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diceをふるのは公爵令嬢でも国王陛下でもなく  作者: 秋月篠乃
第2章 小さなお姫様が「国を燃やして」、と呟いた 【国取り編】
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第3話 一の目は侯爵子息に無数の制裁を

ウォルケンに訪れて五日目、この日はウォルケンの貴族達や豪商が呼ばれ、ウォルケンに滞在しているヴォールとフェアシュタを歓迎するための親睦会が王宮で開かれていた。

主催はフェアート国王で、容姿だけはいいフェアート国王とローザ王妃は宴の華となっている。

けれどそれが、ヴォールとフェアシュタが会場に足を踏み入れた瞬間には様変わりした。

麗しい容姿だが、けっして女性のような、か弱い印象を与えないヴォールと、洗練された美しさを放つフェアシュタ。

なにもかもがウォルケンの国王夫妻を凌駕していた。

半年前よりも幾分か背の伸びたヴォールのエスコートで入場するフェアシュタにウォルケンの貴族達は感嘆の溜め息をもらす。

会場の注目を集められないのが不服なのか、ローザは少女のように頬を膨らませている。

それをヴォールとフェアシュタの後から続いて入ってきて見てしまったクローネは、呆れを顔に出さないようにしてはいたが、一国の王妃の器になりきることのできないローザを早々に始末したい衝動に駆られてしまう。

まあ、こちらに害がなければいいと思いながら周囲を見回し、目的の人物を視界に捉えて、クローネは集めた情報を照らし合せて、間違いないと確信する。

トロプフェン侯爵子息。

レーレィの兄であり、妹のレーレィを見捨てた者の一人だ。

男らしく均整のとれた容姿をしているが、欠点が運動音痴だとイフェルがレーレィから聞かされていたらしい。乗馬すら上手くないのだとか。

そんなトロプフェン侯爵子息、ギフテンは熱い眼差しを王妃であるローザに送っている。

そんなギフテンの熱すぎる視線に気付いたのか、ローザはギフテンに振り向き笑顔を見せた。

途端、嬉しそうに頬を上気させるギフテンを、クローネは傀儡だと思う他ない。

色々と面倒な場だと、クローネは隣にいるパラストの足を誰にも悟られないように踏みながら思っていた。

片足を踏まれたパラストは悲鳴を押し殺しながら、涙目でクローネを睨む。


「もう少し手加減をしていただけませんか、クローネ殿……!」


「加減をしてしまったら、意味がありません。この場での失態は許されないのです。我が君の許可もいただいておりますし諦めてください。踏まれたくなければ転ばないよう、人にぶつからないよう、顔を柱や床に誤って打ちつけないようにしてください」


「……自分のクローネ殿の中での評価が気になりますが、怖くて聞けません」


「本当だったら、こういう時は思いっきり笑わせてもらいたいのですが」


「笑わせるために転んでいるわけではありませんから!」


間抜けな失態を犯さないようにパラストの見張りをヴォールから仰せつかったクローネは小声でパラストとそんな会話を繰り広げる。

まあ、長時間続く親睦会でないのなら、なんとかパラストの残念さは発揮されないだろうと予想しながら、ウォルケンの貴族達と挨拶を交わすヴォールとフェアシュタを見つめた。

高位の爵位の者達から順々に続いてゆく挨拶を丁寧に御礼を返しながら繰り返してゆく。

これが終われば、やっと息抜きができる二人のために、なにか飲み物を用意しておこうとクローネが動こうと思った矢先、ようやく挨拶を終えたヴォールとフェアシュタにフェアートとローザが声をかけた。

笑顔で語り出すヴォールとフェアートの隣でローザがフェアシュタに話しかける。

その時、ローザの持っていたワインのグラスが微かに揺れたのを見て、クローネは瞬時に体が動いていた。


「フェアシュタ様!」


フェアシュタの前に庇うようにクローネが前に出た瞬間、バシャリと水が跳ねるような音がした。


「クローネ! フェアシュタ嬢!」


「クローネ殿!」


ローザの手から離れたワイングラスの中身はクローネの白い従者服を葡萄色に汚し、顔にまでかかってしまっていた。

咄嗟に顔をそらしたが、左頬に温かいものを感じる。

ポタリと顔から落ちた滴は、微かにお酒の香りがして、あまりお酒を好まないクローネには今の状況と相まって不快な気分にさせられそうになる。


「クローネさん!?」


なにがなんだかわからないフェアシュタに「大丈夫です」と笑い、クローネは落ちたワイングラスの破片を集めはじめる。


「わ、私、手元がぐらついてしまって……! ごめんなさい……!」


泣きそうな顔をするローザにクローネは笑った。


「私は大丈夫ですので、お気になさらないでください。フェアシュタ様にもワインはかからなかったのですから」


そのクローネの一言に、大臣達が数人飛んできた。

ローザに代わって謝るフェアートすら押しのけて、大臣達も頭を下げてくる。

フェアートはそれに不服そうな表情を見せる。

王妃も王妃なら国王も国王な国だ。

何度も何度も床に頭を擦りつけるような勢いで謝罪してくる大臣達の苦労がしのばれる。

ローザの行いがわざとだと気付いているのだ。

ローザ自身よりもフェアシュタが注目を集めているから。美しいから。

理由はそんなところだろう。

国力も領土もなにもかもが上のブリューテの王太子の婚約者、次期王妃にする行いではない。

それがわかっていないフェアートとローザに青い顔をしている大臣達に、この二年で大臣達が何人も入れ替わっている事実に納得せざるおえない。

きっと辞した大臣達はもうウォルケンにはいないだろう。

この国は遠からず終わると確信して辞めた者ばかりだろうから。

国を見捨てない者は辞めることはない。

この残っている大臣達もいつまで持つのか。


「我が君、着替えてまいります。少しの間お傍を離れますが、御容赦くださいませ」


「気にするな。早く行ってこい」


「はい。パラスト殿、我が君とフェアシュタ様のことを頼みます」


「ああ、大丈夫だ」


一礼して会場の出口に向かう途中、貴族達の囁き合う声がクローネの耳に聞こえてきた。


「王妃様って以前レーレィ侯爵令嬢にワインをかけられたって泣いていらっしゃらなかった?」


「自作自演だろう。皆気付いているさ。気付いてないのは国王だけ。王妃様の恋の奴隷だからな」


「いやだわ、失礼よ。そんな言い方!」


恋の奴隷。

確かにその通りなのだろう。

会場を出たクローネは着替えるために足早に滞在している部屋に向かう。

途中ですれ違った女官がクローネの恰好を見て、慌てて持ってきてくれたタオルで顔を拭きながら、ある一室の前を通り過ぎる際、素早く扉に手紙を滑り込ませた。

何食わぬ顔で歩き続けるクローネの瞳は爛々と輝き出す。


(始めましょう。復讐を)










親睦会が終わり、ほとんどの貴族達が馬車に乗り、帰路につこうとするにも関わらず、ギフテン・トロプフェンは城の奥にある古びた離宮の前に佇んでいた。

馬車を先に家へと帰し、人目をかいくぐってここまできたギフテンの体は微かに震えている。

その手にはしわくちゃになった紙が握られていた。

しわしわになった紙を広げると、裏口から来てほしいと書かれている。

差し出し人の名前はレーレィ・トロプフェン。

妹の字に間違いないその手紙に動悸が激しくなる。

帰る前に城で休んでいこうと貸し与えられていた一室に入った時に床に落ちていた手紙。


『わたくしのいる離宮まで、どうかお越しください。必ず裏口から。来ていただけない場合、どうなるかはお兄様しだいです』


用件だけしか書いていない手紙だったが、ギフテンの足を離宮に運ばせるには充分なものだった。


レーレィは死んだはずだ!


ギフテンは叫び出したい気持ちを堪えて、裏口から離宮へと入っていく。

入った直後に臭ってきた悪臭に鼻をおさえる。

人が死んでいる。

だからここまで臭うのだ。

入りたくないと躊躇う足を心の内で叱責して動かす。

ゆっくりと歩を進めて二階の踊り場までさしかかった時だった。


「やはり来られましたね。腰がひけておられますが、それでも来なければならないほど、やましいなにががあるのでしょうか?」


綺麗で強い声が頭上から響いて驚いて顔を上げれば、三階の踊り場の手すりに肘をつき、こちらを楽しげに見ている人物がいた。

今日の親睦会でも見た顔。

ローザとは違う怜悧な美しさがカーテンの隙間から差し込む月明かりによく映える。


「ご挨拶がまだでしたね。初めまして、ギフテン・トロプフェン侯爵子息殿。ブリューテ興国王太子、ヴォール殿下の侍従を務めております、クローネ・オルクスともうします」


ニッコリと場にそぐわない笑顔でギフテンを見つめてくるクローネに、なぜだか背筋が凍えてくる。


「……貴様か、手紙を送ってきたのは」


「ある方から頼まれたのです。ギフテン侯爵子息殿に渡してほしいと。おわかりでしょう? 貴方様の妹君からです」


「嘘だ!」


断言するギフテンにクローネは首を傾げる。


「どうしてでしょうか? そう言い切れる根拠をお持ちなのですか?」


「レーレィは死んだ! ローザが教えてくれたんだ! フェアートも! もう半年も離宮から顔を出していないと!」


「根拠をお持ちなのですか? とお伺いしました。根拠になっておりません。しかし、フェーアト国王陛下もローザ王妃様もギフテン侯爵子息殿が仰られている御様子から遺体の確認などはされていらっしゃらないのですね。それで死んだなどと……なんとも都合のいい思考回路ですね。驚いてしまいました」


「ローザを馬鹿にするな! ローザは王妃だぞ! 一介の王子の従者が一国の王妃を……!」


「ギフテン侯爵子息殿こそ、ローザ王妃様を呼び捨てなど許される行為なのですか?」


「っ……!」


「関係のない話はここまでにいたしましょう。レーレィ侯爵令嬢様に会わせるのは簡単なのですが、聞いておきたいことがございます。どうして妹君であるレーレィ侯爵令嬢様を見捨てられたのですか。ギフテン侯爵子息殿、貴方にとってはたった一人の妹君だというのに」


「ローザを傷つけたからだ! それに父上も母上もいつもレーレィと俺を比較して……! どうしてこのオレが妹で女のレーレィより下に見られなければいけない! 誰もかれも皆!」


「嫉妬ですか……。そんなもので潰えてしまう家族愛しかお持ちでないとは、お心が貧しいのでしょう」


「貴様になにがわかる! 知った風な口を聞くな!」


「わからないからわかることもあるのですよ。けれど、なにを言っても無駄なのでしょう。貴方様には」


歯軋りをするほどクローネを睨みつけてくるギフテンにクローネは残念だと肩を落とした。


「もう話すこともございませんね。では、時間も限られておりますので済ませてしまいましょう」


ガチャリとクローネは暗闇の中で金属音がするものを手にして、ふわりと三階の踊り場からギフテンのいる二階の踊り場に飛び降りた。

そして、狼狽えるギフテンの腕とクローネの右腕を錆びついた手錠で拘束した。


「なっ、なにをっ!?」


「逃げられては困りますので。さあ、私と一緒に遊びましょう」


微笑んだクローネは生気のない瞳をしていて、悲鳴を呑み込んだギフテンは逃げようとするが、手錠に繋がれていて逃げられない。それならクローネごと引き摺ろうとするものの、クローネを動かすことができない。


「逃げられては困ると言ったはずですが。これでは動けませんよ」


クローネは自分の腰に巻き付いている縄を指差して笑う。

三階の踊り場の柱に括りつけられている縄はかなり長い物で、この離宮を出るまでを考えても離れられそうにない。


「手錠の鍵はレーレィ侯爵令嬢様が持っております。ですので、私に掴みかかっても無駄でございます」


「このっ……!」


怒りに、拘束されていない腕で殴りかかろうとしたが、クローネの足がギフテンの鳩尾に入るほうが早かった。


「ぐあっ!?」


蹲ったギフテンにやれやれとクローネは嘆息する。

身長差があるせいか、ギフテンが蹲ってもクローネが転ぶこともよろけることもない。


「運動音痴と聞いておりましたが、たかが私の蹴り一つで動けなくなるとは情けないですね。護身術は学ばれなかったのですか?」


「……うるさい!」


ギフテンの返事など最初から期待していなかったクローネは、まだ蹲るギフテンを引き摺りながら、二階の階段を降りていく。

手錠で繋がれているギフテンはなんとかしようとクローネの縄を掴むが、刃物もなにも持っていないし、片手だけでは縄はあまりにも頑丈で外せない。

もし外せるとしても、クローネが引き摺って邪魔をするだろう。

打つ手のないギフテンを気にする様子もなく、クローネは一階の踊り場について、玄関ホールの前の扉まで辿り着いた。


「さあ、はじめましょう」


クローネが扉を開けると、この離宮にしては些か広すぎる玄関ホールが広がっていた。


「立ってください、ギフテン侯爵子息殿。今からここを通って外に出ます。ですが、ここには色々な罠が仕掛けられているので、簡単ではありません。罠にかかればすぐに死ぬと思ってください」


「は……?」


なにをいっているのかわからないとギフテンは思ったが、無理矢理に立ち上がらせられ、前に進むことを強要されては致し方ない。

外に出てからこの手錠はなんとかしようと思い、足を一歩踏み出した刹那、

玄関ホールに彫像として置かれていた甲冑の剣がクローネとギフテン目がけて飛んでくる。

素早く避けたクローネによって、剣は二人をすり抜けて一階の踊り場の壁に突き刺さった。

いったいなにがおこっているのかわからないギフテンとは対照的に、クローネは楽しそうに笑っている。


「一歩、歩いただけでこれですか……。確かに玄関からは入れませんね」


裏口から来てほしいというレーレィの手紙の意図がようやくギフテンにもわかって、汗が滝のように頬をつたう。

見られたくないものを隠すために、この離宮は建てられたのだと聞いている。

誰かに見られては困るからこその罠。

だから、このまま進めばどうなるのか、ギフテンは嫌でも理解できた。


「い、嫌だっ!」


「わがままを言わないでください。さあ行きますよ」


抵抗するギフテンを他所にクローネは足を踏み出した。

瞬間、床が抜け、ギフテンは暗がりに墜ちそうになる。

が、寸前のところでクローネが引っ張ってくれたおかげで墜ちることはなかった。

息が荒くなり、心臓の音がうるさく音をたてる。


「すごいものですね。ここに墜ちたら確実にあの世に行けますね」


クローネの感心しきった呟きに、おそるおそる後ろの抜けた床の辺りを見下ろして、


「ひいっ!?」


ギフテンは腰を抜かしそうになった。

床の底には暗闇の中で尖った先端が見える。

そこには渇いた血と骨になった遺体が幾つも見えた。

墜ちていたら間違いなく串刺しだった。


助けてくれ! 助けてくれ! 助けてくれ! 助けてくれ! 助けてくれ!

死にたくない! 死にたくない! 死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!


「では進みましょうか」


「い、いやだあ――!」


必死に叫んで暴れるが、どこになんの罠があるのかわからないせいで滅茶苦茶には暴れられず、困った表情をするクローネに、ギフテンは殺意が湧いてくる。

そして、ある打開策を思いついて、ギフテンは衝動のままにクローネを突き飛ばした。

同時に四方八方からクローネを標的になにかが飛んでくる。

やった! とそう思ったのも束の間、突き飛ばしたクローネがうっすらと笑んだ。


『ゲームオーバーです。さ・よ・う・な・ら』


クローネは思いっきり手錠を引っ張ると、錆びていた手錠は途中で鎖がはじけ飛んだ。

引っ張られた衝動でクローネのいた位置にギフテンは引き摺りこまれ、瞬時に足に忍ばせていたナイフで縄を切ったクローネは一階の踊り場めがけて先程の床の穴を飛び越えていく。

それをまるで流れるていく景色のように見ていたギフテンに、ものすごい衝撃で幾つもの矢が体に突き刺さった。


「があっ!?」


痛みで涙と鼻水が出て、崩れ落ちた体が言うことをきいてくれない。

必死で手を伸ばす先にクローネは佇んでいた。

にこやかに手を振るクローネにそのまま視界が霞んでゆく。







小さな頃はギフテンも愛らしい妹であるレーレィを可愛がっていた。

どこに行くにも兄である自分についてくる姿は微笑ましくて、この妹を守りたいと心底思っていたのだ。


けれど、その想いが崩れ去るのはあっという間だった。

七歳でレーレィが王子であるフェアートと婚約を結んでから王妃教育がはじまると、レーレィは周囲が驚く優秀さを見せつけ、なにもかも兄のギフテンよりも上にいくようになって。

父はいつもレーレィよりなぜ勉学も乗馬も上手くできないのかと詰った。

母は侯爵家の跡取りが情けないと落胆するばかり。

周囲の人間達も皆、レーレィとギフテンを比べた。

必死に勉学に取り組んでいい結果を出しても、上手く馬に乗って乗馬指導の先生に褒められても、すぐにレーレィはギフテンを軽々と超えていく。


苦しかった。

愛しいと思っていた気持ちは、レーレィさえいなくなれば自分は正当に評価されるのにというどす黒い思いに変わり、心を蝕む。

レーレィに話しかけられることさえ厭わしくて。

顔も見たくない。声も聞きたくない。

目の前から、この世から消えてなくなればいい。

そう願ってしまう己が、どれほど嫌だったか。


『ギフテン様は素晴らしいですよ! 素敵です!』


劣等感に苛まれていたギフテンを救ってくれたのは、ローザの眩い笑顔とその言葉だった。


『比べる必要なんてありません! ギフテン様はギフテン様だけの長所があるんですよ! それに私はできないことばかりなので羨ましいです!』


自分のどこか素晴らしいのかと自棄になって聞けば力説された。

嘘じゃないと言われて、その真剣さに涙が零れて止まらなくて。

ここにいていいのだと言われた気がした。

誰からも与えてもらえなかった優しさを、ローザが初めてくれたのだ。


ローザへの恋を自覚した時には、すでにローザの隣にはフェアートがいた。

唯一ギフテンの劣等感をわかってくれる高貴な身分の友人には敵わなかったが、それでもローザが幸せならいいと思った。

そんな感情は生まれて初めてで、幸福感が胸を支配していく。

ローザがいれば自分は変われる。変わっていける。


なのにレーレィはそんなローザに嫌がらせや中傷を繰り返した。

婚約者だからといって、繋ぎ止める魅力のなかったレーレィの責任じゃないか。

初めて妹であるレーレィを糾弾した時、胸のつっかえがとれた気がした。

演技で悲しそうな顔をするレーレィの浅はかさに嫌悪して、ローザの言い分通り離宮に追いやった。

前国王陛下だって許してくれたのだ。

これでなんの憂いもない。

そう思っていたのに。


父はレーレィがいなくなってからギフテンと一言も口をきかなくなった。

母はいつも泣いていてギフテンを見ようともしない。

使用人達の突き刺す視線が煩わしい。

他家にはレーレィが療養に行っているといって誤魔かしているが、毎日のようにお見舞いやらが届く。

もう二年になるのに一向にレーレィの存在が消えてはくれない。

もうレーレィはいない。

トロプフェン侯爵を継ぐのは自分なのだ!

なのに、どうしてローザやフェアート以外、俺を認めてくれない!


どうして! 俺は間違ってない!

どうして! 俺は間違ってない!

間違ってないんだ!







動かなくなったギフテンの亡骸を見ながら、クローネは振り返りもせずに口を開いた。


「御満足いただけましたか?」


「……自分も死ぬかもしれないのに、どうしてあんなことができるの?」


「楽しみたいと私は言ったはずです。それにどんな仕掛けが作動するのかは初めからイフェル様から聞いておりましたから」


イフェルの質問にクローネは腰に巻いていた縄をはずしながら答える。

だから大丈夫だったのだと。


「どんな罠があるのかレーレィとしらべたことがあったから。それでも危険なことにかわりはない」


「そうかもしれません。ですが、だからこそ私と一緒にここを出るのがギフテン侯爵子息殿にとって唯一生き残れる道だったのです。ですが、私を盾にした時点で、それは終わりです。もう少し粘ってほしかったですが、仕方ありません。それにしても、よく調べられましたね。この仕掛けを」


「とどくきょりは石を投げた。とどかないものは、ここにきた兵士をつかってた」


「ああ……。だから真新しい血がいくつかあるのですね」


兵士を犠牲にすることも厭わなかったレーレィは、もう皆の知っていた侯爵令嬢ではなかったのだろう。

愛する者に裏切られ、全てを失った。

壊れた心のいきつく先は一体どこだろう?


「さあ、夜明けがくる前にここを去りましょう。明日はもう一働きありますから、気が抜けませんね」


「……なにをするの?」


「明日のお楽しみでございます。今日は駒を動かしただけですので」


ギフテンの死体が近くにあるのに笑いながら、クローネはすでに遠くを見ている。

駒として扱われたギフテンをイフェルは可哀相とは思わない。

レーレィはもっと傷ついて、死んでいったのだから。



(駒は手の中に落ちました。さあ、どう動いてくれるのでしょうか?)


クローネはダイスを回す


(さあ、逃げ切って見せて)











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