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diceをふるのは公爵令嬢でも国王陛下でもなく  作者: 秋月篠乃
第2章 小さなお姫様が「国を燃やして」、と呟いた 【国取り編】
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第1話 国の終わりの始まりは小さなお姫様との出逢い

華やかで盛大なパレードに、爽やかな笑顔を浮かべてヴォールはウォルケン国の城の前で馬車から降り、民衆に手を振った。

麗しい王子様の微笑みに女性達の悲鳴があちらこちらからあがっている。

次いで馬車から降り立ったフェアシュタも、その大歓声に気をされることもなく優雅に微笑んだ。

クローネは民達から大歓迎をうけるヴォールとフェアシュタの後ろに控えながら、ブリューテよりは大きくはない城に足を踏み入れた。


兄であるレクスィの事件から半年後、十四歳になったヴォールは王太子として友好関係にあるウォルケンとの正式な同盟を結ぶため、大使としてフェアシュタと共に、この地を訪れた。

あの出来事がヴォールとフェアシュタに残した傷跡は深い。

港町を占拠して民の命まで奪ったレクスィは「愚王子」と呼ばれ、嘲るようなお伽噺まで出版されている。

国を捨て愛に生きようとした愚かな王子というようなタイトルで、数多く。

それを国王が取り締まることがなかったのは、すでにレクスィが王族でもなければ息子でもないと宣言をされていたからだが、それが助長させる原因でもあったかもしれない。

いつかは忘れ去られる。

誰もがそう思いながら、日々を過ごしていた。


そんな中でウォルケンから正式に同盟を結びたいと書状が届けられたのが一月前。

元々友好関係にあった国でもあり、王太子としての初仕事にはいいとの国王の判断により、婚約者のフェアシュタを連れ立っての外交になった。


クローネはウォルケンの歴史を頭の中で繰り返し思い出していた。


ウォルケン国の歴史はブリューテよりも浅く、向かい合ったバオム興国とは元は一つの国だったが、王族の争いにより国は分断され、今のウォルケンが出来上がった。

バオムとはあまりいい関係とは言い難いが、他の国との諍いは特にはない。

小さな国だが、鉱山で獲れる資源は豊富で国は安定している。

問題は今のところないように誰もが思うのだろうが。


「よくぞ参られた。歓迎いたします。ヴォール王太子殿下」


「このような華やかな歓迎を大変嬉しく思っております。この滞在がより良い物となるよう努めさせていただきます。ウォルケン国王」


玉座の椅子に座るのは一年前に王となったばかりのフェアート・ニール・ウォルケン国王。

まだ二十三歳という若さに早過ぎるのではと言う声もあったらしいが、この一年特に乱れもなく国を治められている。

優秀ではないが、バカでもない。至って普通。

それがクローネが抱いているウォルケン国王の印象だ。

そして、


「フェアート様、わたしフェアシュタ様とお茶会がしたいわ。女性同士で楽しくお話がしたいの」


「有難いお誘いです。公務などが一段落したら、是非」


「あら、公務はヴォール王太子殿下がするのではなくて?」


なに言ってるんだ、この人は。

それが率直な感想だった。

ヴォールもフェアシュタも途惑いを表情に含ませているが、なんとか笑顔を保っている。

それでも今の気持ちはクローネが感じたものと同じものを抱いているだろう。


「王妃様、その話はまた後程にしてください」


フェアートの右隣に立っていた大臣の一人が話しを終わらせてくれたおかげで、その場の雰囲気はすぐに改善されたが、注意を受けた当の本人はふくれっ面をしている。

正直あまりそちらを見ないようにクローネは心がけることにした。

他国の王妃をジロジロと見るのは失礼極まりないし、そもそも見る価値がないと、たった数分の間で悟った。


ローザ・ニール・ウォルケン。

ウォルケン国の若き国王の王妃であり、元男爵家の娘。


予想以上の酷さに呆れも通り越してしまう。

なんの噂も流れてこなかったことから考えて、国が噂など出回らないように遮断しているのかと思っていたが、間違いではなかったようだ。

それが国にとって良くない噂なら尚更厳重になる。

大臣が普通、王妃に注意などはありえない。

それだけでクローネは己の想像が当たっていたのだと確信できた。


調べなければいけない。

クローネは玉座から退出するヴォールとフェアシュタの後に続いて、思考を巡らせた。







ヴォールとフェアシュタにお茶を用意してくれる女官長に手伝いを申し出て、クローネは城の厨房まで足を運んでいた。

40代前半の女官長が隣で淡々と手伝いをこなすクローネを見ていることに気付いて、クローネは顔を上げる。


「どうかされましたでしょうか?」


「いえ、つい珍しく見てしまいました。申し訳ありません。貴方のように若い方で、しかも女性が侍従を務めているのは少々驚きがあったのです」


「国王陛下に戦火の中、拾っていただきました。そこからすぐに我が君の侍従になることになりましたが、感謝という言葉では言い表せないものがございます。女の身で我が君の侍従になることを反対する方々も多かったようですが、すべて国王陛下が取り成してくださいました」


「ヴォール殿下に御恩がおありなんですか?」


「国王陛下にも御恩は語り尽くせないほどございますが、我が君には一生をかけても返せないものがあるのです」


「そうですか。……素晴らしい方々なのですね。ブリューテの国王様と王太子様は」


後半少しだけ声が気落ちしていることに気付いた。

まるでウォルケンはそうではないと言っているような口ぶりだ。


「ウォルケンの国王様もお若いのに国の舵取りをなさっていて感服いたします。王妃様はまるで少女のように愛らしい御方でした。ウォルケンにとって誇れる方々でしょう」


瞬間、女官長の手がピタリと止まった。


「少女……そうですね、そうなのでしょう」


苦々しく呟かれたのは、クローネが返した言葉の肯定の返事だろうに、クローネにはそうは思えなかった。

まるで、自分にそう言い聞かせているような。

そんな呟きだった。







「我が君、調べたいことがございます。城下に一人で降りる許可をいただけますでしょうか?」


お茶を運んでヴォールとフェアシュタにカップを出したクローネは開口一番にそう告げた。

護衛としてウォルケンに一緒に同行していたパラストは、クローネがなにを言っているのかわからないという顔をしている。

だが、ヴォールとフェアシュタはなにか察するところがあったらしい。


「……どれぐらいで調べ終わる」


「情報収集ですので一日か二日いただけると助かります」


「きちんとした成果をあげてこれるか? でなければウォルケンの中であまり動き回らせるわけにはいかない」


「我が君に私が御迷惑をおかけすることなどありえません。成果も我が君が望むほどできるかどうかはわかりませんが、尽力いたします」


「……わかった。重要な報告は紙で頼む。誰かに聞かれていたらまずいだろうからな」


「ありがとうございます」


渋々ながら納得してくれたヴォールを見て、フェアシュタもクローネに笑みを向ける。

クローネが調べたい事柄も二人は見当がついているようだ。


「お待ちください! 殿下! フェアシュタ様! それはっ、もががっ!」


まだ理由をよく理解していないパラストが止めに入ろうとするのを、クローネは懐からハンカチで包んでいた大きなマカロンを取り出して、パラストの口に押し込んだ。

先程、女官長から貰ったお菓子だったが、役に立ってよかった。

じたばたともがくパラストにクローネは口元に人差し指をたてて、静かにしてほしいという意思表示を示す。

なんとかマカロンを飲みこんだパラストが口を噤むと、クローネは声をおさえながら、口を開く。


「これから同盟を結ぶ国なのです。色々と厄介な問題が後から出てきては困ります。それでなくても現在この国は隠し事をされているようですから」


「隠し事?」


「王妃様のことです。パラスト殿もおかしいと感じたはずです」


「ああ……まあ」


言葉を濁すパラストは思い至ったのだろう。

王妃と呼ぶには程遠い、国王と共に玉座に座る女性のことを。


「ウォルケンの王子様は幼少の時から侯爵家の御令嬢との婚約が決まっておりました。それがいったいどうなって男爵家の御令嬢を王妃になされたのか。私の正直な感想から言わせていただきますと、ローザ王妃様は王妃教育もまともに学んでおられないご様子です。ブリューテはウォルケンとは比較にならない領土と力を持っています。故に見定めなければなりません。たった一つの綻びにでも目を瞑れば、他の国につけいれられる要素になりかねないのですから」


調べたいと言ったクローネの理由を、ようやく理解してくれたパラストは頷いた。


「でも、一人では危険では?」


「他国での情報収集は慣れております。それに、このお祭り騒ぎのような状態の今だからこそ、城下に潜り込んで調べることが容易なのです」


「クローネ、そこまでにしておけ。パラストが落ち込んでいるぞ」


ヴォールのその言葉にパラストの顔をよくよく見れば、確かに気落ちしている。


「お前ができすぎていると恋人は苦労するな」


「私はできた人間ではございません。ですが、パラスト殿はこれが可愛いのでいいのです」


「つまりは頭がクローネより足りないことが可愛い、と?」


「いけませんでしょうか?」


「ク、クローネさん、パラストさんが……」


壁にもたれかかったパラストは目が死んでいた。

恋人に頭が良くないと言われて、それが事実であるから、落ち込まないわけがない。


「パラスト殿、どうかされましたか?」


落ち込んでいる訳もわかっていて、あえて尋ねるクローネを涙目で睨むパラストだったが、そんなものクローネは気にしない。

可愛いと更に思うだけだ。


「人には役目があるのです。パラスト殿は守る力があるのですから、いいではないですか。私は剣の練習をしても上達しなかったのですよ。羨ましいです」


「……ごまかされませんよ。それと、頭が足りないと言われることとは別です」


「気分を害しましたか?」


「当たり前です!」


「でしたら、お詫びにこの公務が終わったあかつきには男女の営みをいたしましょう」


「は!?」


最後を小声にしたためパラスト以外には聞き取れなかった言葉だったが、みるみるうちに真っ赤になったパラストの表情がおかしすぎて、吹き出してしまう。


「……いちゃつくのはやめろ」


地を這うヴォールの声は不機嫌さが滲み出ていた。

やれやれとクローネは溜め息を零して、そっとヴォールに耳うちをする。


「我が君もせっかく公務で国から出てきたのです。フェアシュタ様との進展を心より望みます」


「なっ!?」


婚約を正式にしてから半年経っても、中々ヴォールとフェアシュタの関係は進んでいない。

フェアシュタもヴォールを好いてはいるが、それはまだ弟に向けるような愛情に近い。

それをヴォールも理解していて、悶々としているのだ。

紳士的に振るまうだけでは駄目だと言っているのに。


「それでは行ってまいります」


「クローネさん、ご無理はしないでください」


「ありがとうございます」


茹でダコのパラストと頭を抱えているヴォール、そしてどうしてこういう状況なのか把握できないでいるフェアシュタを置いて、クローネは室内から退出した。

準備を早目に終えて、城下に降りなければいけない。

時間はあまりない。


(どんな情報が転がっているのか、楽しみ)


獲物を早く見つけたいと、クローネは瞳を輝かせた。










城下はお祭り状態で、人がごったがえしていた。城から警備の者もでているようだが、その人数だけでは追いつかないほど人で溢れている。

たかだか他国との同盟になぜここまでと思うかもしれないが、事前に調べていてわかっていたことがある。

現在のウォルケンはバオム興国とかなりまずい状態にあるようで、もし戦争が起こった場合、武力に優れていると評判のバオムに敵うはずがないと誰もが思っている。

だが、ブリューテと同盟を結べば、戦争が起きても援軍が期待できるし、なによりもブリューテと同盟を組んだウォルケンに攻め入るのは勇気のいることだ。抑止力にもなる。

良いことづくめの同盟に民達が喜ばないはずがない。

けれど、これまでバオムとはずっと隣り合い、国が別たれてからもいい関係とは言い難かったが、それなりに上手く国同士で折り合いをつけていたのだ。

なのに、どうして今、戦争が起きるか起きないかの瀬戸際まできているのだろう。


クローネは質素な服に身を包み、顔を隠すほどのフードで町を歩きながら、情報を拾っていくことにした。

酒場など酔った勢いで男性は話してくれるし、絡まれそうになっても酒場の豪快な女将が助けてくれる。そんな場所を選んで酒を奢ると言って話を聞き出すと、色々な話が出るは出る。


「一年前な~、バオムとの親善会なんてものがあったらしいんだが、そこで王妃様が粗相をしたらしいんだよ。それでバオムの王様が怒っちまってな~」


「その場で王様も王妃様を叱りゃあいいものを、庇っちまうから大変だったらしいぜ」


「フェアート国王が王になってから、大臣がころころ変わってるもんな。ありゃあ耐えきれねえんだよ、きっと」


「元々婚約してた侯爵令嬢? そういえばそんな方がいたな~」


「あたしゃ覚えてるよ! お綺麗な方だったからね! あの方こそ王妃様に相応しいと思ってたんだがね」


「いきなり婚約が破棄されて、男爵家の令嬢と結婚するって御触れだけが出されたもんな」


「事情を知ってるのは貴族ぐらいじゃねえか?」


貴族に話を聞けるものなら聞きたいが、そんなことをしたら確実にウォルケン国王の耳に入ってしまう。

女官長は人が良さそうだったが、なにも喋ってはくれないだろうと、クローネの勘が告げている。


「でも、侯爵家でずっと庭師をやってる爺さんが言ってたけど、最近ご令嬢の姿を見ねえって言ってたな。あの家で優しいのはご令嬢だけだったのにって嘆いてるぜ。高慢ちきな次期当主の兄は平民を見下してるって話だしな」


「いつぐらいからって言われてもな~。でも、今の王妃様との婚約が決まってすぐだったんじゃねえか? それぐらいから愚痴を聞きはじめたからよ」


「今の王妃様は可愛らしい方かもしれないけどね~、女のあたしからすりゃあ侯爵家のお嬢様の方がいいと思うんだけど、男の考えはわかんないね~。この仕事してても。そういえば侯爵家のお嬢様と婚約中に王様が娼館に通ってたとかで騒ぎになったこともあったけ」


「そういやそうだったな。そういえば、あの時も国王様といい仲だった娼婦が消えたんだったな。まあ、国のお偉いさんに怒られて身を隠したんだろうが」







夜の帳が降りて、真夜中と呼ばれる時間帯にクローネはこっそりとウォルケンの城へと戻ってきた。

これ以上城下にいてもなにも収穫は得られないと踏んだからだ。

高い木をつたい、兵達の様子を見ながら城へと続く木に飛び移っていく。

人気のいない場所に降りようとクローネは城の奥へ奥へと木をつたい進んでいった。

やっと兵達もいなくなったのを確認して着地して辺りを確認すると、そこは城の中でもかなり離れた位置にある離宮のそばだった。

離宮といっても使われていない年月が長いのか、あまり外観的に綺麗とは言い難い。

月明かりで、クローネがそう思うのだから昼間はもっと酷く見えることだろう。


クローネは再度人がこないかどうかを確認して、今日見聞きした情報を頭の中で整理していく。

男爵家の令嬢の婚約発表とともに姿を消した侯爵令嬢。

誰も不思議がっていないのは侯爵家が今もきちんと存在していて、兄がいるからに他ならない。

婚約の破棄された醜聞の悪い娘を外に出させないようにしていると考えられているようだが、はたして本当にそうだろうか?

この丸二年、姿を見た者はいないという。

引き籠っているだけかもしれないが、それにしても長年勤めている庭師がまったく見かけないというのは……。


(もしそうだとしたら、とんでもないことをウォルケンの王家はしていることになるけれど)


確証がない。

さて、どうしたものかと思い、ふと顔を上げれば古びた離宮が、なぜかクローネの目を惹きつけて離さなかった。


(まさか……)


一歩足を踏み出そうとした時、近くの茂みでガサリと音がした。

確かに掃除はされていないようだが、大人一人を隠せるような草木はない。


「……ごほっ!」


幼い咳声だった。

クローネは草木を掻きわけて、声のしたほうに走る。

そうして目に飛び込んできたのは、地面に倒れ込む汚れたドレスを着た小さな少女だった。

多分、十歳にも満たない少女だ。

倒れ込んでいる少女を抱き抱えると、うっすらと少女は瞳を開ける。


「大丈夫!? どこか怪我をしているの!?」


虚ろな目でクローネを見つめていた少女は、そっとクローネの頬に手を伸ばした。

触れた瞬間に、手から伝わる体温が酷く冷たい。


「……おねがい…………この国を、燃や、して…………」


クローネは一瞬だけ瞠った目を、すぐに細めた。

この子はきっと離宮に住んでいる子だ。

城の離れの離れ。

誰も立ち入ることがないような離宮に押し込められている小さな少女。


この子はきっと、切り札になる。


「じゃあ、この国をもらってもいいの?」


少女はじっとクローネを見つめて、本当に心から嬉しそうに微笑んだ。


「よか、った……。きてくれ、たのが……のぞんでた悪魔で……」


呟いた途端に意識を失った少女を抱えて、クローネは歩き出した。

一先ずは人目に触れられることのない場所を探さなければいけない。

ウォルケンまで乗ってきた馬車はブリューテの王族と騎士達専用だったことを思い出す。

馬車に少女を隠した後、ヴォールに報告しなければいけない。

クローネは眠ってしまった少女を見て、うっすらと笑みを浮かべた。


(悪魔、ね。奇遇ね。私も昔、そう言ったことがあるの。このネックレスの前の持ち主にね)


クローネは胸元で揺れる赤いダイスのネックレスを見て、笑みを深くした。











クローネとパラストは未だキスもしていません。

パラストが恥ずかしくて全力で逃げています。

クローネはすでにどんとこい的な感じです。

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