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diceをふるのは公爵令嬢でも国王陛下でもなく  作者: 秋月篠乃
第1章 赫いダイスをふる人
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第7話 予定通り舞台の幕は上がる

重々しい室内の中で、人々が慌ただしく行き来をする。

いつもは国王が宰相と一緒に貴族達との質疑応答として使われている睡蓮の間は、国王と王妃をはじめ、ヴォールやフェアシュタが集まり、上がってくる報告に顔を険しくさせていた。

レクスィが辺境の港町を占拠して丸五日、届けられる町での被害状況はあまりにも酷いものばかりだった。


「レクスィ殿下は町を占拠後、食糧や武器など、町から手当り次第に奪っているとのこと!」


「レクスィ殿下と共にヴェステン公爵の姿も見たとの知らせが!」


「すぐにヴェステン公爵家へ騎士達を向かわせろ!」


公爵の名を聞き、顔色を青くさせるフェアシュタと違い、国王は冷静に指示を出していく。

元よりレクスィ一人にこんなことができるとは到底思ってはいなかった。

すぐに公爵家に騎士達が向かったが、すでに公爵と夫人、ユリアの姿はどこにもなく、取り残されていた使用人達は訳がわからない様子だったということ。

公爵が最近、ガラの悪い男達を雇っていたという使用人の証言で、この騒動に端金で雇われた連中がいることもわかった。


「陛下! 港町付近で女性がならず者達に襲われる事件が多発しています!」


「それにより死傷者が出ていると! 町の領主と連絡もとれません! 領主の家族は間一髪で逃げ出したので保護して話を聞いた所、レクスィ殿下と話し合いに向かわれたまま帰らなかったということです!」


もう生きてはいないだろうと、誰もが察しがついた。


「兄上……! なんという愚かなことを……!」


ヴォールの悲痛な声が騒がしかった場を静寂にさせる。

フェアシュタが、そっとヴォールの手を握り、同じように痛ましい顔を俯かせた。

今回、レクスィと行動を共にしているのは間違いなくヴェステン公爵だ。

ヴェステン公爵の腰巾着だった貴族達も数名が行方知れずとなっている。

いなくてもまったく困ることのない貴族達だっただけに気付くのが遅くなり、後手に回ってしまった。

甘い汁を吸うために努力もせずに寄生して生きるしか能のない貴族などはすぐに切り捨てられるが、現状、町を取り戻さない限り色々なことが片づけられないし、民をこのまま見殺しになどできるはずもない。


「引き続き情報を集めろ! その町の付近にはすぐに騎士団を向かわせる! ヴォール、フェアシュタ嬢、お前達は一旦休め。顔色が悪すぎる」


「ですが、父上!」


「数時間しか休みは与えてやれない。だから今休め。クローネ、あの町の辺りの出身だったな。話を聞きたい。すぐに終わるので王妃はこのまま報告と対策を宰相と練っていてくれ」


言うが早いか部屋を出て行く国王に続いて、クローネも後を追おうとして、ヴォールとフェアシュタに振り返った。


「後程お茶をお持ちいたします。お二人共、お休みになって下さいませ」


一礼して国王の後に続いたクローネは王の応接室に入り、国王が椅子に座るのを待って口を開いた。


「今晩、誰にも気付かれぬように出立します。ですが、急なことですので宮女の一人に手伝ってもらい準備を行います」


「……わしの言いたいことをわかっているようだな」


「わからないこともございます。町に入り、ヴェステン公爵達やならず者はいかようにもできますが、レクスィ殿下をどうするのかの判断は私ではつきかねます」


「……もう無理なのだろうな」


弱弱しく発せられた一言は先程から聞いていた威厳のある王の声ではなく、一人の親としてのもの。

クローネに顔を見せないように話す国王に、事実だけをクローネは告げる。


「このまま放っておけば国の害となるのは目に見えています。そして、いずれは我が君を傷つけようとなさるでしょう」


「……………………クローネ、そなたにすべて一任する」


長い長い沈黙の後に国王が決断したそれは「死」を意味するものだった。

クローネに任せる。

即ち、もうどうなっても関知できないということなのだから。


「承知致しました。ブリューテのためになすべきことをさせていただきます」


退出するまで国王はクローネを見ることはなかった。

拳を血が出るほど握り、歯を食いしばる。

泣くことなどできるはずがない。

レクスィを見誤っていた王である自身の責任。

切り捨てる決断を出したばかりだというのに、瞼の奥にチラつくのは幼き日のレクスィだ。

賢く満面の笑顔を見せる愛しい我が子。


「レクスィ……償うのだ。王族として」


落ちた声に涙が混じり、夜の闇へと消えていった。









お茶を運んでヴォールとフェアシュタの元へ行くと、そこには見知った宮女とパラストが護衛として控えていた。

二人共やつれているように見える。

丸五日、ほとんど寝ていないのであれば尚更だろう。


「我が君、フェアシュタ公爵令嬢様、少しお休みください。体がもたなくなってしまいます」


そっとお茶を目の前に出しても、ヴォールもフェアシュタも手にとることすらしない。

どうしたものかと思っていると、ゆっくりとフェアシュタが声を出した。


「クローネさん、ユリアはヴェステン公爵と一緒、なんですよね?」


「まず間違いはないと思われます。レクスィ殿下もご一緒ですので」


「ユリアはきっと、なにをしているのか知らされてはいないでしょう。ただ従っているだけ。そうすれば大丈夫だと思っている……! どうしてこんなことになっても気付かないの……!」


父親と母親は切り捨てられても、フェアシュタの中で妹は未だに切り離せない血の繋がりなのだ。

それすらも絶たなければいけない状況に急に追い詰められて、途惑っている。

フェアシュタだけではない。

ヴォールも国王も王妃も。


「従うだけの生き方は楽なのです。自分で辛い決断をする必要もない。見る必要性もない。守ってもらい鳥籠の中にいる。羽ばたくこともせずに一生誰かに従い続ける。それが間違っているかは私にはわかりません。それぞれの生き方というものがございます。けれど、そのせいで誰かを傷つけた時点で、もう見ていないという理屈は他人には通用しません。それを甘受していたことすら罪だと他人は思うからです。フェアシュタ公爵令嬢様、割り切れない気持ちを抱えたままお進みください。その痛みを忘れてしまっては王妃にはなれません。忘れないまま進んで立ち止まりたくなった時は、いつでも私がおります。我が君も。ですから、どうぞ貴方様の羽を今は休めてください」


綺麗な瞳が見開かれて、目尻に涙がたまってゆく。

嗚咽を押し殺して泣き始めたフェアシュタの側に行き、ヴォールはそっと己の手とフェアシュタの手を重ねた。

寄りかかったフェアシュタになにも言わずに、ヴォールもまた一滴涙を流した。

それはフェアシュタがユリアを切り捨てなければいけないように、ヴォールもまたレクスィを切り捨てなければいけない痛みを抱えようと、必死に弱さに抗い続けている証のようにクローネには思えた。







ヴォールとフェアシュタのことを宮女とパラストに任せ、クローネは退出して回廊を歩き出す。

早目に準備をしなければと思っていると、後方から声がかかった。


「クローネ殿!」


「パラスト殿? どうかされたのですか? 我が君達になにか?」


「いや、そうではないんだ。すぐに戻ろうと思っているが、なぜだか呼び止めないといけない気がして。おかなしなことを言っているな。すまない」


どうして追いかけてきてしまったのかわからないという顔をして頬をかくパラストに、クローネは苦笑する。

こんな時に聡いのは少々困りものだ。


「パラスト殿、いけません」


「へ?」


「こんな事態の時に私への返事を返そうなどと。職務をしっかりとこなしてからにしてください」


「……は?」


「告白したお返事を返しに私の元まで来られたのではないのですか?」


「ちがっ!?」


違うと言おうとして、なにもないのに足をとられて後ろにひっくり返って頭を打ったパラストは、唸りながら頭を抱えた。相当痛かったのだろう。

堪え切れずにクローネは吹き出してしまう。


「冗談ですよ」


「クローネ殿! いてっ!」


怒って起き上がろうとしたパラストだったが、また頭を抱えて蹲った。


「いつも不思議なのですが、そんなに頭を打たれていて、よく脳が無事ですね」


「感心する部分ではないでしょう。それは」


「感心しますよ。人間の強い部分を垣間見ているのですから」


クローネは頭を押さえ続けるパラストにハンカチを差し出した。

憮然としていたパラストだったが、素直にそれを受け取り頭を押さえる。


「それでは私はまだ国王陛下から言付かったことがございますので失礼いたします。パラスト殿、いつもの調子で我が君とフェアシュタ公爵令嬢様を笑わせてあげてください」


「笑わせるために転んでいませんので!」


叫ぶパラストを置いたままにして、クローネは回廊を去ってゆく。

今、気取られている暇などない。

国王の命令が第一の優先順位だ。







宮女長に許可をもらい、いつも話をさせてもらっている宮女一人の手を借りて素早く準備を済ませて裏門から城を抜け出した。

宮女に用意させた馬に飛び乗ると、不安そうに見上げてくる宮女に笑顔で「すぐに帰ってきます」と告げて、夜も明けない道を走り出す。


目的地はレクスィ達がいる辺境の港町。

ブリューテの端の端にある町で、馬を休まず走らせても丸二日はかかる。

ゆったりとした馬車など数日かかるため、王都の者はほとんど行かない町でもあるし、なによりもそこは元々ブリューテの領土だった土地ではない。

八年前の戦争で滅んだクリーレン王国の王都、ルイーネがあった場所。

今はブリューテの領土となっているが、クリーレン王国の城は現在もあり、八年前の燃えた惨状のまま残されている。朽ちるのを待とうと、一般市民が入れないように柵を作ってあったが、レクスィがいる今、そこを拠点としている可能性が高い。

国王はすぐにそう判断して、クローネに一人で行くことを命じたのだ。


馬を休ませるための休憩を挟んで三日。

町が見える直前でクローネは馬を降り、森の中に馬を隠して徒歩で歩き出す。

フードをかぶり、森の中の裏道を通りながら進んでいると、時折町の様子と、町の外で動いている騎士達の姿が見える。

町は煙が上がっている所が幾つかあり、なにが起こったのかを如実に語っていた。


それでも情報が欲しい。

ちゃんとした情報が。

騎士達が外から得られるであろう情報は王宮に届いている。

クローネが欲しいのは、それ以外の町の中の情報だ。


森を抜けて、クローネは大きな下水道の穴の近くで立ち止まった。

クリーレン王国がまだあったころに、王宮へと水を運ぶために使われていた下水道。

町へも繋がっているのをクローネは覚えていた。

慎重に入り、周りを注意しながら進んでいく。

レクスィもヴェステン公爵もならず者の連中も、この港町には来たばかりだ。

この下水道のことを知らない確率のほうが高い。

記憶の片隅にある道を辿りながら、休むことなく歩き続ける。

と、前方に松明の明かりらしきものが見えた。

同時にこちらに走ってくる足音が数人。


「誰だ!?」


「町を襲った連中の仲間か!?」


それは町人らしき数人の男性達。

後方には女性と子供、老人達が何人かいる。

きっとこの下水道に逃げ延びてきた町の人間達だ。


「やめろ」


じりじりと詰め寄られていると、老人の声が静かに辺りに響く。

ゆっくりと前方から顔を出したのは、髭を蓄えた知的なご老体だった。


「その者は女性だ」


老人の言葉に驚いた男性達に、ゆっくりと顔を見せるようにフードをとってクローネは笑った。


「初めまして。王都にてヴォール殿下の侍従を務めております。クローネ・オルクスです」


クローネの自己紹介にざわめく町の人々にクローネは話し出す。


「町の現在の状況を教えていただきたいのです。どなたかわかる方はいらっしゃいませんか?」


「……知ってどうするおつもりかな」


「国王陛下より命を受けております。事態を収束させよと」


老人の問いにクローネは当然の言葉を返す。


「貴方お一人でか?」


「それが命です。町の現状を教えてはいただけませんか?」


「こんな奴の言う事なんぞ信じられるか! じいさん! 耄碌するならどっか行け!」


耳障りな男性の声に顔を顰めてしまう。


「知らないということでしょうか? でしたら私はこれで失礼します。先を急ぎますので」


「待て!」


飛びかかってきた男性の鳩尾を蹴り、弾き飛ばす。

あっけなく倒れ込んだ男性を一瞥して歩き出そうとすると、ぽんとなにかがクローネに投げられた。

老人が投げてよこしたものは町の地図だった。

当たり前だが、八年前と現在とではかなり建物の配置が換わっている。

変わらないのは城のある場所だけのようだ。


「町の人間が捉えられて人質になっている。敵の首領は城にいる。そこまでしかわからん。逃げるのに精いっぱいだったからじゃ」


「充分です、ありがとうございます。必ず町を取り戻してみせます。それと、ここに長くいるのは危険かもしれません。下水道を出て森の道なき道を抜けると町の外に出ます。そこに騎士達がいますので保護を求められるといいでしょう。それと、これを騎士の中で支持を出している方に渡してください。賭けでしたが、やはり人がいると踏んでよかったです。それでは」


紙切れを老人に託して今度は脇目もふらずにクローネは駆ける。

もうきっと、この下水道内に人はいないだろう。

ならもう人目を気にする必要はない。

きっとあの老人は皆を率いて、ここを出て騎士達のところに行ってくれる。

そして、あの紙を渡してくれるはずだ。

まあ、渡さなくても計画に変更はないのだけれど。


迷路のような下水道を記憶よりも体が覚えているのか、体が勝手に動いて行く先を示してくれる。

そして、入り組まれた下水道の先に重厚な扉が見えて、やはりここで合っていたことにクローネは微かに笑みが零れた。

扉の鉄格子を外すと、錆びついていて開く時に不快な音と匂いがした。

開いた扉の向こうは上へと伸びている階段があり、クローネは躊躇うことなく上ってゆく。

途中、階段が二つにわかれていたが迷わず右を選んで進むと、なにもない開けた場所に出た。

唯一あるのは場違いなほど煌びやかな額に入ったクリーレン王国の最後の皇帝の肖像画だけ。

クローネがその肖像画を外すと、反対側にも絵がかかっているようだった。

もう面倒臭いと思い、足でその絵を蹴り飛ばす。

着いた先はかつては玉座の間だった場所だ。

色々なものが壊れ、略奪されているが、赤い椅子だけは上座にぽつんと捨て置かれたまま。

クローネはつかつかと歩み寄ると、ドカっと椅子に座り込んだ。


(約束の時間よりも早くついてしまったようだ)


陽の差す窓を眺めて、この窮屈な空間で待ち続ける。

陽が傾き夜が訪れてだいぶ経った頃、この玉座に近づいてくる二つの足音がした。

一つはだいぶ焦っているのか小走りに近づいてくる。


クローネが立ち上がったのと同時に、クローネの目の前で扉が開かれた。


「お久しぶりでございます。レクスィ殿下、ユリア公爵令嬢様」


顔を上げると驚愕の表情を浮かべているレクスィとユリアがそこにいた。


(さあ、最後の幕を下ろすために、始めましょうか)


クローネはクツリと笑みを零した。










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