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diceをふるのは公爵令嬢でも国王陛下でもなく  作者: 秋月篠乃
第1章 赫いダイスをふる人
6/16

第6話 前菜の決着と運ばれてきたメイン料理

7千文字いきませんでした。

妹にはもっとドロドロしていてもいいと言われたのですが、それは第二章で。

この感じで進むと第一章はもう少しで終わると思います。

自分は恵まれている。

そう思っていたし、確かに事実、食べるものや寝床に困ることもない生活。

「お嬢様」と家令に呼ばれ、メイドも爵位の高い家柄ほどではないが、雇い入れられる経済環境。

あまり好きではないドレスだって何着も買い与えられていた。


だから、それに胡坐をかく人間にはなりたくはなかった。

ダンスも淑女教育もむいていなかったけれど、唯一才能があると褒められた剣で両親に恩返しをしようと思った。

男爵家の家は兄が継ぐ。

自分になにができるのかと考えた時、騎士になろうと決めたのは騎士団長であったフェアレーター伯爵が男女差別をしない人だったからなのだろう。

男女を区別するような団長であるなら、早々に堪忍袋の緒が切れて辞めていた。

フェアレーター団長が差別をしない人ではあっても、騎士達の中には自分を蔑む人間がいるのを、きちんと理解していた。

楽しいことばかりではなかったけれど、今までにない充足感に満たされる日々。

二十歳を過ぎて、周りの令嬢達からは「行き遅れ」と陰口を叩かれもしたが、悔しくもなんともなかった。

親に寄生して生きている行き遅れよりもマシ。

陰口をこれ見よがしに言うのは、認められる地位を持っているアンを妬んでのこと。


妬みなんてバカバカしい。

ずっと、そう思っていた。


パラストと出会い、クローネ殿を意識するまでは。



メーアから新しく騎士が入ってきたと聞いた時、珍しいと思う印象しか抱かなかった。

普通は自国で騎士団に入り、爵位の継承権がない次男達などは、そこで功績をあげ爵位を賜ろうと奮闘するか、娘だけしかいない家に婿に入ればいいのだ。

なのに友好国とは言っても他国で爵位を得るのは、後ろ盾がほとんどないにも等しいので、かなり難しい。

結婚も同様。

変わり者なのかと思った。

実際に初めて対面した時、整い過ぎた容姿に驚いたが、そこからの残念振りが酷過ぎて乾いた笑いが出たのを覚えている。


それなのにどうして好きになったのか……。


最初はその剣の才能を騎士団長に褒められている所を目にして。

けれど、その才能が努力から培われた物だと夜一人で演習場に残って訓練するパラストの姿を見て気付かされた。

平民と偏見なく付き合うことのできる人間だとも知った。

騎士団長子息のパルツは騎士団長の息子とは思えないほど差別意識があって、自分にもよく突っかかってきていたけれど、それをパラストが怒ってくれたことが素直に嬉しかった。

騎士団長の息子ということで誰も叱れなかったパルツを。

残念な所もいつの頃からか楽しいと思えるようになっていた。

でも、簡単に好意を示すことなどできるはずがない。

パラストは二十二で、自分は二十四。

歳も上なら、プライドが高いのも相まって、言葉に出せるわけなどなく。

それでも、いつかは言おうと思っていた。

歳もプライドも、いつか気にしないで言える日がくると信じていた。



『パラスト殿のことをお慕いしています』


クローネ・オルクス。

ヴォール殿下の侍従を女ながらに勤め、国王陛下や王妃様からの覚えも目出度く、叡智と才能溢れる女性。

自分とは六つも歳が違うというのに、自分よりも格段に大人びて見える雰囲気を持っている。

直接話したことは一度もない。

宮女達からの信頼も厚く、顔見知りの宮女と偶に話すと、いつもクローネの話が出るほど皆から好かれている。

好かれているのは宮女達女性陣だけではない。

騎士達の中にも大勢クローネに好意を抱いている人間は多かった。

美しくて優しく、誰よりも気配りができ、料理も上手い。

騎士団の厨房を任されている料理長が一時期倒れた時、変わりを雇うまでのたった一日だけ騎士団の料理を作ったらしいのだが、それが料理長よりも美味かったと、男性陣が褒めちぎっているのを聞いたことがあった。

平民でありながら王宮での地位は揺らぐことがなく、なのにそれを鼻にかけることもない。

完璧な人間とはこういう女性のことを言うのだろう。


気にしたことなどなかった。

一度も。

本当にただの一度も。


けれど、同じ人を好きだと知って、頭に大きな石でもぶつけられたような衝撃が襲った。

その時、自分は高をくくっていたことに気付かされた。

パラストは容姿だけがよくても、他が残念すぎると宮女達は話していて、実際にパラスト自身にも話を聞くと、いつも女性には逃げられていると嘆いていた。

だから大丈夫だと、自分以外にパラストを好きになる女性はいないと思い込んでしまっていたのだ。


『自分なりに努力しようと思いまして、毎日お弁当を渡しています』


胡坐をかいていた。

最初は途惑いながらお弁当を受け取っていたパラストの瞳が、困惑から嬉しさに変わってゆく。


『初めて人を好きになったのです』


初めてではない。

でも、ここまで好きになった人はいなかった。

パラストが残念なことをする度に、笑う様は愛らしい。


『パラスト殿の傍にいると常に笑っている私がいる。パラスト殿といれば、いつでも笑っていられるような気がしているのです』


それはわたしも同じ気持ちだ!

わたしだって、ずっとそう考えていた!


叶わない。

勝てない。

負ける。

捕られる。


嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!

わたしのほうが先に好きだったのだ!

どうして後から好きになったクローネ殿に奪われなければいけないのだ!


一晩中眠れずに憔悴しきった朝、ふと浮かんだのはクローネ殿が唯一持ち得ていないもの。

だが、自分にはあるもの。


『私は平民です』

『最初は自分などとと悩みましたが』

『貴族であるパラスト殿の御両親が私などを許してくださるかどうかは不安ではありますが』


父に頼もう。

それが愚の行動そのものだと、なぜわからなかったのか。







自分の頬へと飛んできた手が頬を強く打った。

あまりにも強い力だったせいで、応接室の机にぶつかってしまう。

母様の悲鳴が聞こえたが、そのことに気が回る状況ではなかった。

ゆっくりと起き上がれば、未だに自分を怒りの形相で見下ろしている父様と目が合う。


「自分がなにをしでかしたのか、理解出来たか!」


なにを?

一体自分がなにをしたというのだ。

父にパラストとの縁談を頼み込んで、父がパラストの叔母が嫁いでいるツェーン子爵家に話を持っていってくれた。

パラストは現在、叔母の家に住んでいる。

きっとパラストにとって悪い話ではない。

自分は男爵家の家柄で爵位は低い。パラストは隣国の侯爵家の出だが、現在は爵位を持ってはいない。

男爵家ではあるが、父は領地の経営だけでなく、商会も立ち上げていて、どちらも上手くいっている。

お金が有り過ぎるというほどではないが、なさ過ぎるわけでもない。

きっとブリューテの貴族の娘と結婚したほうが、爵位も早く賜れるかもしれない。

騎士仲間で貴族の三男坊がそう言っていたことを耳にしたことがあった。

浅はかな考えでも、それに飛びつかずにはいられなかった。

そして、今日はツェーン子爵家から父が返事をもらってくるはずの日だった。


なのに、どうして自分は父に叩かれている?


「城で働いている知り合いの伯爵家の方が教えてくださった! アン! お前はクローネ・オルクス殿がパラスト殿に好意を抱いていると知って横入りをしようと私に縁談の話を打診したのだな!」


母と兄が息をのんだのが空気でわかった。


「違います。わたしは元々、クローネ殿より先にパラスト殿に好意を持っていました。それで父様に頼んだのです。それのなにがいけないことだったのですか?」


再び振り上げられた手を母様が泣きながら止めに入る。


「貴方! 待って! アンには私から話を聞くわ! だからお願い! 待って!」


「そんな悠長なことを言っている場合じゃないんだ! クローネ殿に喧嘩を売った! そうとられてもおかしくない行動をしたんだぞ! クローネ殿は我が家の恩人だというのに!」


「え……」


目を瞠った。

今まで父様から、そんな話を聞いたことは一度もなかったから。

それを知っているであろう母と兄はなんとか父を宥めようと間に入ろうとする。


「お前に話してこなかったのがいけなかったのか! 八年前のクリーレン王国との戦争で、たまたま私が戦地でクローネ殿を保護した! そのことに恩義を感じてくれたクローネ殿が国王陛下に頼んで現在の豊かな領地を与えてくださったのだ!」


そういえば七年前ぐらいから、急に男爵家の領が変わり、生活もかなり潤い始めた。

父様が商会を立ち上げたのも、その頃だ。

爵位が上の人間よりも経済的に良好なため、やっかみもうけたことがある。

それがすべてクローネ殿のおかげ?

頭が追いついてこない現状の中で、兄が父を応接室から引き出そうとした時


「パラスト殿はお前との縁談を断られた! もうお前に嫁ぎ先などないに等しいぞ!」


パラストが縁談を断った。

その事実だけが、打ちのめす心を痛みで現実に引き戻してくれた。







実家での居心地は悪くなり、逃げるように騎士団に戻ったが、そこはもっと窮屈なものへと変わっていた。

騎士団員達が向けるあからさまな嘲り。

宮女達がひそひそと遠巻きに陰湿な目を向けてくる。

宮女にも騎士団員にも人気のあったクローネがパラストに好意を抱いているのは誰の目から見ても明らかだった。

それを知っていて、縁談を申し込んだわたしはクローネ殿を傷付けた、罪人のような言われ方。

実際に縁談の話が知れ渡った頃から、毎日パラストにお弁当を持ってきていたクローネ殿は姿を見せなくなった。

遠くから見るクローネ殿は常と変わらずに仕事をこなしているようだが、僅かな時間を割いてまで来ていたクローネ殿が来なくなったのは、確実に自分のせいだった。

それを当初は仄暗い気持ちで喜んでいた自分が情けない。


剣に打ち込もうとしても、まったく集中ができない。

副団長にも叱られ、どうしていいのかわからなくなる。

もう自分にはパラストしかいない。

きっとクローネ殿を気遣って縁談を断ってきただけだ。

直接話せばパラストはわかってくれる。


そう思い、休憩時間にパラストを探すがどこにもいない。

胸騒ぎを覚えて、いつもパラストとお喋りをしていた王宮の離れの庭園に足が自然と動いていた。

そこにいるような気がして。




確かにそこにパラストはいた。

けれど、一人ではなく、クローネ殿と一緒に。

深刻な話をしているのか、どちらの顔も表情が硬い。


「ですから、パラスト殿、私の行動はお忘れになって縁談を受けられるべだと思います」


「もう断った! それに不誠実な真似などできない! それなのにどうしてそんなことを言うんだ!」


「……平民である私よりもアン殿の方がいいと思うからです。私がパラスト殿に差し上げられるものは何一つない。けれど、アン殿は違うでしょう?」


「そんなことは関係ない!」


一向に引かないパラストに、クローネ殿は困り果てて笑う。

その笑い方が仕草が、勘にさわった。

縁談ごときで簡単に諦めるぐらいの気持ちなら、わたしの邪魔などするな!


「パラスト!」


振り返った二人はアンを見て驚き、先に動いたのはクローネだった。


「それではパラスト殿、これで失礼いたします。きちんとアン殿と話されてください」


「クローネ殿!?」


クローネを呼び止めようとするパラストの腕を、咄嗟に掴んでいた。


「パラスト! 話がしたい!」


きっと話せばわかってくれる。

クローネ殿よりも自分を選んだ方がいいんだと。

きっと、きっと。


「離してください。アン殿」


けれど、返ってきた声は拒絶の色を含んでいた。

手を離しかけそうになったが、ぐっととどまる。

ここで折れたら、もう話などできない気がするし、なによりもそんなことは自分が嫌だった。


「パラスト、どうして縁談を断ったのだ! わたしが嫌いなのか!」


「……嫌いではありません。むしろ好意に近いようなものを感じていたと思います」


「では!」


「感じていたんです。でも、今は感じない。今、それを強く感じる人はクローネ殿だけなのです」


天国から一気に奈落の底へと突き落とされた気がした。


「アン殿の気持ちは素直に嬉しいです。こんな私を好いてくれて。でも、クローネ殿が心を占める今、その気持ちに答えることはできません。あんなに真っ直ぐに私を見てくれたのはクローネ殿が初めてなのです」


気がつくと、パラストはもういなくなっていた。

膝から力が抜けて崩れ落ちる。

どうして……。

その言葉が延々と自身の中で巡り続けていた。






騎士団を辞めて家に引き籠るようになり、部屋の窓の外から景色を眺めては自嘲の笑みが零れる。

あれほど親に寄生して生きている「行き遅れ」が嫌だと思っていたのに、自分がそんなことになるなんて、考えてもいなかった。

腑抜けた日々を送る中で、自分に縁談が舞い込んだ。

妻を亡くした五十代の辺境伯の後妻にならないかというもの。

引き取り手などもうないだろうと、父はすぐに承諾した。


嫁ぐ道すがら、馬車の中で揺られながら、考える。

もし、自分がクローネ殿よりも先に思いを伝えていたら、未来は変わったのだろうか?

もし、先に行動に移していたら?

いつの間にか涙が零れていた。


すべて「もし」がつく過程ばかり。

もう取り戻すこともできないというのに。

自分は負けたのだ。

クローネ殿に。


声を押し殺して泣いた。

やっと受け入れられたすべてはあまりにも痛く、心に傷口を残していった。









(ここまで派手に自滅してくれるとかえって気持ちいいな。でも、物足りなかった)


クローネは首からダイスのネックレスを外して、寝台の横にある台にネックレスを置く。


(まあ、持ったほうかな)


退屈だという表情をして、寝台に横になる。


(前菜だと思えばいいか。メイン料理がくるまでの。もうじきメインが運ばれてくる。それまで我慢しよう)


目を閉じる瞬間に目に入ったダイスは月明かりの中で、輝いていて。

クローネはゆっくりと瞼を閉じていった。









「クローネ、パラストとはどうなっているんだ?」


穏やか過ぎる午後の昼下がり、仕事が一段落したヴォールは手伝ってくれていたフェアシュタとお茶を飲んでいた。

その楽しげな歓談中に、あまりにも突然なヴォールの言葉に、クローネは首を傾げる。


「どう、とは? 仰っている意味がわかりかねますが」


「ヴォール殿下はパラストさんが、きちんとクローネさんを幸せにしてくださるのか気になっているんです」


「そ、そんなことはない! ただ気になっただけだからな!」


フェアシュタの的を射た指摘を必死になって否定するヴォールに、どう答えたらいいものかと口元に手を置いた。

アンが騎士団を辞めてから、しばらくしてクローネはまたお弁当をパラストに届けはじめた。

縁談の話に憤っていた宮女達はクローネの説得に折れてくれたが、パラストの見張りは強化されたらしい。

見張られていると知ったパラストは慌てて、また転んで頭を壁に強打していた。

あれだけぶつけて、頭の中身は大丈夫なんだろうかと最近思う。


「以前よりは親密になれているのではないかと思います。ですが、まだ私の一方通行ですよ」


「クローネさんを待たせるなんて、凄い方ですね。パラストさんは」


「とっとと返事を返せばいいものを……! 答えなどこちらから見たら丸わかりだ……!」


「我が君、なにを小さな声で呟かれているのですか?」


「なんでもない!」


「姉のように慕っているクローネさんが、どなたかにとられてしまいそうで嫌なんだと思います」


「フェアシュタ嬢! そんなことは一切ない!」


和やかな空気が漂う一時を壊したのは、顔を蒼白にして伝令を伝えにきた騎士だった。


「ヴォール殿下! フェアシュタ様! レ、レクスィ殿下が……レクスィ殿下が辺境の港町を占拠いたしました!」


(メイン料理が運ばれてきた。楽しませてくださいね)










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