51話 『辰』『巳』その1
正月のやることのなささがひどすぎる。
『卯』の固有結界はルナが最後の『卯』を倒したことにより解除され俺たちはもとの家の中へと戻った。閉じ込められる前と変わらず、だが『卯』だけがいなくなっている。
「まさか全員バラバラにされるとはな……。だが、全員無事で何よりだ」
見る分には大きな怪我をしている者はいない。ルナも『卯』を倒せて良かった。
「この手の能力の敵の恐ろしいところは能力者自身が有利な場所になりやすい。格下相手でも不確定要素一つで負けるかもしれんから気をつけるのじゃ」
ハド爺がそう言う。確かに、今回であれば相手は隠れやすく木々に飛び移ることもできた。その気になれば火をつけてきたかもしれない。
「まあめったにいない能力でもあるんじゃがな。儂もそうそう会ったことはない」
「私も見たことはないわね」
そういえばカルミアはどうやって闘うんだ?血を使うようではあるが、まだ詳しくは知らない。俺が尋ねると、
「言ってなかったっけ?私の『血』の能力は『血液操作』。自分の血であれば操れるのよ。剣とかにしてね」
ということは自分の血を出してそれで闘っているのか。割と危ない能力のような気がするんだが、身体は大丈夫なのか?
何はともあれ、またしても十二支の一人を倒したことによりベムとの和解から一歩遠のいた。というか、もうこっち被害者になってるよな。逆に謝ってほしいんだが。
気を取り直して旅を再開する。とは言え、その日は村を見つけたところでそこで休むこととした。
だが、村に入ると、村の中には人は見当たらなかった。
「……廃れた村ということではなさそうだ。畑の作物はまだ育てられている途中みたいだしな」
「あそこに人がいるわ。でも様子が変ね」
アネモネがある家を指す。家のそばには人がコソコソと腰を低くして歩いている。泥棒の類か?
「おい、そこで何をしている」
泥棒にしろ何にしろこの村のことについて聞きたい。廃村なら今日はそこらの家を借りるであろうし、何か事情があって人がいないなら、できる範囲で力になってやりたい。まさかかくれんぼをしているってわけじゃないだろうし。
「あんたたちは……!?いや、誰でもいい、静かにしてくれ。そしてゆっくりだ、ゆっくりとこっちに来るんだ」
逃げる様子もないから泥棒じゃあないらしい。言われた通り全員で忍び足をしながら男に近づく。
「すまんな。事情はこれから説明する。ただ、ここじゃ危ない。俺の家でいいか?」
「村に何か危険人物でも来ているのか?まあいいぞ」
大きい音を出して誰かを刺激したくないみたいだな。一体何がいるんだ?
男の後に付いていこうとしたとき、突然やつらはやってきた。
「ここにレンガという男はおるか?」
「吾輩たちはベム国の使いである!」
そんな大きな声を出してやってきたのはヒョロヒョロとした男と立派な髭を蓄えた大男であった。
ベム国の使いか……十二支の可能性もある。迂闊に名乗りでるわけにはいかないが……。
「吾輩は十二支の5人目『辰』である」
「そして俺は十二支の6人目『巳』だ。貴様らと話がしたい。レンガよ、いるならでてきてくれまいか?」
話をしたい、か。これまでの十二支は問答無用で闘いをしかけてきた。もし彼らの言うことが本当ならベムという国が俺たちに何をしたいのか知っておきたい。
だが、話をしたいのは山々なのだが、静かにしてくれと言われていたのにあんな大声で話していて大丈夫なのか?
俺の心配はどうやら当たったようで、
「ギギ……テキ……?」
十二支の二人の前に全身針だらけの生き物が現れる。刺さっているのかと思ったが、血が出ていないようで、どうやら身体から生えているようだ。ハリネズミに近いようだが、大きさは犬ほどである。
「む?何だ貴様は」
「吾輩たちに何か用か?用がないならとっとと失せるがよい」
ふたりは手をしっしと追い払うように振る。だがそれが針だらけの生き物にはやってはいけないようで、
「ギギギギ……ハイジョスル……」
その生き物は身体を縮めたかと思うと大きく膨れ上がりその勢いで全身の針を飛ばす。
俺たちは家の陰にかくれたおかげで無事であったが、二人はどうなったのだろうか。恐る恐る覗いてみると
「ふん、それしきで吾輩の身体に傷などつけられぬ」
髭の大男-『辰』-は無事のようである。全身はよく見ると鱗が生えており、その鱗が針を弾き返しているようだ。
だが、もう一人のヒョロヒョロの男-『巳』-は違う。
「あ……あが……」
『巳』は全身を針で貫かれている。『辰』が弾き返し地面に落ちた針を見てみるとそんなに長くないのでそこまでの傷ではないようだが、数が多い。致命傷になることはないだろう。
このまま放っておくわけにもいかない。あいつらは一応、話をしたいと言ってきたんだ。このまま他人を装って交渉のチャンスを失うのは悪手だろう。
「お前ら、そのまま静かに、ゆっくりこっちに来るんだ」
俺自身もそこまで大きな声を出さずに呼びかける。
「む?貴様らは……?まあいい。感謝する」
『辰』は言われたとおり『巳』を担ぎゆっくり静かに俺たちの方へやってきた。針の生き物はすでにどこかへ消えていた。
「そのまま静かに、な。俺がレンガだ。ベムの使いと言ったな?だがまずはあの針のやつについても知りたい。そちらが先でもいいか?」
「構わぬ。吾輩も『巳』の敵を取らねばならぬからな」
『巳』は傷が多すぎて動けずにいるようだ。針も抜いてやりたいが、数が多すぎて抜こうとする手が傷つけられてしまう。
「おお、まずは『巳』を回復させてやらんとな。おい、さっさと回復せんか。何をしておる」
「あう……針……邪魔……」
回復手段はあるが針のせいで回復できないって状況か?
「ふむ、針が邪魔で脱げないのだな。よし待っておれ」
そう言って『辰』は両手で針を無理やり横から払うように抜き始める。だが、その抜き方は雑すぎて皮膚が引っ掛かりところどころ傷が深くなっている。
「ああ、女子供はあまり見ないほうがいいぞ。少し刺激が強いゆえにな」
すべて抜き終えたころには『巳』の全身は酷いことになっていた。これは……傷跡が残りそうだな。こいつが男で良かったな。女の子だったら可哀想なことになっていた。
対照的に『辰』の手には傷一つない。これがやつの能力なのか?
「ほれ『巳』よ。もう針はないぞ。とっとと回復せい」
「おお、かたじけない『辰』よ」
『巳』は両手を何とか動かし、あろうことかそのまま服を脱ぎだした。呆然と俺たちは見ていたが、『巳』が下着姿になったときに俺はハッと我に返った。
「っ‼何してるんだ。みんな、後ろを向け。サンとルナにこんな汚いもん見せるなよ‼」
二人の目が腐ったらどうしてくれるんだ!女性陣を後ろに向かせる。
『巳』はパンツ一丁の姿で不思議そうな顔をする。いや、パンツというか素材的には水着に近いな。
「俺は漢字だぞ?恥ずかしがる必要などない」
「いいから、とっとと回復でもなんでもしろ!」
漢字とか関係ないだろ。人の姿をしているんだから。
『巳』は急かされると傷の一つをむしり、そのまま全身の皮を剥ぎとった。何を傷を悪化させてるんだと思ったが、それがやつにとっての回復手段であったようだ。
皮を剝ぎとったその姿は、針が刺さる前の傷一つない姿であった。
「ふっ。驚いたか。全身の皮を剥ぎとることですべてを回復できる。それが俺の、『巳』の能力だ」
と、『巳』は自慢げに服を着ながら言ってくる。だがそれだけなのか?戦闘中に使いづらくないか。いやまあ致命傷でも回復でき、なおかつ誰かと戦闘を交代できるならすごい能力ではあるが。服を着たところで女性陣はこちらを向く。
「そして吾輩の能力が、吾輩の身体を覆うこのドラゴンの鱗だ。この鱗はどんな攻撃も効かない。『巳』が回復している間は吾輩が盾となるのだ」
『辰』はその身体にある鱗を見せびらかしてくる。俺はまだドラゴンをちゃんと見ていないのだが……唯一見たのはゾンビになっていたしな。そんなにドラゴンの鱗は硬いのか。
「ドラゴンのぅ……ふむ」
ハド爺はドラゴンの皮膚に興味を持っているようである。そういえばドラゴンを倒したことがあるんだったな。
すでにみんなあの謎の生き物のことを忘れていた。一人を除いて。
「あの……とりあえず俺の家に入ってくれ。今俺たちの前にあるのがそうだから……」
この村で初めて会った男が一歩引いたところから俺たちを家に招いていた。
ちょっと長くなりそうなので分けますね
次で終わりそうなら前後編に変えます