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diceをふるのは公爵令嬢でも国王陛下でもなく  作者: 秋月篠乃
第2章 小さなお姫様が「国を燃やして」、と呟いた 【国取り編】
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第4話 「悪魔が人間を好きになるの?」と小さなお姫様は思う

日の出の前の早朝からウォルケンの城内は妙な緊張感に包まれて、慌ただしい。

忙しなく行き交う兵士達や女官達の姿に、クローネとパラスト達は理由を聞き回った。


『トロプフェン侯爵子息が親睦会の会場から戻ってこないと、侯爵家から連絡があった』


馬車を帰らせて城に残ったギフテンが、夜明け近くになっても帰ってこないことに不審がった侯爵当主から、まだギフテンは城にいるのか確認してほしいと大臣達に知らせてきたらしい。

もしかしたら、もう城にはいない可能性のほうが高いかもしれないというのに、大臣達が急いで城を確認するように伝達を出したのは、あることを危惧したからだ。

ローザとギフテンがいかがわしい関係であるかもしれない。

一国の王妃にそんな事実があれば、国の命取りになりかねない事態だ。

今はバオム興国と緊迫した情勢が続いている。

バオム興国がそんな醜聞を聞いたら、やはりウォルケンの王妃は王妃の器ではないと、無礼を働いたことを理由として戦争を仕掛けてくるかもしれない。

ブリューテの王太子であるヴォールが同盟を結ぶためにウォルケンを訪れていることが幸いして、バオムは現在大人しいが、それでも同盟を結ぶまで気が抜けないのが現状だ。

けれど、国王と王妃であるフェアートもローザもなぜ大臣達がこんなにも必死になっているのかわからないという顔をしている。

確かにブリューテとの同盟は必要だが、なにをそんなに急いているのかと問われて口を開けたまま呆けてしまった大臣の一人は、数日後に大臣職を辞した。

他の大臣達の心中も辞した大臣と同じで、すぐにでも辞めると願い出たい。

でも、それでは国が立ち行かなくなってしまう。

生まれ育った国が朽ちてゆくのは見たくない。

今残っている大臣達が城に居続けるのは、その思いがあるからだった。


ほどなくして城の隅々まで探せと命じていたおかげか、ギフテンは見つかった。

レーレィとフェアートの庶子である姫君が押し込まれている離宮で、無残な姿となって。

その現場に駆けつけた大臣の一人は、何本もの矢に貫かれているギフテンを見て、吐き出しそうになるのを堪えた。

兵士達の中には本当に吐き出す者までいて、そんな者を叱責して罠の解除をして離宮に踏み込めば、そこには娼婦とレーレィの遺体はあったが、姫君の姿はどこにもなく。

ただちに国王であるフェアートに、その事実は伝達された。


「そんなバカなっ!」


「事実でございます。国王様。姫君の遺体はおろか、姿さえ確認できていません。離宮を抜け出されたと考えるのが自然です」


まだ八歳の少女だ。放っておけばいい。

そう言えたら、思えたら、どれだけ楽か。

名前さえ与えなかった娘が消えた訳。

そんなのは一つしかない。

フェアートに復讐するため。

それ以外になにがある?


「フェアート様……」


不安がるローザを抱き締める。

この愛しい最愛のローザを守り通さなければいけない。

怖気づいている暇はないのだ。


「ローザ、君は必ず私が守るよ」


「フェアート様……」


八歳の少女の足で逃げ出せる範囲は限られている。

捜索隊を出して町中を徹底的に探し出せばいい。

そう安易な考え方をしていたフェアートだったのだが。




「ご説明をお願いできないでしょうか? フェアート国王陛下」


十四歳とは思えない落ち着いた、だが怒りを含んでいる声を出してフェアートを見つめるヴォールに、フェアートは汗をかいて大臣達に説明をさせようとした。

しかし、それは簡単に一蹴される。


「ご自分で詳しく話せない事情でもおありですか? それとも本当になにもわかっておられないのですか? だとしたら王としての資質を疑わざるおえませんよ、フェアート国王陛下」


冷たい声音にフェアートの隣に座るローザが怯えている。

こんなことで怯えるような王妃など、国にとって恥以外のなにものでもないだろう。

ヴォールに寄り添うフェアシュタは落ち着いて事の成り行きを静観している。

最終的にはヴォールが判断をくだすこと。

ヴォールがもし感情的に動けば止めるが、間違った答えは出さないだろうと信頼しているのだ。


「……同盟締結に関しては考え直したほうがよろしいでしょう」


「お、お待ちください!」


「ではすべてのご説明を。私共が滞在している間に城で人が死ぬなど、奇怪でしかない。しかも遺体が見つかったのは城の外れにある離宮だと伺っています。そこにフェアート国王陛下、貴方の元婚約者である侯爵令嬢の死体があったと」


ヴォールのその言葉に、フェアートとローザ、大臣達は動揺した。

他言無用、ブリューテから来たヴォール達には絶対に知られてはならないと箝口令を強いたはずだというのに、どうして。

そんなものクローネがとうに調べ上げてヴォールに報告していた。

こんな非情で身勝手なことをする国と同盟など結べないと言い切ったヴォールを宥め、出方を伺おうと提示したのはフェアシュタとクローネだった。

イフェルのこともある。

少しでも誠意を見せるのであれば、ブリューテの名を背負ってウォルケンにいる今、感情的になるのは避けるべきだとヴォール自身も考え直した。

なのに強く追及しても真相を話そうともしないフェアートに苛立ちが募っていく。


自身の娘をあんなところに押し込めていた人でなし。

自分の子を身籠ってくれた、例え娼婦であっても、女性を手錠と足枷で拘束して餓死させた罪。

なんの咎もない元婚約者を理不尽に死なせた愚かしさ。


これが一国の王のする行いなのか。

顔を険しくさせてゆくヴォールに焦るばかりのウォルケンの面々だったが、突然玉座の間の扉が開き、車椅子に乗った人物がゆっくりと近づいてくる。

初老の老人は威厳と気品を併せ持つ独特の雰囲気を醸し出していた。


「ち、父上!?」


フェアートの驚きの声に、ヴォールとフェアシュタも驚いて車椅子の老人を見る。

国王を息子に譲ってから、あまり表舞台には出てこないと有名な話であった前国王は、ヴォールの前までゆくと頭を下げた。


「お初にお目にかかる、ヴォール殿下。この度のこと深く申し訳ないと思っております。できるならすべてを説明する時間に、後一日か二日の猶予をお願いしたい。勝手な話だと重々承知の上での願いです。どうかこの老体に免じて聞き届けてはくれませんか?」


ウォルケンの前国王に真摯に頭を下げられて言われれば、ヴォールは苦い顔をしながらも頷く他ない。

自分の息子よりも若い隣国の王子に頭を下げられる潔さは誠実だと思わざるおえない。フェアートはそんな父親を見て顔を青くさせていることしかできないというのに。


ウォルケンの前国王時代にブリューテは両国で友好的な関係を結びはじめた。

名が轟くような賢い王ではなかったが、国にとっては良き王だと、他国からの評判は悪くはなく。

なのになぜ常識ある前国王から、このフェアートが生まれたのか不思議でしょうがない。


ああ、それはブリューテではレクスィを指す事柄かもしれない。

クローネはヴォールとフェアシュタの後ろに控えながら、笑いたくなってくるのを堪える。

平凡な人には平凡な子供が生まれるなどというのは思い込みにすぎない。

どれだけ素晴らしい人間の子供でも素晴らしく育つとは限らない。

この世は不条理なことだらけ。

まさしく子供というのは、その典型ではないか。


「……わかりました。後二日、お待ちいたします。誠実なお答えを期待しております」


ヴォールの折れた一言で、その場はなんとか事なきを得たウォルケンの面々、特に大臣達はフェアートを置いて、前国王にかしずく。

それをフェアートはただただ見ているだけだった。










「……お爺様は嫌い」


ヴォールの許可を得て、未だ対応に追われるウォルケンの玉座の間から退室してすぐにイフェルを匿っている馬車にクローネはきていた。

見つかってはいないだろうとは思ったが、やはりこれだけ城内で人が行き来をしていると危ない。

けれど、逆にこの騒がしい最中だからこそ動ける利点もある。


「今夜動くのは少しだけ骨が折れそうですが、大丈夫でございますか?」


「……だいじょうぶ」


イフェルの決意は揺らがない。

クローネも楽しみを捨てる気は更々ない。

今夜のことを考えて薄く笑ったクローネだったが、突然馬車の扉がコンコンと二回ノックされ、誰かが入ってきたことにより、笑みは消える。

だが、すぐにクローネの顔は好意的なものに変化した。


「パラスト殿!? どうされたのですかいったい!?」


声を抑えながらも隣に座ってくるパラストにヴォールになにかあったのかと詰め寄れば、パラストはその近過ぎる距離に途惑ったのか顔を赤らめて、口を開く。


「ヴォール殿下にクローネ殿を見てくるように頼まれたんですよ。今は城の中は人の出入りが激しいですから」


クローネにそう言い終えて、パラストはイフェルを見た。

イフェルも、じっとパラストを見つめている。


「初めまして。パラスト・ツヴェルグと申します。ブリューテ興国にて騎士団に勤めております」


頷いたイフェルに、パラストは警戒されていないことに安心して持ってきた箱をクローネに差し出した。


「フェアシュタ様からです。イフェル様に差し上げてほしいと」


「フェアシュタ様らしいお心遣いですね。イフェル様、ケーキはお嫌いではないですか?」


「……好き」


「すぐにご用意しますね」


箱を開き、クローネは綺麗な紙を取り出して、その上にケーキをのせる。

そうしてイフェルに手渡しながら、パラストにもケーキを手渡した。

箱の中にはケーキと一緒に『クローネさんとパラストさんも召し上がってください』と書かれた紙があったのだ。


「自分までいいのですか?」


「フェアシュタ様から自分達にもと書かれた紙がありました。これは誰かがフェアシュタ様の命で買ってこられたのですか?」


「ええ。宮女の一人が評判の店で買ってきたらしいです。でも、クローネ殿の作るケーキのほうがおいしいと思いますが」


「それは遠回しなプロポーズですか?」


「ぶっ!? 違いま……もがっ!?」


「お静かに。パラスト殿、恥ずかしがると声が大きくなるのはかまいませんが、今はダメです」


クローネが持っていたケーキを半分無理矢理口に押し込んだクローネは、パラストが頷いたのを確認すると、パラストの口からスプーンを抜き取った。

そうして、そのままそのスプーンでケーキを食べはじめる。

間接的なキスになるのにまったく動じないクローネにパラストがみるみる顔を真っ赤にしていく。

それを眺めていたイフェルは初めて見せる驚きの表情で、クローネとパラストを交互に見る。


「パラストはクローネの恋人なの?」


「はい」


「ぶへっ!?」


直球の質問に直球で返したクローネに動転して、パラストは手を滑らせてしまい、落ちる寸前だったケーキを守ろうとして、手ではなく顔で受け取ってしまう。

そもそもどうして手に持っていたケーキが滑っただけで空を飛ぶのか疑問だ。

そんなパラストを一瞥して、イフェルはクローネに向き直る。


「意外でございますか?」


「……うん。すごく、とっても。どこがいいの?」


「この残念なところです」


「…………反論できないのが辛い」


「パラストはクローネのどこがいいの?」


「は!?」


「パラストはクローネのどこがいいの?」


「私も伺いたいです。好きとは仰ってくださいましたが、どこを好きになってくださったかは教えてくださっていません。私はちゃんと言いましたよね」


「いや! それは……!」


「クローネのどこがいいの?」


「教えてください。パラスト殿」


クローネとイフェルの攻めにたじたじになったパラストは、とうとう顔にケーキを貼り付けたまま馬車から逃げ出してしまった。

叫ばなかっただけ後で褒めようと考えていると、イフェルがクローネを意味ありげに見つめていることに気付く。


「イフェル様、どうかされましたか?」


「……ほんとうに好きなの? パラストのこと?」


「好きですよ。色々と笑わせてくださるところは特に」


「……ほんとうの好き?」


「どうでしょうか?」


首を傾けたクローネにイフェルは手元のケーキに視線を戻して食べはじめる。


「……かわいそう、パラストが」


「心外でございます。私の全力を持って幸せにするつもりですよ」


「それはパラストがいう言葉だと思う」


イフェルの言葉にクローネは心底おかしそうに笑った。










深夜だというのに車椅子から移動せずに、ウォルケンの前国王は静かに目を閉じていた。

カタリとなにか物音がして目を開けると、そこには今日、玉座の間でヴォールの後ろに控えていた侍従であるクローネがいた。


「勝手に忍び込んでしまい申し訳ございません。クローネ・オルクスと申します」


「……見張りの者は?」


「眠っていただいています。この辺りに近づけば眠り薬の入った香炉から出る香りで、皆が眠るようにしてあります」


じっとクローネを見つめてくる前国王は、まるで誰かがくることを予知していたかのように落ち着いている。

これは中々に楽しめそうだ。

クローネはネックレスのダイスを取り出し、掲げてみせる。


「私と賭けをいたしませんか?」


(過ちを貴方はどう正す? さあ、選んでみせて)











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