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生態漢字  ~漢字に抗う異世界のやつら~  作者: そらからり
6章 The Next World at the End
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94話 本当に叶えたかったこと

やっと実習終わった!

これでしばらく書ける!

「やってられねえな…」


 【戦争】における必須事項である仲間集め。その一日目。

 家を飛び出し、少し窪んだ道を歩き、道端に転がる小石を蹴りながらティミドはそう呟いた。


 自分の意志で死を選んだはずが、今では生き返ろうとする闘いに巻き込まれてしまっている。

ティミド自身はこのまま死んで良いのだ。この世界の住人になるのは嫌ではあるが、あの世界に戻るのも同じくらい望んでいない。

 どっち塞がりの中、仕方なしにティミドは行動する。


 一回戦では負けても良いと思っていた。

 住人になるのも生き返るのもどちらも嫌でどちらに転んでも良かった。

 だから、このまま勝ち進むなんて面倒なことをせずに住人になろうとしていた。


 しかしこれは団体戦。一人が負けても誰かが勝てばカバーできる。もっとも、ティミドも勝利に貢献したのでカバーも何もないが。


 負けようと思っていたのに勝ってしまい、恐らく一番チームで勝つ気のないティミドを仲間たちは褒め称えた。

 褒められるのは慣れていた。


 この世界に来る前、死ぬ前の出来事を思い出す。

 以前に住んでいた街の住人を。





「ティミドのおかげで大金が手に入ったよ」


「ティミドがいるから楽に仕事が終わるな」


「ティミドが友人だから恋人ができたよ」


 そういった下心からなる称賛は慣れていた。うんざりするほどに。

 次第に、誰が何を求めているのかが分かるようになった。

 それが『叶』によって叶ってしまうことをティミドはどこかで嫌悪していた。しかし、街中の人間がティミドの傍にいれば願いが叶うことを知っていたため、人々から遠ざかろうとしたティミドに対しどんどん近づいていった。

 

 やがて街での生活を諦め、人から逃れるために山の中で暮らすようになった。

 人のいない場所は良かった。無作為に発動する能力も人がいなければ発動はせず、何も願わないティミドは穏やかに暮らせていた。鹿や栗鼠、兎といった動物達との暮らしにどこか心を癒されていたのであった。


 しかし、それでも人は金のためなら、愛のためなら、自分の幸せのためなら何だってする。

 街から消えたティミドを追って、大挙して押し寄せた人々は山を壊し、木々を荒らし、動物達を殺し、ティミドを探し始めた。


 自分が生きている限りは、『叶』が発動する限りはきっと自分に幸せは訪れないし、自分の大切な存在は不幸になる。

 そう思いこの世に区切りをつけたティミドは追われている途中で見つけた太い枝に縄をくくり、首を吊ったのであった。


 首を吊る瞬間に目を閉じていたティミドは知らない。

 縄が首に掛けられ、頸椎に体重が乗った瞬間にティミドを追っていた者の1人がティミドの自殺を見つけていたことを。

 そして、ティミドが死なぬように願ってしまっていたことを。

 

 『叶』は能力を発動する。ティミドに死なないでほしいという願いを。己のためだけに祈る身勝手な欲望を。

 しかし『叶』がティミドを「偶然縄が切れたおかげで命が助かった」という助け方をしようとした瞬間、ティミドは『冥』に囚われた。

 ティミドが選ばれた理由は分からない。しかし、生き返るための手段としてこれはこれで有りだと思った『叶』はその後もティミドが勝ち残るよう周囲の願いを叶え続けた。


 仲間達がティミドに勝ってくれと無意識に祈った願いを叶え、ティミドは一回戦を勝ち残った。知らないはずの相手の漢字を『叶』はその力でティミドの口を動かし勝利へと導く。  

 仲間達の勝利すらも『叶』はいくらか関わる。

 今後の成長を見越した相手、相性の良い敵を対戦相手に設定されるよう仕組む。

 一回戦どころか二回戦、三回戦、生き返った後のティミドの助けとなるよう『叶』は力を使い続ける。


 どうしてそこまでしてティミドを助けるのか。それは『叶』がただの漢字ではないからである。持ち主の意に反して力を使うのはティミドを喜ばせたいからだけではない。一つの目的のためであった。





 『叶』の目的を知らず、ここまで勝ち続けたのを『叶』が勝手に周りの願いを叶えてしまっているから“だけ”だと思い込んでしまいながら、ティミドはこれからのことで悩む。

 

「(あいつらは間違いなく良い奴らだ。あいつらなら、生き返るに相応しい。だが、それで俺はどうなる……?)」


 あいつら――レンガ、ブレゴリオ、カナリア、ガーベラを思い浮かべる。

 あの4人は善人か悪人で言うなら善人であろう。決して身勝手な欲望を抱かない。恐らく仲間の為に何かを願える人間であろう。一日二日共に過ごしただけでもティミドには、いくつもの欲望を見せつけられてきたティミドには分かる。


 だからこそ、ティミドは悩んでいた。

 

「(だが、あいつらが生き返るのなら……俺も一緒に生き返るということになる。そしたらあの日常に戻るということに……)」


 ティミドが生き返るということは、ティミドは知らないが、ティミドが生きていることを願った者がそばにいる状態で生き返るということになる。そうなれば『叶』はまた周囲の人間の無際限で無限回で欲望の限りのない願いを叶え続ける。ティミドは願いを叶えるためだけの道具として扱われる。


「(だから俺はどうすればいいのかが分からない……)」


 仲間が生き返るのは良い。しかし自分は生き返りたくない。

 なぜあのまま死ねなかったのか。


 そんな悩みを抱えながら、ティミドは小石を蹴っていた。

 蹴られた小石は転がる。坂道を転々と。

 小石は一回り大きな小石にぶつかると止まる。そして一回り大きな小石が転がり出す。

 一回り大きな小石は更に一回り大きな小石にぶつかり、転がる。

 さらに大きな小石に、石に、岩に、どんどんぶつかり転がる。

 やがて道を塞いでいた人間大の巨石にその半分ほどの大岩がぶつかると、大岩と巨石はその勢いで砕け散った。

 坂道の勢いとはいえ、その様を呆然と見ていたティミドは警戒する。


「(……これは異常だ。何らかの原因がある。そして、その原因は……『叶』!?)


 蹴り出した小石が巡り巡って巨石を砕いたのだ。

 どの石も方向と勢いが正しくなければこの結果は生み出されなかった。

 その確率は如何ほどのものだろう。決して人為的に起こせない。

 人為的でないなら……能力によるものだ。能力――『叶』の能力によって。


 ドン、と音がした。

 何かが破裂するような音。

 巨石が砕け散った時のような音とは比べ物にならないほどの大きな破裂音が。


 そして、水が、ティミドのいる道に押し寄せた。坂道であったはずの、上り坂をまるで鯉の滝登りのように水が押し寄せた。


「(この道は……ただの道ではなく水路……川か? 水が突然押し寄せて来たのは……あの巨石か!?)


 巨石の向こう側で止められていたのか、それとも下から湧き出て来たのか。

 理屈は分からない。今思えばよくあの大きさの巨石で止められていたなと思えるほどの圧倒的水量が押し寄せ、ティミドはかろうじて川であった道から避ける。


「(しかし、これで何が起きるんだ? 川が復活した……が、これで困っているようなやつがいるのだろうか)」


 むしろ、こうして今では元の川に戻ってしまっているほどの水が押し寄せたことで道を歩く者に被害が及んでいそうである。

 ティミドは前方、そして後方を見る……と、後方で多くの人間が……いや、青白い肌をした者達が川の傍にいるのを発見した。


「(何をしているんだ?)」


 見れば、桶のようなものを持って青白い肌をした者達は川から水を汲んでいるようだ。

 ああ、水が欲しかったのか、とティミドは納得する。

 

 これまで巨石で塞がれていた水を得たことで狂喜乱舞している者達は、そうしている間に冷静になったのだろう。何人かがティミドの方を指さしていた。


「(見つかったか……いや、あいつらに害を加えられることはないんだったか)」


 逃げる理由もなくどうしようかと悩む間にティミドの元に青白い住人の何人かがやってきて、頭を下げる。土下座する勢いで彼らは一心不乱に頭を下げる。


「(俺が蹴った小石があの巨石を砕くとこまで見ていたのか? しかし、これどうするか……)」


 別にお礼を求めてやったことではない。何なら巨石を砕こうとすら思っていなかった。

 ティミドがやったことは無意識のうちに今の気持ちを小石にぶつけただけであった。


 さて、どうしようかと悩むうちにティミドは思いつく。


「ああ、なら1つ俺の頼みを聞いてくれ――」





 木の枝を投げればそれが木の高いところに生っていた果実をまとめて地面へと落とし。

 草をむしればそれは万病に効く薬草であり。

 土を掘れば地面からは数々の根菜類が掘り起こされ。

 

 ティミドが何かをする度にそれは青白い肌の者達の助けとなる。

 そしてティミドはその代わりに、1つ頼みをする。


 どうか、戦争に参加してほしい、と。


 青白い肌の者達の多くは快諾する。

 助けられた者だけではなく、それが伝染して村中が集まり、村単位でいくつもの味方を付ければ、争っていた村同士の停戦協定となり、さらに青白い肌の者達はティミドへと感謝する。

 それを繰り返すうちに、いつしかティミドでは把握できないほどの数が集まっていた。


「(最初の小石と同じだな。段々と大きくなり、最後には巨石を砕く。巨石……相手チームがどれだけ多かろうとこの数で当たればきっと砕くことはできるだろう)」


 そしてティミドは気づいた。


「(『叶』はてっきり青白い肌の者達の願いを叶えているのだと思っていた。だが、これは俺の願いか? あいつらを助けたいという俺の心の底で願ってしまった無意識の願いを『叶』は掬い取ったのか)」


 ならば、とティミドは決心する。

 この戦い。二回戦だけでなく、三回戦……生き返った後も……。





 【戦争】が開始され、遅れながらもその後も増やし続けた味方を引き連れテ現れたィミドは叫ぶ。


「俺は自分の願いを叶える! 仲間を、大事な人を助けたいをいう願いを!」


 図らずもそれがティミドにとって最初に、意識的に『叶』に願った祈りであった。

 そして――最後の願いでもあった。


 この時、『叶』は新たな能力を発動する。

 保漢者が意識的に、希望的に願った瞬間にのみ発動する能力を。


――無為叶死――

保漢者が意識的に願った瞬間に発動する。保漢者のエネルギーを全て奪い去り、これまで叶えてきたエネルギーの補填、そして次の保漢者に使われる。


 それはもはやティミドの言っていた通りの呪いであった。

 周りの者の願いを叶え続ける。しかし、そこには何かしらの代償が必要だ。

 『叶』はその場では何も求めない。代償なしに叶える。

 だから、周囲は、そして保漢者は勘違いをする。


 無際限に叶えてしまう。

 周囲は哂った――自分たちにとって都合が良いと。

 ティミドはそれを恐れた――それは人間を駄目にしてしまうと。


 しかし、代償は存在する。

 おおよそ、考えられなく程の最悪な形で。


 人間は感情を持つ生き物である。

 楽しみ、哀しみ、怒り、そして喜ぶ。

 負の感情と正の感情が入り混じった人間は、感情をエネルギーと変えて願いを叶える『叶』にとって実に最高の餌であった。

 

 負の感情から立ち直り、正の感情になった時、その時こそが人間の感情のエネルギーは最大限に多くなる。

 それを『叶』は頂いていく……生命エネルギーや絆、その他諸々と共に。


「焦点良好――死ぬが良い敵チームの将よ。『吊首』」


 『叶』の新たな能力である『無為叶死』が発動する、と同時に戦場ではもう一つの能力が発動していた。

 『叶』は生命エネルギーすらも頂いていく。しかし、『叶』が直接ティミドを殺すわけではない。その場にいる誰かに……敵に殺させる。


 敵チームの1人がティミドの傍にいることをティミドは知らなかった。いや、『叶』が周囲の青白い肌の者達を騒々しくさせることで気づかせなかった。


 だから、容易にティミドに接近できた敵の1人は能力を発動した。

 

 宙に下がった縄。その縄がティミドの首にかかる。

 気づいた時には遅い。すでに能力は発動し、条件は達成しているのだから。


「死亡確定――お前はこれで終わりだ。……厄介な人数を連れてきたお前は早々に死ぬが良い」


 勢いよく吊り上げられた縄はティミドの命を奪う。

 それは奇しくもあの時と同じ……ティミドがかつて死のうと思っていた首吊りであった。しかしあの時と違うのは……ティミドは最後の最後まで死にたくないと思っていたことだ。祈って、願っていたことだ。

 しかし『叶』はその願いを叶えない。

 負の感情から正の感情にまで動き、さらに負の感情にまで動いたティミドの感情のエネルギーはティミドの周囲の人間達の願いを叶えて使ったエネルギーを補って有り余るほどであった。


 ティミドにとって辛うじて幸せだったと思えるならば、それは『叶』は『冥』が行おうとしていたこの世界への住人入りを拒否し、ティミドの魂は無事に輪廻転生の輪へと入れたことだろうか。

 単に『冥』が鬱陶しかったのか、それとも住人になることで得られないエネルギーがあったのか、それとも褒美のつもりなのか。

 変わらない結果として残るのはティミドが死んだ。それだけである。


 かくして戦場は再び劣勢へと追い込まれる。

 まだ始まったばかり。しかし、1人は欠けた。永遠に。もう戻ってはこない。

 レンガチーム残り4人に対し敵は5人。

 青白い肌の者達の数はやや相手の方が多い。

 直接闘える者ではなかったとはいえ、ティミドはチームの1人。これでレンガ以外の3人が死ねばレンガチームの敗北となる。


 未知の敵も既存の敵もいるこの戦場。

 入り混じる混乱の中でレンガはただ静かに怒りで手の中にあった双眼鏡を握り砕いていた。


まあこの話に最初からするつもりだったので、これでようやく書くべき話の1つが終わったって感じですね

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