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生態漢字  ~漢字に抗う異世界のやつら~  作者: そらからり
6章 The Next World at the End
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98話 雨降る夜に 2

エタらないように……エタらないように……

「王よ、早くこちらへ!」


「俺はまだ王では……」


 2人の男女が走っていた。それは大柄な男と小柄な女。

 女が先導し男が後を付いて行くが、雨は徐々に激しくなっており、その足取りは重い。


 服が水分を吸うことでまるで体重が倍になったような感覚の中歩く。


 体力の差であろうか。最初は女の先導の下歩いていたが、男がやがて女に追い付き女を引っ張り上げる形で歩いて行くことになる。


「申し訳ない王よ……私はまだ修行不足の身だ……」


「ラムズイヤー、お前が修行不足であるなら俺とて未熟な王だ……いや、まだ王とも呼べないだろう」


「何を仰いますか。先代王が亡くなられた今、次の王はあなた様しかいない」


 大柄な男――ブレゴリオは共に歩く女――ラムズイヤーの言葉を聞きながら表情を暗くする。


「なあ、前みたいにもっと気軽に話しかけてくれてもいいのだぞ? 俺とお前は幼いころから共に育った仲じゃないか」


「いいえ。それでは他の臣下に対して示しがつきません。私はあなたの一臣下としてお仕えするのみです」


「ううむ……」


 こうしてブレゴリオがラムズイヤーの手を引っ張っている時点で礼も何も無いとは思うが、ブレゴリオは黙る。


「それよりも、です。追手は撒けたのでしょうか……」


 ラムズイヤーが後方を振り向き、ブレゴリオもつられて振り向くが、そこには雨粒が地面を弾くのみで、人影は見当たらない。


「良かった……誰も来ていないみたいですね。この雨のおかげでしょうか」


「随分長いこと振っているが、俺達にとっては恵の雨だったのかもしれないな」


 こうして臭いや音を消せるのであれば、少しばかり体力は削られるが雨が降っていたことは吉であったかもしれない。


 2人はそう思い、再び歩き出そうと前を向くが、


「いいえ。恵みの雨であったのは我らです。ブレゴリオ様、どうぞお戻りに」


 およそ3人の兵士然とした男がいた。うち2人が重厚な鎧を着ておりその表情は兜の奥にあり見えない。だが、1人は長いマフラーが特徴的な男であり葉煙草を口に咥えていた。

 その男にはブレゴリオもラムズイヤーも見え覚えがあった。


「『始まりの煙火』ニコチナ……」


「俺を呼んだかい? 呼んだなら俺はそこにいる。どんなやつでもそこにいるのなら俺は辿り着く。火のない所に煙は立たぬ。火を熾せば俺はその煙になろう。それが『始まりの煙火』ことニコチナだ」


「知っている……そんな口上をせずとも私も王も貴様を知っている……。くそ、王家を守るための臣下だろう貴様らは! どのような理由があってブレゴリオ王の元へと来たのだ」


 ラムズイヤーの言葉を聞きニコチナは笑う。


「くっくっくっ……俺は知らねえよ。ただスドゥーンの爺さんに連れて来いと言われただけだ。アンタらを国に連れ戻したら何らかの諍いが起きるかもしれねえが煙にとって争いの種火は願ってもねえ」


「さあ、大人しく我々に付いてきて頂きたい」


「そうすれば我らも手出しはしない」


 ニコチナの連れて来た兵士2人が槍を構える。


「ニコチナよ、この2人は? 城の者ではないな。私には見覚えがない」


「そりゃあ、ラムズイヤーちゃんは王様のお世話で忙しいから知らねえだろうよ。こいつらは俺が直々に育てた暗殺者よ。武器は一通り扱えるようにしてある。逆らうとアンタらだってどうなるか分からねえぜ?」


 暗殺者。その言葉を聞いてラムズイヤーの顔が険しくなる。

 暗殺者であるならば死体の扱いに精通しているだろう。

 ニコチナはいざとなればブレゴリオとラムズイヤーを事故死として扱うこともできると言外に言っている。


「……王よ。ブレゴリオ王よ。ここは私が……私達が食い止めますのでどうかお逃げ下さい」


 ラムズイヤーが背負っていた荷物を降ろす。

 そしてどこからともなく武器を取り出す。


「『銛人』」


 その武器は1本の長い槍のようであった。

 しかし、形状こそ槍に似ているが先端のみ返しが付いており何物をも逃がさない、そうした意思が見られるような武器であった。

 それよりも特筆すべきをその武器を扱う人数。

 『銛』。その漢字を所有する者はラムズイヤーである。しかしながら『銛人』という能力、それを使った途端にラムズイヤーは増えた。


「知ってるぜ……知っているぜラムズイヤーちゃん。『銛』の能力である『銛人』。それは敵と認めた人数にだけ自分を増やすことが出来るという能力。武器系統の漢字でありながら武器の熟練度以外にも能力があるなんてずるい子だなぁ」


 ずるい能力なら貴様もだろう。そう喉まで出かかった言葉をラムズイヤーは飲み込んだ。

 ずるい能力とは闘いの場では勝てる能力であり、相手にその言葉を使うのであればそれは自身の敗北を認めたと同義になる。尤も、ニコチナの能力に対してずるいとは羨ましいではなく狡猾な、という意味になるだろう。


「ラムズイヤー……その能力は」


「いいのです王よ。私はあなた様を生かすためであればこの身など惜しくない。私達はあれらをここで食い止めます。なのであなたは私と共に」


 敵と呼べる相手の数は3人。能力に応じて増えたラムズイヤーはそのため合計3人である。

 そのうち2人を残して1人のラムズイヤーはブレゴリオと共にニコチナとは反対の方へと走る。


「いいのかい、ラムズイヤーちゃん?」


「何がだニコチナ。私は自分のやるべきことをやっているのみ。貴様に何かを問われる謂れはない」


 その場に残った2人のラムズイヤーとニコチナの部下2人はそれぞれ獲物を構える。

 ラムズイヤーと兵士の技量はほぼ互角であろう。

 漢字の能力によって人数こそ増やしたが実力自体は銛の扱いに長けた程度のラムズイヤーと様々武器の扱いを鍛え上げられたニコチナの部下――ニコチナの言う通りであればだが。

 ここまでくれば能力ではなく純粋な実力のぶつけ合いであった。


「その能力、ぶっちゃけ代償がヤバすぎるだろ。実力をそのままに人数を増やす能力と言えば聞こえはいいが、実際には寿命だけは等分される能力。まあ1つ目の能力にしては強力な反動なのかね」


「うるさい黙れ。今、そんなものは私には関係ない」


 ニコチナの指摘は正しい。

 ラムズイヤーの寿命は今、3等分されているため20年あるかどうかだろう。

 それこそ戦いの場に置いて1秒先に待ち構えているかもしれない状況では20年など何の問題にもならない。


「いやいや、分かってるか? ラムズイヤーちゃんの1人でも死ねば寿命が一気に20年も無くなっちゃうんだぜ? 俺としてもそんなのは避けたいものだぜ。さっさと能力を解除して追いかけさせてくれた方がお互いのためじゃないかい?」


「……」


 ラムズイヤーはもはや何も言わない。

 ただ黙って銛を2人の兵士に向ける。

 この2人を無力化した後にニコチナを仕留める。

 ニコチナは強敵であることに間違いない。2人のラムズイヤーでも倒せるかどうか分からない。だが、それでも今ブレゴリオと共に逃げるラムズイヤーが1人でもいるのなら、それでいいのだ。


「……そうかい。俺としても小さい頃から知ってるラムズイヤーちゃんを殺したくは無かったんだがな……」


 ニコチナは口に咥えていた葉煙草を離すと息を吐く。口からは息とともに煙も吐かれるが、それは雨と共にすぐさま消えていく。


 それを見てラムズイヤーは好機だと悟る。

 ニコチナの能力は知っている。

 所有する漢字は『煙』。要は煙使いだ。攻撃性にこそ欠けるが、多彩な技を持つ技巧派。しかしながらこの雨ではその能力も十分に発揮できないと見える。普段であればニコチナの吐く煙はニコチナの周囲を漂いまるで鎧のようにニコチナを守っているのだから。


「……やれ」


 ニコチナの短い命令とともに2人の兵士が槍をラムズイヤーへと振り下ろした。

 それをラムズイヤーは避けながら銛を兵士に突き立てるがこちらも掠るのみ。


「……?」


 ラムズイヤーは違和感を覚えた。

 とてもではないが熟練した動きではない。

 どことなく無理やり操られているような動きのような……何時だったか見たことのあるような動き方をする。

 そう、あれはニコチナが暗殺の常套手段と言いながら戦場で敵の将を殺した時と同じ動き……


「そうか、しまっ!?」


 その時、兵士が2人とも槍を捨てラムズイヤーに抱きつくように両手を広げて突進する。

 反射的に銛を向けるが、兵士は構わず進む。漢字によって生み出された銛は鎧を難なく貫くが兵士の動きに変わりはなく、両の手でラムズイヤーを掴む。


「逃げださない……と、」


 兵士の甲冑から煙が滲みだす。それは雨に打たれれば消えるが、それ以外はラムズイヤーの衣服の下に潜り込みラムズイヤーを縛り上げる。


「俺は戦士じゃねえからよ、相手を騙すってのは得意だし大好きなんだぜ?」


 甲冑の下には誰もいなかった。ただ煙のみが充満していた。


「煙で鎧を動かしていたのか……。煙を口から吐いてみせることでわざと能力が今は使えないと演出して……」


「ああ。何せ俺は正面から闘えばラムズイヤーちゃんにすぐさま倒されちゃうようなくそザコだからよ。こうして小細工させてもらったんだぜ」


 初めからニコチナの鍛え上げた部下などいなかったのだ。

 兵士が言葉を発していたのも煙で空気を震わせることで話していたように思わせていたのだろう。

 動きが鈍かったのは中身が生身の人間ではなく煙であったから。


「くそっ……。……申し訳ございません我が王、ブレゴリオ様」


 雨は敗者にも勝者にも無情に振り続ける。

 しかしながらこの雨を冷たいと思うのはラムズイヤーのみであった。


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