって生やせるさ。ガキの生き血とかすすればすぐにでもな!」


 インフォルトは自分の勝利を確信し慢心していた。故にもうイチイのことは眼中になく先の殺しを考えていた。どちらにせよ、剣があろうとも届かない距離だ。そのくらいはインフォルトにも分かっていた。


「ヒャハハ……ハ?」


 そうして未来を考えインフォルトは死んだ。イチイによって頭から真下に斬られて。


「……ずりいんじゃねえの?それも」


 イチイは斬り飛ばされた剣を持っていた右腕を左腕で持ち、その状態を固定し一本の剣とした。腕の長さプラス剣の長さ。約二倍となったそのリーチはインフォルトには予想できていなかった。


「背後を突いた貴様ほど卑怯ではない」


 再生と言っていた。ならば再生できないようにと無心で剣を振るいインフォルトを細かくしていく。やがてすべてのインフォルトの破片が液状ではなくなりもとの人の肉片となった。


 インフォルトの身体であった破片から二つの光が抜けることを確認したイチイは新たな能力を発動する。


「『意思トハ関係ノナイタダノ石』」


 インフォルトによって切断されイチイの『肉絶チ骨絶チ』によってもはや別物となっていたイチイの腕。だが、あくまで別のものとしてくっつけることはできる。


 『意思トハ関係ノナイタダノ石』はただ半永久的にそこにくっつけるだけの能力である。だが、それはどんなものでもくっつけられる。たとえ『肉絶チ骨絶チ』によってイチイとは別のものになっていようが、ただの腕として。

 神経さえも筋さえも同じ様に固定してしまえるため今までどおりに動かすことさえ可能だ。

 今のイチイの身体はそうして斬られては固定してを繰り替えした身体になっている。


「私の身体で斬られていない場所が首だけとな……ふっ。笑えぬな」


 己の肉も骨も絶たせ、だが相手の命を絶った騎士は城へと目指す。







【神の語り】

「えーこれで騎士と犯罪者の闘いは終わりです」


「ちなみにインフォルトへ火や雷を使っていたらどうなっていたんだ?」


「普通に焼けたり感電したりしますね。まあイチイさんは魔法を使えないんでどうもできませんでしたけど。まあ『肉絶チ骨絶チ』は『崩化』の上位互換みたいなもんですしね」


「そうなるとほぼ最強の攻撃なのではないか?」


「いいえ。ちなみに『肉絶チ骨絶チ』をレンガさんに使っても『死灰復燃』で再生されるだけです。しかもレンガさんが大量のフォルを使えば圧勝されちゃいます」


「小物相手では相性が悪いのか」


「だからこそ、当てやすい大物相手がイチイさんは得意なんですよ。当てやすいし、足元でも斬ってしまえばバランス崩しちゃいますしね」


「ちなみに斬撃以外ではどうなるのだ?例えば叩くとかは」


「叩いた部分が丸ごと消滅するそうです」


「……は?」


「だから、叩かれた部分は丸ごと消滅するんでそこの部分は二度と戻ってこないですね。まあレンガさんなら生やしちゃいますけど」


「イチイは剣じゃなくハンマーでも持ってればいいんじゃないか?」


「まあ振り回しやすいってのもありますけど、いざ今回のように片手になってしまった時用じゃないですかね。普通は少しでも斬り落とせばそこから先は無視してもいいわけですし」


「ふむ、なるほどな……。では、次はチンピラたちの闘いにしようか。おそらく純粋な力対決になるのではないか?」


「まあ両者とも打撃戦に向いている能力ですからね。では、次はチンピラ&シダvsジェドで!」


きっとアネモネでもいれば楽に勝てたんだろうなあ

その前に崩されちゃう可能性もあるけど

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