14話 枯れた村その2
『毒』とまともに闘えるのは俺一人となってしまった。ジヒトは膝を地面につけぼろぼろになった槍を杖代わりにして辛うじて立っている。他のメンバーは呼吸をするのも辛そうである。
「こい、フォル! 分裂してあいつを翻弄してくれ」
召喚されたフォルが現れた瞬間、すぐさま分裂を始める。
「チィッ」
100匹近いフォルがやつに向かって突進していく。フォルの分身は1体でも残っていれば分裂が可能だ。念のため数匹俺の付近に待機させた。
分裂したフォルの分身の何匹かが『毒』に嚙みつく。しかし、一瞬でフォルの分身は消えていった。一瞬で死んだということだ。フォルの体が小さいこともあるがやつの毒はかなり強力なのだろう。
「なかなかやるねえ。君自身はかかってこないのかい?」
俺はまだやつに近づけないでいた。やつの体にはフォルの噛み跡が残っているが、致命傷は一つもなくどれもかすり傷というレベルだ。それにジヒトの槍をぼろぼろにした理由がまだわからない。
「まだあんたを倒す秘策を考え中なのさ」
早いとここいつを倒さないと仲間が死にそうだ。
特に体力の少ない女性陣。最初に吐血したユズはすぐさま治療を開始したい。
「ジィッ」
俺の肩に乗っていたフォルが苦しそうにしながら落ちていった。こっちまで影響が出始めてきたか。ん? 地面にいるフォルはまだ元気そうだ。
「ジヒト、地面に伏せていろ!どうやらこの毒は空気よりも軽いらしい。伏せていれば毒の影響は少なそうだ」
苦しそうにしていたジヒトはすぐさま伏せた。見ると、他の仲間も倒れてからは少し呼吸が楽になっているように見える。苦しさに耐えて立ち上がっていればもっと多量の毒を吸っていただろうから倒れて幸いだ。
これでひとまず仲間の毒は大丈夫だろう。
あとは槍をぼろぼろにした能力か。
「レンガ、おそらく槍は溶かされたんだ。この壊れ方は自然になるものじゃない」
顔を伏せたジヒトが槍の状態を教えてくれた。
溶かされた……溶ける……そうか、そういうことか。
「あんたは溶解毒も使えるんだな」
「そのとおり。私は毒なら何でも使える。だから『毒』なんだよ。まあ本職の『溶』には及ばないがね。その代り私は毒を周辺に撒いたり、自身を溶解毒で覆い、遠近両方の攻撃ができる。まさに無敵だろう?」
攻撃用の散布毒と防御用の溶解毒を使うから無敵、か。
そのとおりなら確かに俺たちに勝利は望めないな。だが、
「あんたは周辺に撒ける散布毒と溶解毒は同時には使えないだろ?」
フォルは毒によって死んだが、溶かされてはいなかった。
ジヒトが槍を溶かされたときあんなに近づいたのにそのときは毒を食らっていなかった。こちらに下がってからやつは毒を撒いたようだ。
どちらかを使えばどちらかは使えず。槍と歯はその持ち主と同時に溶かされることはなかった。
「だから何なのだね? 確かに私は二つの毒を使い分けているが、一緒には使えない。だが、すぐに毒の種類を変えればいいだけなのだよ」
そのとおりだ。更には俺に散布毒が通用しないと分かれば『毒』は溶解毒を積極的に使ってくるだろう。まだ決め手を見つけていない俺にとってそれは絶体絶命を意味する。。
『毒』に通じる攻撃はないのだろうか。今はまだやつの散布毒に耐えているが、溶解毒を使って接近戦をされれば俺の『肝』でもさすがに溶解毒は解毒できない。
どうしたものか……。
【ジヒト視点】
不甲斐ないな、俺は。レンガが闘っているというのに俺は地べたで毒が回らないように伏せている。自慢だった槍もこのありさまだ。何が貫けるものがないだ。貫く以前の問題ではないか。
俺はある村で村長の息子として生まれた。
将来を期待されて育ってきたが、俺は成人してとりあえずハンターとして村の為に貢献していた。村だけで食料は生産できず、周辺の動物を狩る必要があったのだ。
活動を始めてから数年後、滅多に諍いすら起きない村に事件が起きた。俺の幼馴染でもあった男に隠し子がいたのだ。しかも獣人であったため平和を愛する村としてはその子供をすぐさま追い出さなくてはならなくなった。
村長といういう立場でもあり、村の平和を維持しなければならない親父は
「子供を奴隷商に売れ」
と、俺の幼馴染に冷たく言い放った。俺は村長の息子として売ることに反対できる立場ではなかった。 しかし、売られていった子供と泣く泣く売らなければならなくなった幼馴染とその妻の顔を見て俺は親父に買い戻すよう頼んだ。誰も悪いことをやっていない。獣人であることが犯罪であるならばそれは法そのものが間違っている。そう思ったのだ。
その結果、俺は村を追い出された。子供たちとは違い、旅にでるという扱いになったのでいくばくかの金が与えられたが、なにせ村以外の世界を知らなかったのだ。
ハンターをしていたときの経験を頼りになんとかギルドで冒険者を続けることができた。親父から与えられた金を使い大聖堂で漢字の適性を試した結果、『槍』と『直』に適性があったおかげだろう。これが親父からの最後の贈り物であったことは間違いない。
村から単に俺を追い出したのか。それとも村から解放してくれたのか。親父の真意は分からない。子供二人を売り払って安堵している村人たちと違い唯一間違いを指摘した俺はどのみちあの村ではうまくやっていけなかっただろう。
俺はあのとき守れなかった子供たちのかわりに困っている人々を助けようと心に誓った。
「それなのにな」
何が助けるだ。今、助けられているのは誰だ? 俺じゃないか。俺は自分の無力さを恨んだ。
これではあの時と、子供たちを助けられなかった時と同じではないか。レンガは今はまだ敵の攻撃に対して凌いでいるがいつ溶解毒を喰らって倒れてもおかしくない。
「力がほしい。せめてレンガの助けになりたい…俺はもう誰かが傷つくのを見ているだけなのは嫌なんだ!」
息をするのも絶え絶えになっていたのにも関わらずいつの間にか俺はそう叫んでいた。
俺の願いに答えたのかはわからない。しかし、確実なことは言える。
『槍』と『直』に新しい能力が芽生えたのだ。
――やり――『槍』
所有スキル:槍熟練度上昇 不倶戴天乃槍(NEW)
――ちょく――『直』
所有スキル:直線 受け継ぐ願い(NEW)
――不俱戴天乃槍――
守れるものを守れなかったときに保漢者がその無念をこめた槍。精神力を消費して槍を生成する。込められた精神力に応じて槍は頑強に鋭くなる。槍の生成は一週間に一度のみ。
――受け継ぐ願い――
保漢者と共有の敵を持つ仲間に保漢者の強さを与える。与えている間は保漢者の強さは与えた分だけ弱体化する。
これだ! 俺は新しく芽生えた能力の使い方をなんとなくだが理解した。込めた精神力に応じた槍か。ならば全力を込めて槍を生成するしかない。この後どんな切り札が芽生えたって構わない。出し惜しみせずに今を生きるために、仲間を生かすために俺はすべての精神力を込めた槍を生成した。
一瞬だけ俺の手元が光った後、1本の槍が出現した。それは今まで見たことがないほどの輝きを秘めた槍であった。
レンガはすでに『毒』と剣を交えていた。だが、レンガの剣はすでに溶かされはじめ、これではやつに致命傷をあたえることはできないだろう。
「レンガ!こいつを使え!」
俺はレンガに向けて槍を投げたあと、もう一つの芽生えた能力である『受け継ぐ願い』で残りの力をレンガに渡した。
俺の持ちうる筋力、速度、体力……全てを託すぞレンガ! 次の瞬間には俺は意識を失った。精神力と体力が底をついたのだろう……。
【レンガ視点】
くそ、剣が溶け始めてきた。武器屋の親父は特別良い武器ではないと言っていたが、あの性格だと1本1本魂を込めてつくっていることくらい俺にだってわかる。この剣は決して使い捨てて良い剣ではなかった。
溶け続けていた剣が遂には半ばから折れ、俺が得物を失ったとき、
「レンガ!こいつを使え!」
ジヒトが槍を投げてきた。それは武器屋でも見たことがない槍であった。さらに剣を受け取った直後、解毒していたとはいえ少しづつ消耗していた俺の体力が戻った。力も溢れてくるようだ。ジヒトが何かしてくれたのだろう。だが、ジヒトはそのまま顔を伏せこちらを見ていない。
「っ!? ローズ、ジヒトを頼む! 効果がなくてもいい! 『治』をかけてくれ!」
「わかったわ!」
伏せていたおかげで他の者達は症状が軽くなったのだろう。すぐさまローズはジヒトの下へと駆け付ける。闘うのは辛そうだが、俺はローズたち三人にジヒトのことを頼んだ。
「お前は一体何人を殺したんだ? なぜ毒を撒く‼」
「さてね。それが私の存在価値なんだろうね。人を毒で殺さずにはいられないんだよ。君だって食事をするだろう? それと同じだよ」
こいつは悪だ。漢字に意思がある、それは理解していた。しかし俺はどこか舐めていた。街での平和な様子を見ていたからだろうか。
「俺はお前を倒す。溶解毒でこの体が溶けきる前にな!」
「やってみるがいい。どうせ通常の毒は君には効かないようだ。溶解毒を全開にして迎え撃とうではないか」
俺はジヒトから受け取った槍を構え『毒』に走る。槍は使ったことがない。しかしジヒトの能力なのか、不思議と使い方がわかった。
「うおおおおおっー」
「またも槍が溶けてしまうよ。溶解毒全開!」
俺がやつに向けて突き出した槍が『毒』に当たる。先ほどのジヒトの刺突はジヒトの槍が溶けてしまったためその威力は発揮できなかった。しかし、
「なに⁉」
俺が今使っている槍はジヒトが己の身を削って創り出した武器なのだ。反動で倒れるほどに。
「貫けぇぇぇ!」
溶解毒の壁を打ち破り、槍が『毒』の心臓部を貫いた。
『毒』は槍が貫いた場所から崩れていき、ついにはその体が消滅した。
「見事だ」
『毒』はそう言い残して消えていった。
「おめでとうございます!あなたは『毒』を所有しました!」
あっけない『毒』の消滅の後、俺の脳にそんな声が聞こえた気がした。仲間に今の声が聞こえたのか確かめようとしたがそれはできなかった。なぜなら俺はその時には倒れ、気を失っていたからである。
ジヒトが主人公ぽくなってしまった
『毒』ですが、実は遠距離から強力な魔法をうてばわりと簡単に倒せたはずなんです。
このパーティーは魔法初心者な主人公以外魔法がろくに使えないという脳筋パーティーだったためこんなに苦戦してしまいました