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生態漢字  ~漢字に抗う異世界のやつら~  作者: そらからり
6章 The Next World at the End
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100話 雨降る夜に 4

お久しぶりに書きました

「それで? ブレゴリオの王子様は『雨』を攻略する算段は建てられたので?」


 現在の天気は雨。

 ブレゴリオとその臣下ラムズイヤー、そして暗殺者ニコチナを逃がさんとばかりに振り続ける雨は否応なしに周囲の気温を下げ、3人の体温までをも奪っていく。


「いや……」


 ブレゴリオはまだこの状況を打破できるだけの考えが浮かんでいなかった。

 『雨』の情報は少ない。

 天気型の漢字は、そもそもで天気であるため漢字かただの気候かの区別が付きにくく、こうして『雨』自体が意志を持って特定の人物を狙わない限りはそこに漢字がいることなど気づけないのである。


「ニコチナ! 王は思慮深い方であり、浅慮で突発的な行動はしないお方なのだ! 故に……まだお考えの最中なのである」


 そうニコチナに忠言するラムズイヤーであったが、よくよく思い返してみればこの城からの脱出も突発的なものであり、だからこそこうして狙われる結果となっていた。

 それでもスドゥーンの計略から脱出出来ているためさすがは王だと、ラムズイヤーは改めて自らの王に尊敬の念を向ける。


「へいへい……だけどよ、王子さまもそうだがラムズイヤーちゃんも辛くはねえのか? 何だかますます気温が下がって来ているからよ、こうして俺は心配してあげているんだぜ?」


 『雨』はその名の通り雨であるため、雪や雹を降らせる程には気温が下がらない。

 だが、その際までは気温を下げてくることは容易に予想出来る。


 ブレゴリオは筋肉を震わせて何とか耐え凌いでいるが、ラムズイヤーはその身を手で擦り摩擦熱を発生させている。


「う、うるさい! 私は貴様のような暗殺者と違い、鍛えている。これしきの寒さなど、寒さなど……そういえば貴様は何ゆえそう平気そうな顔をしているのだ?」


 肉体的な鍛え方はラムズイヤーが上だろう。

 ニコチナは暗殺者であるから、ある程度は鍛えているとしても、それ以外の暗殺に系統する技術にも手を出している。寒さへの耐性がそれに当てはまるのかどうか、ラムズイヤーには分からなかったが、ニコチナが全くこの寒気を感じていない様子であることに疑問を抱く。


「ん? そりゃ俺が暗殺者だから……な訳じゃねえよ。俺が煙だからだ」


「煙……? それは貴様の漢字のことか」


「ああ、そうだ。『飼煙』、それが俺の能力だ。これまでに俺が吸って吐いた煙は全て俺のもの。自在に操ることが出来る。それは知っているな?」


「……ああ、身を以て知った」


 先ほどの攻防とも言えない戦闘をラムズイヤーは思い出す。

 文字通り手も足も出せず、ラムズイヤーの寿命は三分の一となった。

 代償だけを払って何も得ず。

 ニコチナという信用に値しない男が辛うじて味方にはなったが何時裏切るとも分からない。


「俺の煙は戦闘向きじゃねえ。搦め手に向いている。固めたり圧縮したり飛ばしたり……纏わせたりな」


 ニコチナが一度息を吐く。

 その息は煙臭く、ラムズイヤーは顔をしかめる。


 だが、次の瞬間、その煙がブレゴリオの周囲を漂ってからは体を震わせた。


「貴様!」


 ラムズイヤーにそうしたように、ニコチナの煙は捕縛を得意としている。

 抜け出せない煙。

 スドゥーンから命じられたブレゴリオの連行をこなすには十分すぎる能力である。


「まあ落ち着けって」


 ラムズイヤーの激情を聞いてもニコチナは涼しい顔をする。

 落ちる気温とは対照的に、自らの体温を保ち続ける。


「ほら、王子さま? 今のアンタの状態を言ってみ」


「……安心しろラムズイヤー。俺の動きは制限されていない。これは……温かい」


「温かい……そうか、煙による保温か」


 煙による周囲の空気との断層。

 温度すらも煙の中に閉じ込めるため、包まれた内部の温度は変化しない。


 ラムズイヤーはブレゴリオの言葉を聞き、ニコチナに向けて期待の眼差しを向ける。


「そうか、貴様もようやく王のお体を労われるようになったか」


「ああ、まあな。これから闘いを共にする大事な仲間だ」


「……」


「……」


 ラムズイヤーの期待の目はやがて失われ、失望あるいは萎れたソレに近くなっていく。

 先ほどの激怒から自分からは言い出せず、ニコチナからやってもらうことを待っていた。


「……はいよ。ったく素直に言えよラムズイヤーちゃん」


 はいはい、とニコチナは再び息を吐く。

 その息は寒さに負け体を震わせていたラムズイヤーを包み込み、内部の温度を一定にさせる。


「……はあ、温かい」


 ラムズイヤーも一息付く。

 付いてから、


「ふん! 貴様の能力もまあまあ便利なものだな」


 と、ニコチナに対して少し強く出る。


「そのままこの『雨』すらも攻略は出来ないのか?」


 ニコチナの煙による捕縛同様、『雨』の気温低下に嫌気がさしていたラムズイヤーは早々にこの『雨』との決着を付けたくなってきていた。


 直接的な攻撃はしてこない。

 だからこそ、長期的な嫌がらせが起きている。

 城に在中する兵士きっての武闘派を自称するラムズイヤーにとってこのような闘いは望んではいない。


「相性が悪いからなぁ……というか、そもそもで『雨』の目的は何だ? 俺達を殺すことなのか?」


「私達を執拗に追って来ていたのだ。間違いなくそうであろうな」


 城からの脱出。

 それから現在まで雨は降り続いている。


「殺す……殺す、ねぇ。『雨』に人が殺せるか」


「ふむ、それは考えてもいなかったが……徐々に体力を奪うなどして殺すのだろうな。雨粒が当たっても人は死なぬが、雨粒が当たり続ければ先ほどの私達のように体温が奪われ死に至る。これは私達と『雨』との長期戦になりそうか……」


 そう言ってラムズイヤーは内心ため息をつく。

 武器と武器のぶつかる短期戦。

 ラムズイヤーの最も好きな戦闘だ。


「長期戦っつうか……ほぼ俺の仕事じゃねえか。っていうか、俺が問いたいのは殺し方じゃねえよ。『雨』が人を殺したことがあるかどうか、これから先に殺すかどうかだよ。『雨』の意思がお前達を追っていたんだとしても、それがイコールで殺すとは限らないだろ」


 ならば別に追っていた理由があるというのか。

 それこそ意味が分からない、とラムズイヤーはニコチナの考えを放棄する。


「まあ倒せば済む話だ。倒すのに関係の無い話だ。方法はともかく意志はな」


「そうでもないぞラムズイヤーよ」


 しかしラムズイヤーの考えを否定したのは沈黙していたブレゴリオであった。


「ブ、ブレゴリオ様!?」


「余を殺すかどうか。ただ閉じ込めているのであればこの状況は一変する。見ろ、先ほどから雨は降りしきるばかりだ。余らをこの木から出したくないとばかりにな」


「だから、それは体力を奪うためだと……」


「それも今となっては意味が無いのだぞ? ニコチナによって体温低下の雨は機能しなくなった。殺すつもりなら他に手を変えてくるだろう。長期戦よりもよほど違う手があるはず。たとえば木の根を掘り起こすほどに地面を泥濘させるなどな」


 ニコチナが『煙』の能力を使えているのは木の下にいることで、雨に煙が当たっていないからである。

 木そのものをどうにかしてしまえば、ニコチナの能力は発動しなくなりその瞬間からまた体温は低下していく。


「分かるか? 『雨』に余らを殺すつもりはない」


「ならばなぜ私達をここに?」


 ブレゴリオがいる。

 ラムズイヤーがいる。

 ニコチナがいる。

 

 敵と味方がこの場にはおり、そして手を組んでいる。


「昔から、『恵みの雨』っていうだろうラムズイヤーちゃん?」


 ブレゴリオの言葉により何かを察したのかニコチナが口を開く。


「ラムズイヤーちゃんは雨と言えば何をイメージする?」


「それは、鬱陶しいだな!」


 衣服を濡らし体を重くする雨は闘いに邪魔な存在である。

 だからこそ、ラムズイヤーは即答した。


「くくっ……そうかいそうかい。だがな、雨は農作物を育てるし、山の栄養になる。涙を連想させる負のイメージもあるが、まあ違うだろうな。全てを洗い流す、なんていうのもあるよな、王子様?」


「ああ。洗い流す……余らとニコチナの関係を洗い流す雨、だ。先ほどまで一触即発であった余らをこうして共闘させるには十分すぎる強敵の漢字。『雨』はうってつけだ」


「……? 私達を仲直りさせたいのですか?」


「仲直り、ねえ。随分と可愛らしいことを言うものだラムズイヤーちゃんは。敵の敵は味方。その程度の認識に思われていると俺は思っていたぜ?」


「ぐっ……」


 ニコチナのからかいの言葉にラムズイヤーは無言で銛を構えるも、ブレゴリオの視線を受けて下げる。


「雨が降り続ける限りは余らは争わない。鎮静のための雨、か」


 ブレゴリオは周囲を見渡す。

 体温低下の雨が降り続けているため、雨は地面を濡らし続ける。

 

「何を見落としている……? この漢字の攻略法は何なのだ……」


 視界が悪いため、本当に大事なことを文字通り見落としている可能性もある。

 だが、ブレゴリオは思考を諦めない。


「しかし、さすがに漢字といえど限界は無いのでしょうか。振り続けるだけ、それだけでもこの雨量ですよ? 世界中の水分という水分を集めたのでしょうか」


「大気中の水分を集めた……っていうのも有り得なくは無さそうだが、これだけ振っていりゃ違うか。……いや、別に三日三晩雨が降り続いたこともあるから疑問を挟むことでも無いんだよラムズイヤーちゃん。このくらいなら大したことじゃねえ」


「……そうか!」


 ブレゴリオの中で一つの仮説が浮かんだ。

 ラムズイヤーの言う水分の限界……が決め手になったわけではない。

 

 この雨がどこから来ているのか、それだけでは辿り着けなかった。


 ニコチナを見て、『煙』の能力と『雨』の相性、この木を雨が倒さない理由。

 そして、いくら地面の状態。

 『雨』が本気で木を倒す程にまで雨を降らせないのはともかくとして、地面があまりにも泥濘していなさ過ぎた。


「雨が大気中の水分を集めた、か……。そうだ、雨は蒸発した水分が雲となり、そして雨が降る。雨は循環する」


 雨は振るだけでは無かった。

 地面から還元されるように、逆再生のごとく逆流していた。


「『雨』に余らを殺す気はない。諍いを止めさせようと……共闘させようとしている。だからこそ、余らは『雨』を攻略させてもらおう」


たぶん次話で『雨』偏も終わるはず


100話だぜヒャッハー

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