102話 【処刑三兄妹】
「……そうであったな」
王になると誓った。
ニコチナをも臣下にしてみせると、相応しき王になると決意した。
「だからこそ、余は振り返らん。戦場にて皆を引き連れ最前線で剣を振るう」
あの時はラムズイヤーを支持するのみであった。
自身が決めた道を臣下に走らせるだけだった。
「今度こそ余が開かなければならない。道を決めるのではなく先を歩く。余の歩いた後を道とする。それが王である」
青白い住人を斬り捨て、味方の住人が攻勢に出る。
しかしすぐさま幾本もの縄が空中から出現し、逃げ遅れた住人がその餌食となる。
「っ!?」
ブレゴリオの頭上からも縄が垂れ下がる。
予め、首を狙ってくると予想出来ているからこそ避けるのは容易い。
避け様に、縄に向けて剣を振るう。
その断面を見て、ブレゴリオは手ごたえを感じる。
「縄自体は特別なものでは無いか」
ならばこの縄を出現させている保漢者の能力は、縄を出現させて相手の首にかけることであり、縄そのものに特別な何かを付与しているわけではない。
縄を硬化させていたりしようものなら避けるのみであったが、最悪は縄そのものを斬ることでこの能力を無効化させることも出来そうである。
「畳み掛けようぞ!」
ブレゴリオは『王光』を発動する。
日に三回。その制約はあるが、指揮効果は絶大である。
縄に怯え、屈しかけていた住人達が再び武器を取り前線に飛び出していく。
萎縮しその場に立ち止まるから縄のいい餌食となる。
走れば縄を避ける可能性もある。
だが、そうはいかないのが数と数の闘い……戦争というものだ。
敵側の住人がこちらの住人の前に立ちはだかる。
武器を構えるわけではなく、防御姿勢を取って。
こちらの住人はそれらを倒すべく武器を振るうが、そのためには少しばかり立ち止まらなければならず、その隙に何人かが縄の犠牲となった。
「遠距離からの攻撃が可能。やはり先にそちらを倒さなければならない、か」
すでに姿は捉えている。
後少し。
もうほんの少しだけ歩みを進めれば互いに武器を構えて闘える圏内に入れる。
「無茶無謀――結局何も理解していませんね」
後は敵側の住人が三人だけ。
一撃で一人を斬り倒し、返す剣でもう一人。
そして、その勢いのまま剣を前に突き出して最後の一人も倒す。
「貴様がこの住人らの将だな?」
「妥当正解――それは当たっているけど……そんなことに意味はありません」
敵側の将の一人。
縄を操る保漢者は女性であった。
どことなく幸の薄そうな、全てを諦めたかのような表情をしている。
「質問投擲――【処刑三兄妹】は知っていますか?」
その女性はブレゴリオへと尋ねる。
「……確か、西方の国の処刑人の一族にそのような者達がいたとは聞いていたが」
そもそもで王としての責務も城の中では何一つ果たさず、王子としては各地を飛び回っていたブレゴリオだ。
他国の情報は自分の目で見て、聞いたことしか分からない。
それでも、【処刑三兄妹】という名には聞き覚えがあった。
曰く、処刑の為だけに作られた兄妹達であると。
「委細承知――あなたの知識は把握しました。敵であることも」
だから、殺しますという言葉の代わりに縄が空中から垂れ下がる。
「ぬんっ!」
頭上の縄を剣で斬り落とすと、ブレゴリオは
「お主がその【処刑三兄妹】か何かは知らぬが、敵の将である以上、斬らねばならぬのだ」
女性へと剣を振り下ろした。
王として、そして兵と共に闘うために鍛え上げた一撃。
しかし、その一撃は女性に届くことは無かった。
「これ、は……」
空中に出現した縄。
それらがブレゴリオの四肢にそれぞれ結びつき、動きを止めていた。
「多種多様――私の殺し方は1つではありません。首に縄をかけるのは最も苦しまない殺し方だから。私は兄様達のように苦しませる処刑は好まない。だけど、あなたに絞首刑は通じない……ならば変える。別の処刑法に。残酷な見世物へと」
徐々にだが、ブレゴリオの四肢に繋がれた縄に力が込められる。
それらは、それぞれ四方へとブレゴリオの腕、足を牽引する。
「っ!?」
「自己紹介――そういえばまだ私の名前も言っていませんでしたね。【処刑三兄妹】の妹、ユミリー。漢字は『吊』。そして四つ裂きの刑……それが貴方を殺す処刑の名です」
別名牛裂きの刑。
四肢を牛などの動物と縄で結び、そして四方へと動物を走らせ体を裂く処刑法である。
「余は……ブレゴリオ。漢字は……『王』、である」
「至極納得――なら私と貴方が出会うのは運命というよりも必然ですね。王に従い殺すのは処刑人の仕事ですが……王を処刑するのも処刑人です」
疲れた顔をしていたはずのユミリーはいつしか笑みをその顔に浮かべていた。
【五年前:とある西方の国にて】
「人は人を殺してはいけない。それは太古から私たちの心に刻まれてきたとても大切なことなんだよ」
昔から少女は父親にそう教えられてきた。
だが、その教えに少女は無垢なままに質問をした。
「疑問到来――ならどうしてお父様は人を殺すの? お父様はいけない人なの?」
少女は父親の仕事を知っていた。
父親の言ういけないことである、人を殺すということ。それが少女の父親の生業であった。
「私もね、殺したくはないんだよ。でも、誰かが殺さなければならない。だから私がやるんだ。今は分からなくてもいい。そのうち、私の言葉の意味を考えてくれればそれでいい」
娘は間違いなく良い子に育っている。打てば響くような、教えればどんどん吸収していくような、育て甲斐のある娘である。
育て方を間違えてしまったとしたらどうしてこんな口調になってしまったのか……。親類にそのような話し方をする者はいないし、知人にもいない。どこから学んできたのだろう……。
そんなことを考えながら父親は答える。
「解決延期――とりあえず納得はします。……いつか分かる日が来るのかしら」
少女は分からないままに納得した。
「来るさ。それが自分で見つけるのか、それとも誰かに教えてもらうのか……それによって見つけたものの価値は違う。だが、どのように見つけても、それはきっと君の大切な宝物になるだろうさ」
そう言っていた父親は数年後、この世を去った。
死因は事故とされているが、少女には何となくその死の真実を悟っていた。
「(未定推定――確実とは言えないけど、恐らくこれは兄様たちの仕業……。けど、お父様を殺した証拠はない。……兄様たちは恐らく家業を継がない。継がないためにお父様を殺した)」
尤も、元々少女に家業を継がせる予定でいた父親は少女の兄――父親の息子を見限り、遠ざけていた。父親に見向きもされない息子たち、案外殺された理由は少女の考えているモノとは別であるのかもしれない。
少女が内心自分も殺されるのではないかと怯える中、少女の兄たちは少女を気にも留めずに好き勝手に生きていた。
家業を継がずに裏の世界で生き、そしていつしか組織をつくっていた。
【処刑三兄妹】、といつしか少女を含めた兄妹達は呼ばれていた。
少女自身が名乗ったわけでは無い。
ただ、兄達の殺し方が残酷な処刑法を用いていたこと、そして少女との血のつながりがあった所以である。
少女がそのことを知ったのは兄たちが捕らえられた後、いつしか少女が女性と呼ばれる年頃になった時、そして彼女が死刑を宣告された時であった。
「貴様ら一家は国の管理すべき家業に生きているにも関わらず犯罪者と成り果てた。よって、一族郎党処刑とする」
彼女にとっては何ら身に覚えのない判決であった。
しかし、家業――死刑執行人として生きる家にとって、犯罪者――それも死刑囚を出すことなど前代未聞であった。
抵抗虚しく兄共々捕らえられた彼女は、父親の待つ世界に強制的に旅立たされてしまった……となるはずであった。
【5年後:『冥』の戦場にて】
「好機到来――このままどこかで兄様たちが死に、私が生き返ることが出来れば……それで全て解決します」
世の中そこまで甘くないが、そもそもこの状況すら甘いものではないが、それでも少女は希望を捨てない。
処刑人となり数々の死刑囚を殺してきた漢字を使い、一人の女性は――ヴェルツル曰く処刑三兄妹が1人ユミリーは戦場を駆け巡っていた。
兄たちに巻き込まれて死んだはずのユミリーはこの世界へと連れ去られ、そして何の因果か兄たちと同じチームで闘っていた。
今はまだ王と自称するヴェルツルという男と、それに付き従う軍師に従っている。
ヴェルツルはこの膨大な数の青白い人間を用意してのけたし、軍師はその膨大な数の人間を1つの生き物のように操ってみせている。
どちらも有用な人物なのだろう。だから兄たちも今は従っている。この2人の力なくしては2回戦を勝ち残れないから。
しかしいつ、あの2人の兄が反旗を翻すか分からない。
あの兄たちは誰か特定の人物に従うような人間ではない。いつか必ず、ヴェルツルと軍師を、そして邪魔だと判断されたならユミリーさえも殺すだろう。
彼女に兄を殺す力はない。だが、この戦場でなら……敵の能力ならば誰かしら兄たちを上回っているのではないかとユミリーは期待する。
その兄たちを上回った相手を誰が相手するのかなど考えない。歪んだままの思考を持ち続け、ユミリーは漢字を、『吊』を使う。
「座標確定――須らく殺します」
宙に幾本もの縄が垂れる。そして青白い人間の首に縄がかかると、一気に吊り上げられ、青白い人間は絶命する。これを幾度も繰り替えし、ユミリーの殺した人数は20をとうに超えていた。
「次弾充填――次、行きます!」
軍師が住人を操り敵住人を足止めし、ユミリーや他の兄弟達が止めを刺す。
そうした作戦であったはずだが、やはり敵にも保漢者はいる。
まず1人を殺した。
容易い。まるで殺されることが運命として決まり切っていたかのように抵抗が無かった。
結果として敵住人の戦力の増加が起きてしまったが、それでも敵チームの一人を殺したことはユミリーにとって満足のいく結果であった。
そして次に狙いを定めたのが別の男。
軍師の能力である住人の操作とは別に、その男はどうも住人の士気を向上させることで辛うじて戦況を保っているようである。
更には自身を媒体として配下を呼び出している。
この男を殺すことが出来ればこの戦争は勝ったも同然だろう。
一度、軍師の下へ戻り指示を仰ごうかとも思ったが、あろうことかその男がこちらへと向かってきている。
ならば殺すしかあるまい。
処刑の一途を辿ってもらう他あるまい。
「千載一遇――この闘いは勝利に繋がります」