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diceをふるのは公爵令嬢でも国王陛下でもなく  作者: 秋月篠乃
第2章 小さなお姫様が「国を燃やして」、と呟いた 【国取り編】
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第5話 二の目は我が子を愛する為政者に杯を

今回は少し短めです。

「簡単なゲームです。いかがでございますか?」


うっすらと生気のない瞳でクローネが笑いかければ、ウォルケンの前国王であるシュバーンは一瞬だけ目を見開いた。

だが、すぐにその動揺を胸の内に押し隠す。

瞳すら揺らがせない、その気高さにクローネは拍手を送りたい気分になってくる。


「…………拒否権はないのだろう。聞いてくるな」


「いいえ、拒否権はございます。もし拒否されたのなら拒否させない理由は幾通りも考えてございます」


「それはないのと同じことだ。早く説明をしろ」


「ルールは至極単純です。このダイスをふって先攻後攻を決めて相手に質問をしていくだけです」


「質問?」


「はい。必ずその質問には答えなければなりません。そして、答えられない場合失格となり、これを飲んでいただきます」


そう言い終えて、クローネが懐から取り出したのは赤い液体が入った小瓶だった。

クローネはそれを机の上に置くと、手に持っていたダイスをネックレスから外して同じように置いた。


「……それ、はずせるの?」


クローネ以外誰もいないと思っていたのだろう。

先程よりも驚きを露わにしたシュバーンに、クローネはクローネの背後に隠れていたイフェルを促した。


「言い忘れておりました。ゲームの対戦相手は私ではございません。こちらの方です。ですが、このゲームで私共が負けた場合は私がこの小瓶の中身を飲ませていただきます」


イフェルの姿を見て絶句したシュバーンにかまわずにクローネは話を進めていく。

イフェルは無表情で椅子に座り、じっと祖父であるシュバーンを見つめる。

嫌いだと言っていた通り、イフェルの瞳の奥は嫌悪の色が色濃い。

そんな孫をシュバーンは見つめて、クローネを睨みつける。


「……悪趣味な……!」


「否定致しません。ですが、そうでなければ楽しくはないでしょう?」


「わたしからふっていいの?」


クローネとシュバーンの会話をまるっと無視してイフェルはダイスをふる。

出た目の数は四だった。


「さあ、どうぞ」


クローネが差し出したダイスを忌々しいと奪い取り、ふって出た目の数は六。

先行はシュバーンに決まった。


「先攻後攻が決まりました。それでははじめます。合図はどういたしますか?」


「クローネがかけ声をかけて」


「承知致しました」


クローネが「スタート!」と掛け声を上げる。

シュバーンから、なにか質問をしなければいけない。

この目の前に座る孫娘に。


「……いままでどこに隠れていたのだ?」


「クローネがぬけだしたところを見つけてくれて、ブリューテの馬車のなかにいた」


クローネと一緒にいるのだ。

匿われていたと推測するのが正しいが、ウォルケンにとって最悪の事態にシュバーンは顔を手でおおう。

なにもかも知られている。

あの若き王太子に、なにもかも。


「つぎはわたし。お母様を殺したのはどうして?」


「…………フェアートが暴走した。誰にも知られたくないと。儂が知った時にはすでにあの娼婦は離宮に繋がれていた。……それを最終的に許してしまった」


「…………」


「……お前のことをヴォール殿下は知っておられるのか?」


「知ってる」


わかっていても聞かずにはいられなかったのだろう。

顔をおおっていた手が微かに震えている。


「レーレィをとじこめたのはどうして? お爺様はレーレィが無実だって知ってたはず」


「…………フェアートが望んだからだ。それ以外ない……」


一国の王である前に一人の親。

だが、親である前に王であるなら許されないことがある。

その一線をシュバーンは越えてしまった。

この程度かとクローネは思う。

これほど愚かならば、ゲームはムダだっただろうか。


「……レーレィ侯爵令嬢を慕っていたのか?」


「あたりまえのことを聞かないでほしい。だれよりも好きだった。レーレィをとじこめたのはいいけど、どうして死なせたの? お父様との婚約なんてはきすればよかったのに」


「レーレィ侯爵令嬢はフェアートを好いていた。それに婚約の破棄など令嬢にとっては、」


「ちがう!」


シュバーンの言葉に怒りを抑えながら聞いていたイフェルだったが、激昂して椅子から立ち上がった。


「レーレィはお父様なんて好いてなかった! 王命だったから! だから婚約したって言ってた! あんなおろかでばかな人、好きになるわけない! レーレィが好きになるわけがない! 自分のことしか見てないような人!」


「そこまでです。あまり大きな声を出されないでください。この辺り一帯に香はまかれていますが、いつ誰が気付くかわかりません」


叫び過ぎて肩で息をするイフェルを落ち着かせてシュバーンを振り返れば、衝撃を受けた顔をして微動だにせずに固まっていた。

きっとイフェルが言ったことは真実だ。

王命により王子の婚約者となったレーレィはフェアートに恋愛感情など微塵も抱いてはいなかっただろう。

それでも貴族の令嬢としての勤めを果たそうと懸命に王妃教育をこなした。

それが、シュバーンにはレーレィがフェアートを好いていて頑張っていると映ったのであれば、なんと滑稽なことだろう。

一番、国の犠牲になったのはレーレィだったというわけだ。


「さいごのしつもん。わたしの名前、お爺様は知ってる?」


「……………………」


長い沈黙。それが答えだった。

ゲームオーバーを告げようとしたクローネだったが、先に動いたのはシュバーンだった。

小瓶を手に取り、一気に口の中に押し込んだ。


「っ!……ぐえおっ!?」


入っていたのは劇薬。喉を焼き、四体に激痛を走らせるほどの。

もがき苦しむシュバーンは車椅子から転げ落ち、イフェルを仰ぎ見た。

口からは泡を吹き出して、それでもなにかを言いたいのか口が動いている。


「イ……フェ、ル……」


目を見開いたイフェルの目の前で動かなくなった体は、まるで糸が絡まったマリオネットのように足を交互にさせ、手足がよじれている。

それほどの劇薬。

クローネは小瓶を見て、取り扱いには充分に気をつけなければと考える。

それにしても。


「意外でございました。イフェル様の名前をご存知ではないかと思っておりました」


それなのに答えなかったのは、孫が望むのが己の死だとわかっていたからだろうか。

イフェルの名を口にした瞬間、久々に心が躍った。

なのに自ら死を選ぶなんて惜しい。


「イフェル様の次に私が遊ぶ予定でしたのに。残念でなりません」


「……ただ逃げただけ。わたしから」


「そういう捉え方もございますね」


「クローネのかんがえはちがうの?」


「結局は御自分のことしか考えていなかった。それだけでしょう」


シュバーンが死んだことにより、同盟は確実に白紙になる。

それがわかっていながらもイフェルが叫ぶ真実に耐えきれずに死を選んだ。

国を思う気持ちも本物。

息子を愛する気持ちも本当。

孫を愛する気持ちがあったのも事実。

けれど、自分が一番可愛かった。

自分を一番苦しみから助け出したかった。

それがすべて。


(まあ、予想外ではありましたが中々に楽しめましたよ)


クローネは燃え残った香がある香炉を寝台の近くの台の上に置き、踵を返す。


「イフェル様、参りましょう。長居は無用です」


クローネもイフェルも、振り返ることはせずに扉から静かに出て行った。

歪な死体を残して。










昼間だというのに空はどんよりと一面に雲が群がり、今にも雨が降り出しそうだ。

揺れる馬車の中でヴォールとフェアシュタはウォルケンの王都を出るまで一言も声を発しなかった。

きっと縋るように馬車を見送った大臣達、そしてウォルケンの民達の顔が過ぎっているのだろう。


前国王、シュバーンの遺体が見つかったその日に、ヴォールは出立を決めた。

前国王の自殺に城内が慌てふためくなか、ヴォールはフェアートに挨拶もそこそこにブリューテの帰路をクローネ達に命令して、呆然とするウォルケンの面々を置き去りにするようにして出てきた。

ウォルケンの王都を出た辺りで、ようやくヴォールは重い口を開く。


「誠実そうに見えたのだがな……。前国王は」


「誠実であったと思います。ですが、イフェル様の御言葉はあながち間違いではないでしょう」


逃げただけ。

あの夜、なにがあったのか。クローネは嘘を織り交ぜながらヴォールとフェアシュタ、それにパラストには説明をした。

馬車まで行くとイフェルの姿がなく、焦ってクローネは探し回ったが、見つからずにいるとイフェルが戻ってきた。事情を聞いて、すぐにシュバーンの元へと行ったが、そこにはすでに死んでいるシュバーンしかおらず。

イフェルが離宮から持ち出した香炉を寝台の近くに置いて出てきたということを。

イフェルもクローネの嘘に馬車の中で相槌を微かにうち、レーレィの真実を告げたら小瓶の中の液体を飲んで死んだとヴォールに話してくれた。


「クローネさんの考え方も真実に近いのではないかと思います」


「ですが、人間は自分が一番大事というのは本能に近いことだと思っております。ウォルケンの前国王陛下はその衝動に従ったのです。私は一国の前国王陛下としてはどうかと思いますが、一人の人間としては、その逃げた気持ちを肯定せずにはいられません」


「クローネさんは優しいですね」


「そんなことを仰ってくださるのはフェアシュタ様だけでございます」


フェアシュタの言葉を聞いたら、話し疲れてクローネの膝を枕にして眠っているイフェルはありえないと言葉にするだろう。

優しいからわかるのではない。

人を観察対象としているからわかるだけのこと。


「バオムはどう動くか……」


ぽつりと漏らしたヴォールの一言にフェアシュタは言い難いという顔をする。

ヴォールだって、それぐらい本当はわかっているだろうに。


「攻め込みます。まず間違いなく。我が君、我が君が守るべきはブリューテの民達と国です。ウォルケンのことまでは面倒は見きれません。自国ではないのでございますから」


「……わかっている」


それでも、どうしても考えてしまうのだろう。

王都を去る間際のウォルケンの民達の、城の大臣達の、あの絶望を含んだ顔が。

頭のいい人間なら誰だってこの先のことをわからないはずがない。

ウォルケンの行く末がどうなるのかを。


(さあ一国の王であるフェアート国王陛下は、どう動くのでしょうね。そして、ローザ王妃様、期待していますよ。華麗に躍ってくださいね)


「……悪魔対愚女……けっかはわかりきってる」


まるでクローネの心を読んだように眠っていたイフェルが呟く。

イフェルの背中を擦っていた手が、僅かに興奮で震えていたようだ。


「あら、イフェル様、起きたのですか?」


「いえ。寝言を仰っただけのようです」


狸寝入りをするイフェルに苦笑しつつ、結果がどうであれ、とクローネは思う。


(どれだけ愚かに動いてくれるのか楽しみではありませんか)




ヴォール達がウォルケンを去ってから一月もしないうちに、バオム興国がウォルケンに宣戦布告を宣言。

ウォルケン国劣勢のまま、戦争がはじまった。











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