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diceをふるのは公爵令嬢でも国王陛下でもなく  作者: 秋月篠乃
第1章 赫いダイスをふる人
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第5話 ダイスをふる必要のない勝負

恋愛、になっているといいです。

馬の蹄が草原に響く。

三頭の馬が、人がいない地平線のような草木を踏み越えて走る。

あまり乗馬は得意ではないと言っていたフェアシュタを乗せて手綱をひいて走らせるクローネは、時折フェアシュタの様子を窺う。


「大丈夫ですか? フェアシュタ公爵令嬢様」


「はい。クローネさん、馬の扱い方がとてもお上手なんですね」


「騎士団の方々ほどではありません。剣よりは苦手ではありませんが」


苦笑するクローネを見て、あどけなく笑うフェアシュタは随分とクローネに気を許してくれるようになった。

優雅で美しいと認識していたフェアシュタは可愛い人なのだと、クローネは思いはじめていた。


目的地の湖畔に着いた時、先頭で馬を走らせていたヴォールが飛び降り、続いて護衛で付き従っているパラストも馬から降りる。

クローネは先に降り、フェアシュタに手を差し出した。

ゆっくりと危なくないように着地させると、フェアシュタは目の前に広がる湖を見て瞳を輝かせる。


「こんな場所があるなんて知りませんでした。もしかしてヴォール殿下の秘密の場所では?」


「ええ。でも、今日はどうしてもフェアシュタ嬢を連れてきたかった。それに秘密の場所といってもクローネも知っているので」


「勉学がお嫌だと逃げ込む時は、決まってここでしたので。ですが、他の方に教えたことはございません」


「無理矢理引き摺って帰れば必要はないだろうな」


「無理矢理などと心外です。少しばかりの工夫を凝らしたまでです」


「主を脅すことが工夫なのか!」


「国王陛下の許可をきちんといただいた上ですので、問題はありません」


「僕個人にはある!」


「では、我が君は困り果てている教師の方々を放って、私に見離せと仰るのですか? 青褪めた気弱な男性の方が、もし御自分のせいだと思い詰めて窓から飛び降りてもいいと?」


「極論すぎるだろう!」


「幸い我が君が他人に知られたくないという事柄は全て把握していましたので、自殺を思いとどまらせましたが、私が動かなかったらどうなっていたことか」


「自殺ありきで話をするな! って、全て把握!?」


「なにを驚いていらっしゃるのですか?」


「今さっきのはどういう意味だ!? 全て把握って、まさか……!」


「そのまま言葉通りの意味でございます。現在に至るまで私が我が君のことで知らぬことなどございません」


「今すぐ忘れろ!」


「無理でございます。主のことを把握しておくのは臣下の勤めです」


「それは行き過ぎてると言うんだ――!」


クスクスと笑い出すフェアシュタに我に返ったヴォールは、好きな人の前で醜態を晒してしまったことが恥ずかしく、顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。

パラストはクローネとヴォールの会話にぽかんと口を開けていた。

美形度が二割ぐらい、減っている。


「フェアシュタ公爵令嬢様、申し訳ございませんでした」


「いいえ。いつも見ていて楽しそうだなと思っています。まるでクローネさんがお姉様のようですね」


「こんな姉はいりません!」


「我が君……さすがに傷つきます……」


「え!? いや、その……! これは言葉のあや」


「冗談でございます、我が君」


「クローネ!」


俯いたクローネに慌てたヴォールだったが、すぐにけろりとした顔をクローネが見せれば、ヴォールの憤怒がさっきよりも増していく。


「フェアシュタ公爵令嬢様を笑顔にしたい一心での行為です。ご容赦ください」


「フェアシュタ嬢が関わっていなくても、いつもそんな風だろうが! どうして父上と母上はこのクローネの所業を許しているんだ……!」


「日々の積み重ねと信頼。人徳かと」


「自分で言うな!」


「国王陛下と王妃様より直々にそう仰っていただけていますので、嘘ではございません」


「人徳は関係ないだろう!」


「自分で言わなければ誰も言ってはくれませんので。ですが、宮女の方々は笑って納得してくださいました」


「人たらしだからな! クローネは!」


「お褒めいただきありがとうございます」


「褒めていない!」


「では、我が君とフェアシュタ公爵令嬢様の邪魔にならないように後方に下がらせていただきます。なにかありましたらお呼びください」


「人の話を聞け――!」


喚くヴォールを置いて、未だ口が開いたままのパラストを引き連れて下がってゆくクローネに、フェアシュタは笑みを絶やすことはない。

癪だが、クローネはフェアシュタを簡単に笑わせてしまう。

自分にはできないことをするクローネを本当は誰よりも一番認めているのはヴォール自身だ。

だが、絶対に本人には言わない。

恥ずかしいのと、僅かばかりのプライドが邪魔をする。

それすらもクローネには見抜かれているような気がヴォールにはしていた。






湖から少しだけ離れて、ヴォールとフェアシュタが見える場所に移動したクローネは固まったままのパラストをどうしたものかと思い、失礼とは思ったが足を思いっきり踏ませてもらった。


「いたっ!?」


パラストが飛び上がって、尻餅をつく。

足の小指を狙って、丁度いい角度で踏めたと確信していたので正気に戻って一安心だ。


「すみません。あまりにも反応がなかったので、現実に引き戻さなければと思いまして」


「だ、だからって足を踏むことはないでしょう!?」


「……面白そうでしたので」


真面目に答えるクローネに、さすがに言い返そうとしたが、クローネが目を細めて微笑んでいるのを見て、その笑みがあまりにも綺麗でパラストは息をのむ。

同僚の騎士達に絶大な人気を誇るクローネは、パラストよりも四つ年下だというのに若いのは見た目だけで、雰囲気や仕草は年上に見えてしまうことが多々ある。

宮女達からの信頼も厚く、こんなに出来た人間がいるなど俄かには信じられないほどだ。

そのクローネはパラストの前では笑っていることが非常に多く、同僚達の恨みをパラストは買っているが、笑われているだけだと事実を言っているのに「クローネ殿があんなに笑う所など見たことがない」という怨み言が返ってくるだけ。

まあ、パラストなど相手にされないだろうと最後には皆引き下がっていくけれど。


「面白いという理由で踏まないでください。でも護衛の任に就いているのに些か注意力散漫でした。申し訳ない」


「私も悪ふざけが過ぎました。すみません」


視線を外したクローネは湖の近くで楽しそうに話すヴォールとフェアシュタを見つめる。

その瞳は優しさに満ちていて、こんな表情もできるのかと意外に思う。


「……お二人の心に、少しでも安らぎが訪れてくれたら……」


クローネの呟きに、パラストは苦いものが込み上がってきて、ぐっとそれを気持ちで押し戻した。



パルツの一件から二週間が経っていた。

騎士団長だったフェアレーター伯爵は息子を最後には自分の手で殺めて止めたものの、親ということで処分は免れなかった。

勘当していたこともあり、騎士団長にお咎めなど必要ないという意見もあったらしいが、フェアレーター伯爵自ら罰をうけることを望んだ。

きっと息子を手にかけた己自身を罰したかったのだろう。

騎士団長の任を解かれ、伯爵から男爵へと爵位が落とされることになり、現在、騎士団は副団長が騎士団長代理を務めている。

襲われかけたユリアは公爵家でレクスィと共に塞ぎ込む日々を送っているという。

王宮にいることも許さん! と国王はヴェステン公爵家にレクスィを放り出す形で押しつけた。

ユリアはパルツのしでかしたことの元凶と言われ、レクスィは友でありながら、パルツのことを見抜けなかった愚か者と囁かれている。

同情する者など一握りの阿呆だけだ。



「腕の怪我は、もう大丈夫なんですか?」


クローネがパルツからうけた傷はかすり傷だったが、傷跡が残っては女性としては嫌だろうと思った。


「ええ。完治しています。皆さん、気にし過ぎですね。……私は傷をうけたことよりもパルツ殿を止められなかったことのほうが痛かった。騎士団長の泣いている所を初めて目にしました……」


やり切れないという思いからなのか、クローネの声は重い。


「団長とは親しかったのですか?」


「王宮で働き始めた頃に剣を騎士団長から学びました。何度お叱りをうけたことか。私は剣はむいていないんです。ですが、我が君の侍従になるためには必要なことでしたので、騎士団長が認めてくださるまで必死でした。……いい思い出です」


「幼少のパルツとも会ったことが?」


「いいえ。パルツ殿ときちんと顔を合わせたのは、騎士団に入られてからです。私はパルツ殿に嫌われていましたから、話もほとんどしませんでしたが」


偏見でクローネを見ていたパルツはクローネに憧れを抱く騎士団の面々とは折り合いが悪かった。

女性でありながら認められているクローネが忌々しかったのかもしれない。

女は守るものだという、変に固執した考え方がパルツにはあったように思う。


「……あそこまでパルツが狂ったのはなぜだったんでしょうか?」


年下のクローネに訊ねてもしょうがないことだとわかっているのに、そんな言葉がパラストの口から滑り落ちていた。

確かにパルツはダメな部分も多かったが、それでもパラストは同じ騎士団に所属する仲間だと思っていたし、パルツだってパラストのことを疎ましくは思っていても、仲間だと思ってくれていると思っていた。

けれど、あの婚約破棄の時から、なにもかもが狂い出したように思う。

パルツはあからさまにパラストに敵愾心をむき出しにするようになり、騎士団の中での衝突も増えていった。

あれが悪夢なのではと思いたくなるほど、あれ以降、王宮では様々なことが立て続けに起こっている。


「パルツ殿だけではなく、人は多かれ少なかれ、なにかに狂っていると私は思っています」


「え? それはどういう」


「権力やお金等々あげればきりがありませんが、パルツ殿が狂っていたのは恋なのでしょうね」


「恋……」


「ユリア公爵令嬢様にたいする恋心。それがパルツ殿を狂わせたのです。狂うほどの恋、私は経験がありません。パラスト殿は?」


「私もありませんよ」


苦笑いをして答えれば、じっとクローネが見つめてくる。


「本当ですか? では、人を好きになったことはありますか?」


「え!?」


一人の凛々しい女性の顔が浮かんで、驚いた瞬間、足がもつれて草むらの上にあった柔らかいなにかを踏んでしまう。

それは大きな野良猫の尻尾で。

ニャー! という憤怒の泣き声と同時に飛びかかられ思いっきり爪で顔を引っかかれた。

パラストの情けない悲鳴が口から出たのは、その直後だった。






城へと帰る時は、来た時とは違って馬を歩かせるように進ませていく。

顔に縦や横、酷いひっかき傷を負ったパラストの姿に、クローネは声を殺して笑い続けていた。


「本当に天才的だな、パラストは。この前は犬の尾を踏んだのだろう?」


「……昔から運がないのです」


なにもない所で躓いて転ぶ。

足がもつれた拍子に犬や猫の尾を踏む。

それが、糞だったことなど日常茶飯事だ。

それだけならまだいいが、二次被害も多い。

怪我をしている頭を再度どこかにぶつけたり、足を捻ったり。

もういっそ喜劇の役者にでもなれるのではないかと兄には笑われた。


「クローネ殿、笑いすぎだと思いますが」


「すみません……! どうしても、我慢が……!」


応急処置をしてくれたのはクローネだったが、その間中笑っていたし、今はフェアシュタがいるからかなんとか堪えようとしているものの、無理なようで顔を背けては吹き出している。


「こんなにクローネが笑う所は初めて見たな」


「そう、ですか? ですが、一番笑ったのは我が君が……なんでもありません」


「最後まで言わなくてもわかった! あの時だろう! 噛んでしまったあの時!」


「私が我が君を笑うなどありえません」


「さっき一番笑ったと言いかけただろうが! 嘘をつけ!」


城へと着くまで、クローネとヴォールのやり取りは続いていた。

フェアシュタは常に笑っていて、パラストも心外ではあったが、最近暗かった気持ちがどこか軽くなっていた。


城へと帰り、馬を小屋へと戻すため、ヴォールとフェアシュタを騎士達に任せてクローネとパラストは馬を連れて歩き出す。

やっと笑うのをやめたクローネは目尻にたまった涙を拭いて、パラストを窺ってくる。


「怒っておられますか? 笑いすぎたことを」


「怒りたいですが、皆に笑われ慣れているので怒るに怒れません。それに……」


気持ちが軽くなったと言おうとした口を慌てて止めた。

なにを恥ずかしいことを言おうとしているのか!


「ですが、さすがに笑いすぎましたので謝罪させていただくために、明日お弁当を作って持っていってもよろしいですか?」


「は? いや、そこまでしてもらうわけにはいきませんよ」


「私が作るお弁当はお嫌でしょうか?」


「そういうわけでは。ですが、作ってもらう理由がありませんし」


「笑いすぎたからです」


「それは理由としては弱すぎるでしょう」


クローネの申し出の意味がわからずにいると、クローネは首を傾げて「ああ!」となにか納得した様子で笑う。


「パラスト殿は鈍いのですね」


「へ?」


「私がパラスト殿に作りたいのです。正直に言うと私への好感度を上げたいと思ったからです」


言っている意味がさっぱりわからない。


「わかられていないようなので、きちんと言葉にしておきますね。私はパラスト殿に好意を抱いています。異性として」


思考回路が完全に停止した。


「もし迷惑なようでしたら仰ってください。気持ちを押しつけるようなことはしたくはありませんから」


「いや、迷惑では……」


一瞬、凛々しくも朗らかに笑う女性が頭を過ぎる。

けれど、クローネの真っ直ぐに見据えてくる瞳に、すぐにその姿が掻き消えてしまう。

凛々しくて美しい。

近寄りがたく見えるのに朗らかに笑う。

クローネはそんな女性だと思った。

パラストには手の届かない女性。


「迷惑でないのなら、少しでも考える余地があるのなら、考えていただきたいです。返事はいつでもかまいません。それまで私は私なりに努力させていただきますね。じっと待つのは無理な人間なので」


未だに明確な受け答えが思い浮かばず呆然とするパラストを置いて、クローネは馬を連れて去っていった。







翌日からクローネの猛攻が始まった。

猛攻と呼ぶべきなのかどうかわからないが、それでもパラストにとってはそれが一番しっくりくる言葉だった。

今まで自分の容姿に惹かれて女性は何人もパラストの傍に寄ってきたが、誰も長続きせず離れていった。

「こんな人とは思わなかった」

「残念すぎて」

訳はほぼ同じで、容姿が整っていようが、自分は一生女性に縁はないのかもと思って悲しくなる時もあった。


「パラスト殿、お口に合うといいのですが」


そう言ってクローネがお弁当を差し出してきた場所が悪かった。

騎士団の団員達の食堂まで来て、クローネはパラストを探して手渡してきたのだ。

にっこりと綺麗な微笑みつきで。

クローネが去った後、どういうことかと団員達には詰め寄られ、弁当はあえなく没収された。

が、それを聞きつけた宮女達が弁当を奪った騎士達に制裁を加えたと聞いて、二度目以降それはなくなったが。

毎日毎日、仕事の合間を縫って弁当を渡しにくるクローネに最初は断っていたが、宮女達の恐ろしい視線を感じて受け取らざるおえなくなった。

そして口にしたクローネの手料理は料理長の料理など目ではないほど旨くて。

素直に美味しかったと伝えると、あどけなく笑うクローネの様子に胸が高鳴る。


そんなやり取りが数日続き、クローネは一体自分のどこがいいのかとパラストは疑問に思う。

女性から敬遠されてきた自分のどこを、そんなに気に入ってくれたというのか。


「笑わせてくれるところです」


にべもなく言い放ったクローネに、どんな顔をしていいのかわからなかったのは許してほしい。


「気の合う合わないは大事だと思いますが。それにパラスト殿の傍にいると落ちつきます。好きな理由はそれで充分だと思います」


年下だというのに押し負けている気がして、実際そうなのだけれど、それが嫌でなくなってきている自分に溜め息が零れそうになるパラストだった。









今日も今日とてクローネは差し入れのお弁当を抱えて騎士団の食堂へと向かっていた。

最近は食堂の入り口でパラストが待ってくれているのが常となっている。

宮女達には「クローネ様! 気は確かですか!」とか「体調が悪いのですか!?」すべて否定をすると今度は「あの男を抹殺する……!」と凄まれて、なんとか落ちつかせたのだが。

そんなことを言いつつも宮女達はなにかと協力してくれて、クローネにとっては有難いことこの上ない。


「クローネ殿!」


呼びとめられて振り返れば、そこにはアン・ローダンがいた。

緊張しているのか顔が若干強張っている。

お互い、直接話したことは一度もないからだろうか。


「アン・ローダン殿ですね。こうやってお話をするのは初めてですね。私になにか御用事でしょうか?」


「い、いや、用事というか、そ、そう! 皆に聞いてきてくれと頼まれたことがあってな!」


「私に、でしょうか?」


「ああ。その……クローネ殿はパラストの事が好きなのか?」


硬い声に気付かぬ振りをして、きょとんと目を瞬かせた後、クローネはふわりと笑った。


「アン殿だけにお話するのであれば、お答えできますが……」


「わ、わかった! 秘密は守ろう! 聞いてきた奴には適当に誤魔化しておく」


誰かに聞いてこいと言われたのは本当なのだろう。

アンは唯一の女性騎士だ。

同じ女性同士、アンにならパラストについて話してくれるのかもしれないと、きっと思ったのだ。

クローネは騎士達に聞かれても、笑ってはぐらかすばかりなのだから。


「確かにパラスト殿のことをお慕いしています。それはパラスト殿にも伝えてあります」


強張った顔が青褪めていく。

そんなにわかりやすい反応をしては恋敵だと言っているようなものだ。


「ですが、パラスト殿から、まだ返事はいただいてはおりません。ですので自分なりに努力しようと思いまして、毎日お弁当を渡しています」


返事をもらっていないという言葉に、ほっとした顔をするものの、すぐに表情を曇らせる。

わかりやすすぎて困る。


「その……驚いた。クローネ殿にはもっと相応しい方がいるように思えたのでな」


「国王陛下や王妃様に我が君の侍従を任されているといっても、私は平民です。分は弁えようと思っていたのですが、メーアの侯爵家の出だというのにパラスト殿は、爵位を自分から取るために友好国のブリューテにまで来られた。御自分の力を試すために。現在は縁類の子爵家に住まわれているので、最初は自分などとと悩みましたが、初めて人を好きになったのです。届く方であるのなら努力をしてみるべきだと思い直したのです。パラスト殿の傍にいると常に笑っている私がいる。パラスト殿といれば、いつでも笑っていられるような気がしているのです」


唇を噛んでアンはクローネの話を聞いていた。

だが、その瞳は嫉妬が渦巻いている。

本当に本当にわかりやすくて、可愛い人だ。


「ですが、貴族であるパラスト殿の御両親が私などを許してくださるかどうかは不安ではありますが、ここはブリューテですし、あまり気にせずにいこうと思います。それでは」


「あ、ああ……」


一礼して去るクローネの背後から、アンの視線は途切れなかった。

ダイスを振る必要はない。

単純だから難しいことなど一つもないだろう。

種は蒔いた。

後はどう花が芽吹くのかを待つのみだ。




数日後、パラストとアンの間にローダン家からの申し込みで縁談の話が持ち上がっていると、王宮内に話が駆け巡るのを、クローネはもう花は咲いたのかと思うだけだった。


(ローダン家からの申し込みといっても、実質アン殿の頼みでしょうに)


パラストがまだアンを好いているのかは実際の所、どうかわからない。


(勝負ですね、アン殿。どちらがパラスト殿を手に入れるのか。でも、私はアン殿よりも動いてくださる方が多いのですよ。それに)


クローネのことを知っていての縁談の申し込みがなにを意味しているのか、アンは気付いているのだろうか?

きっとローダン家は知らないのだろう。可哀相なことだ。


笑みを隠して、クローネはこちらに駆けてくる宮女達に視線を投げた。

きっとパラストの縁談のことを知らせるために。

クローネの心配をして。


(すぐに自滅しないでくださいね。それでは戦いがいがありませんから)










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