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diceをふるのは公爵令嬢でも国王陛下でもなく  作者: 秋月篠乃
第2章 小さなお姫様が「国を燃やして」、と呟いた 【国取り編】
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第2話 悪魔の望みは国と享楽

少女を発見した翌日、書面でヴォールに一日で調べあげたことなどとともに、少女の身柄を保護した旨を書いた紙を見せると、ヴォールは驚愕の表情で紙を見つめて、室内の天井をあおぎ、溜め息を零した。

フェアシュタもその内容を見せられ、声を上げはしなかったものの、やはり困惑している。

パラストもヴォールから手渡された書類を見て目を見開き、何度も何度も紙を捲っている。


一応馬車に隠した後に容体を窺うと、衰弱も著しかったが、なにか毒を飲まされている形跡が肌に表れていた。

徐々に人を死に至らしめる毒はあまりない。

クローネが常備していた解毒剤を少女に飲ませて、軽い軽食を置いてきたが、後程また様子を見に行かなければならない。

クローネの報告にしばしの間考え込んでいたヴォールは、紙と万年筆を取り出して、サッとなにかを書いてクローネに手渡してきた。


『ここに書いてあるのは町の者達の話と、少女を保護したこと。その少女の容態だけだが、クローネの推測はどうなんだ?』


クローネは「失礼いたします」とヴォールとフェアシュタの前で膝を折り、机の上で素早く自分の見解を書き込んだ。


『推測でよろしければ。おそらくですが、町の者達の話から考えて侯爵家の御令嬢はもう生きてはいないかと。娼婦も同じように殺めている可能性がございます。そして、あの少女はおそらくは表に出せない姫君、現ウォルケン国王陛下か前ウォルケン国王陛下のお子様かと思われます』


「ヴォール殿下、私もよろしいですか?」


フェアシュタはクローネの文字を追い、ヴォールに断りを入れて紙に万年筆を走らせる。


『ですが、そのようなことが本当におこなわれていたとして、貴族の方々は知っていて黙っていらっしゃるのでしょうか? それとも明確には知らないという可能性は?』


『明確には知らないほうが可能性として高いかもしれません。親類や貴族の方々には遠方に療養に行かせていると言っているやもしれません』


『これからどう動くつもりだ?』


『まずは姫君が目を覚まされたら事の次第を伺ってみるつもりです。現状の状況の把握が一番ですので。ですので、馬車を一台借りております。ウォルケンの城の方々には見つからないようにいたしますので、御容赦ください』


「かまわない、そんなことは」


筆談していた紙をくしゃりと握りつぶしてヴォールは苦い顔をする。

王太子として初の公務での出来事で、これから同盟を結ぼうという矢先、相手先の国への不信感が募っていっているのだ。苦い顔もしたくなるというもの。


「我が君、ウォルケンの滞在期間である二週間の間に同盟を結ぶか否かの御決断をするのに相応しい結果を持ち帰ります。しばしお待ちくださいませ」


「信用しているよ、そこは。父上、陛下もクローネになにかあったら任せておけばいいと言っていた。絶対に僕に不利な状況も事態も作らないからと。でも、これが事実であるなら気をつけてほしい」


「この命は我が君に捧げております。他の誰にも奪わせはいたしません。では動かせていただきます」


「まっ、クローネ殿!? ぶふっ!」


危険だとクローネを止めようとパラストが口にした言葉は、なにもないところで捻った足にとられて、グキッと骨が鳴る音とともに封殺された。

その勢いで机に顔面を打ちつけたパラストに一瞬唖然とした周囲だったが、ぶはっと笑い出したクローネによって今までの室内の空気が和やかなものに変わる。


「本当に空気を読まない残念ぶりだな……」


「ですが、場が和やかになるのはいいことです。でも、あんなにも重かった空気を変えられるなんて、パラストさんはすごいですね」


「音がっ! なにもないところなのにっ! 顔面を!」


「クローネ殿……そろそろ笑いを引っ込めてもらえませんかね」


呆れるヴォールとある意味で感心しているフェアシュタを他所に、クローネはパラストが怒るなか、数分間壁を叩いて笑い続けていた。










数台の馬車がしまわれている小屋までやってきたクローネは、荷物を積み込む作業をしながら、隙を見て少女を匿っている馬車に乗り込む。

ブリューテの馬車ばかりが置かれている場所だが、気を抜くわけにはいかない。

馬車はすべてカーテンを閉め切っているため、多少暗いが小さな火をつけてもばれることがないのは助かる。

持ってきた蝋燭に火を灯すと、眠っていた少女は明るさのせいか、ピクリと眉を動かした。

まだ幼い少女は金色の長い髪が似合う可憐な少女だ。

ただそこにいて眠っているだけなのに、なにか品のようなものがある。

そうしてゆっくりと目を開けていくのをクローネは待った。


「……ここ……は……?」


「起きられましたか? あまり大きな声を出されないでください。気付かれますので」


「あなたは……悪魔……?」


昨日は悪魔と断定していたのに、今日は疑問符をクローネに投げかける少女がおかしくて、クローネは笑ってしまう。


「悪魔のほうがいいと仰っていましたね。どちらがよろしいですか?」


「……悪魔。神様だったら……復讐はしてくれない……」


「誰に復讐をされたいのですか?」


唇を噛みしめてなにも言わなくなった少女に、まあ想定の範囲内だと軽食に持ってきていたシチューを持ち運びができる小さな容器から取り出す。

警戒心のこもった小さな瞳がクローネを見ている。

そうそう簡単に人を信じられる環境にはいなかったことぐらい想像ができるから、まずはこの少女の信用を得ることが重要だ。


「私から一方的に話をさせていただきます。不快でしたら声をかけてください。いつでも止めますので」


前置きをして、少女の顔を見ながらクローネは話し出す。


「あなたはこのウォルケンの現国王陛下か前国王陛下の庶子と私は考えております。表には出せないので、あの離宮に押し込められていたのでしょう。いずれは死ぬようにと微量の毒を飲まされ続けながら生きていたあなたは、なにかがあり逃げ出すことを決めた。ここまでが私の推測ですが、私の主であるブリューテ興国王太子ヴォール・リヒト・ブリューテ殿下もおおかたの私の意見に間違ってはいないだろうと仰っていました」


「…………」


「復讐をどなたにされたいのかわかりませんが、私の手を取られることはあなたにとって利になることだと思います。考えておいてください」


すぐすぐにことを焦ってはいけない。

話したいと思ってもらえるまでは待つしかない。

期限はあるが、それもまたクローネにとってはスパイスの一つになる。


(色々と手はある。強硬手段も考えているけど、時間がギリギリになるまでは賭けだと思えばいい)


それから三日間、クローネは公務に出るヴォールとフェアシュタの側で仕事をしながら、少女の看病を続けた。

最初は口にしてくれなかった食事もとってくれるようになり、会話はないままだが、少女の体調のほうは少しずつ良くなっていくのがわかる。

それでもそろそろ時間切れかと、ウォルケンに来て四日目の深夜、馬車に乗り込む最中クローネは思う。

ヴォールに結果を出すと口にしているのだ。違えるわけにはいかない。

どうしたものかと少女に食事を出して考えていると、スプーンを置いた少女は顔を上げて口を開いた。


「……イフェル」


「はい? なにか仰られましたか?」


「イフェル。私の名前……。つれていってほしいところがあるの。いい?」


「かまいませんよ。行かれたい場所はあの離宮でしょうか?」


頷いたイフェルに、クローネは蝋燭の火を消して手を差し出した。

その手をイフェルは迷うことなくとる。

暗闇に僅かに見える瞳はなにかを決意した者の目で、到底少女の眼差しとは思えないものだった。







イフェルを抱えて訪れた離宮は、やはりクローネを呼んでいるような錯覚を覚える。


「こっち」


イフェルに手をひかれて連れて行かれたのは離宮の裏口の門の前。


「正面からは入れないのですか?」


「入れるけど死ぬ。そういう仕掛けがいっぱいあるから」


どういう建物構造なのだと、一瞬辺りを見廻してしまう。

それだけ隠したいものがあるということなのだろうが。


中へと入ると、奇妙な悪臭が漂ってきた。

なにかが腐ったような、その中に血が混じったような独特の臭さ。

イフェルはそんな匂いなど慣れているのか、階段を上がってゆく。

いや、慣れというよりも、鼻がきいていないのだろう。

人は長時間強い匂いの中にいると、その匂いを感じなくなってしまうものだから。

イフェルに導かれるまま、二階の一番奥にある一室に辿り着く。

悪臭がどんどん酷くなる。

イフェルはちらりとクローネを見て、扉を開けた。


月明かりに照らされた部屋は埃っぽく、蜘蛛の巣が張っているのが見えた。

かなり長い時間掃除をしていないのは見ればわかる。

悪臭は部屋の奥のほうから強烈に漂ってきていた。

イフェルは躊躇うことなく進んで、ある一点を指差してクローネに示す。

クローネはゆっくりと歩み寄り、イフェルが示したものがなんなのか理解して息を吐き出した。


部屋の奥、立派な柱に括りつけられた状態で骨になった女性の遺体があった。

女性だとすぐにわかったのは、骨がボロボロのドレスを身に纏っていたから。

手と足の辺りには手錠があり、錆びついている。

数年以上前の遺体だと想像できた。


「わたしのお母様だって。娼婦だったと言ってた」


「……色々と把握できました。生きてはいないと思っていましたが、ここに捕えられていたのですね。捕えられていたというよりは殺すために連れてきたの間違いでしょうか」


侯爵令嬢との婚約中に消えた娼婦。

まさか現国王の子供を身籠っていたとは思いもよらなかった。


「お母様はわたしがお腹のなかにいるってわかって逃げたらしいけど、つかまったんだって。わたしはもう生まれてしまっていたから、しかたなくいっしょにつかまえたらしい」


「どなたにそんなことを教えていただいたのですか?」


「レーレィ」


レーレィ・トロプフェン。

現国王の元婚約者で侯爵令嬢の名前だ。

やはりここにいるのかと思ったが、この離宮に足を踏み入れてから人の気配などまったく感じない。

異臭だけしか、ここにはないのではないかと思うほどに。


「イフェル様、レーレィ侯爵令嬢様に会わせていただけますか?」


頷いたイフェルは部屋を先に出ていく。

骨となった娼婦の遺体を一瞥すると、傍にはガラスコップに枯れた花が手向けられていた。

きっとイフェルが置いたのだろう。

クローネは眉一つ動かさずに部屋を後にした。

振り返ることもクローネはしない。

死者はなにも語らないから。


イフェルの後を追い、三階まで上がると、今まで以上に強い悪臭がした。

イフェルがここを逃げ出した理由。

悪魔を望む訳。


「レーレィだよ」


かなり広い室内の中でベッドの上に横たわる死体は、すでに腐敗がはじまっていた。

今も腐っていっている証拠のように酷い悪臭の臭い。

先程の部屋は臭いがこびりついているかんじだったが、今まさに腐敗していく死体は強烈だ。


「いつ亡くなられたのですか?」


「半年ぐらい前」


イフェルは床に座り込み、置きっぱなしだった分厚い本を広げる。

魔法陣やら、トカゲの絵が書き込まれたそれは呪術の本だろう。

散らばった紙にはたどたどしい文字で、びっしりとなにかが書き込まれている。

真新しい紙を手に取って見ると、そこには歪な文字と綺麗な文字が半分半分で書き込まれていた。

最初はイフェルのもの。後半はレーレィの字。

イフェルは分厚い本を暗い中で捲っていく。


「レーレィだけだったの。優しくしてくれたの。お父様はわたしを叩いてきたし、お爺様には無視された。殺すべきだってお父様が言ったのを止めてくれたのはレーレィだった。レーレィが王妃になったら、わたしを娘にするって言ってくれた。なのに……」


「フェアート国王陛下がレーレィ侯爵令嬢様と婚約を破棄されてしまった」


「新しくきたローザは嫌い。お父様に泣いてレーレィがいたら自分は死ぬかもしれないって言ったの。だから、レーレィとわたしはここに放置された。食事は運ばれてきたけど毒が入ってた。だから、レーレィは死んじゃった」


ここ数日もきっと食事を運んでくる者はいたのだろうが、誰も出てこないことで、きっとイフェルも死んだのだと思ったのだろう。

この悪臭が漂う中で死体を確認するのは、さすがに嫌だったのが幸いしたのだろうが、なんてずさんな見張りだと失笑したくなる。


「私になにをお望みですか?」


「……あなた、名前は?」


「クローネと申します」


「クローネは悪魔? それとも人間?」


不可解極まりない問いかけだったが、クローネはイフェルがなにを言いたいのか、言ってほしいのか理解できた。


「イフェル様はどちらがよろしいですか?」


「悪魔」


即答で返ってきた返答に、つい笑ってしまう。


「……悪魔じゃなきゃ、こんなところで笑えるわけない。今まで食事を運んできた人はみんな怖がってた。泣いた人もいた。でも、クローネはそうじゃない。わたしにはわからないけど、ここにくる人はみんな臭いって鼻をおさえたり逃げたりしたのに、クローネはそうしない。ふつうにしてる」


「イフェル様も普通にされていると思いますが」


「わたしはずっとここにいたから。レーレィが言ってた。ここでふつうに笑える人がきたら、それは悪魔しかいないって」


「違いますよ。本当に私が悪魔なら、イフェル様はすでに生きてはおられないでしょう。助けたりなど悪魔はしないと思います」


「命がほしいならあげる」


淡々と軽く言い放つイフェルだが、その顔は死ぬことを厭わない人間の顔だった。

まだあどけない少女が、こんな顔をするなんてとクローネ以外だったら悲痛に思ったかもしれない。


「命はいりません。私がほしいのは、このウォルケンという国です」


「……それはわたしじゃあげられない」


「いえ、大丈夫ですよ。フェアート国王陛下もローザ王妃様も前国王陛下もいなくなれば、この国はあなたのものになりますから」


初めて驚きの表情で見上げてきたイフェルにクローネはにこやかに微笑んだ。


「イフェル様、復讐いたしましょう。ですが、これは私とイフェル様だけの秘密にしておいてください。それができるのなら、私のやり方で不服がなければ即実行いたしますよ」


「クローネのやり方?」


「ええ。私は楽しく人を追い詰めたいのです。私の心が僅かでも踊るような、そんな方法ではいけませんか?」


うっとりと夢見心地に語るクローネの瞳に色はなく、暗がりの中で、そのクローネの様は異質そのものだった。

けれど、イフェルは本物の悪魔だと涙を零した。

イフェルの願いを叶えてくれる。レーレィの敵をとってくれる。

やっと現れてくれた。


クローネはダイスのネックレスを掲げて、指ではじく。


(さあ、最初の目をふって、逃げ道は今回皆一つだけ。間違えずに選び取れたら、喉を潰すくらいで許してあげる)











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