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私の一番嫌いな季節  作者: 鈴木
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第一次私・白石連合vs千葉

 戦略的会話により白石さんという大きな味方を付けた私は、千葉嬢と一緒に食事をすることが決まった。


 来るべき戦のために私は話の話題をあらかじめリストアップし、また、前回の反省を踏まえて念のために救心を買った。何事も念には念を入れよというのは私の祖父の遺言である。


 そうこうしている内に、白石さんと千葉嬢の二人とご飯を食べる前日になっていた。時間の経過と言うのは不思議なもので、早くその日が来い!と念じている間は時が経つのが遅い。

 そのくせ、予定の日が近づいていることに気づき、緊張して、もう少しゆっくりでもいいよ?と投げかけると途端に早くなる。時間と言うのは大層なひねくれ者なのであろう。



 私は今一度、明日のためにリストアップされた話題集に目を通し、また動悸に備え救心をリュックに詰めた。準備は万端である。以前と同じ結果にはさません、と闇を照らすお月様に誓い私は床に着いた。



 目が覚めると十時を過ぎていた。

 

 集合予定時刻は十一時半である。


 私は開きたくとも開かない重い瞼を擦り、冷や水に顔面をさらした。

 目の前の鏡に映し出される自分を見て、いつも通りのさわやか好青年であることを確認した後、寝間着を脱皮する。


 五月の半ばとはいえ、まだ肌寒い。私は戦の準備をする武士の様に、勝負私服に着替えた。男の支度とはそこまで時間はかからないものである。しかし、何かをしていないと妙に手持無沙汰で落ち着かない。


 とりあえず、私は机の上に置いてあった煙草に火をつけ、深く息を吸い込んだ。煙草の先端から出る煙が狼煙の様に思えてぞくぞくする。気分はすでに戦国時代にタイムスリップしたようであった。


 煙草を吸い終わったもののまだ集合時間までは一時間近くある。どうしたものか。自然ともう一本の煙草に手が出るのは仕方がないことである。しかし、何故だか身体が小刻みに震える。ただ、この震えは恐怖から来るものではないということだけは私自身の尊厳を守るためにはっりと断言をしておく。


 これはただの武者震いである。

 

 そもそも、私には怖いものなどないのだ。一般的に怖いモノの代表例として幽霊が上がるが、私はその存在を幼少期の頃から懐疑していた。

 いまや、二十一世紀である。散々、科学の恩恵を賜ってきたと言うのに、何故人々は幽霊を信じるのであろうか。私にはさっぱり理解できない。戦国時代の侍が、現代にタイムスリップをしてきて、テレビの中に人が入っていると思いこんでいたり、車を鉄に覆われた馬と思いこんだりというのはSF小説等で一度はネタにされるが、幽霊を信じている現代人と言うのはそれに近いだろう。

 きっと、頭の中に未だ黒船が来航していないパッパラパーなのだ。



 そんな不毛な考えをしていると、ある程度時間が経っていたので私は集合場所へと向かうことにした。空は青い絵の具をぶちまけたかのように澄み渡っている。


 最寄駅から二つ上った駅が集合場所であった。電車に揺られながら、どこに目線を置こうか迷っているうちに目的の駅に着いた。集合予定時刻まで十五分ほどある。

 いささか、早かったようだ。暇つぶしがてら、駅周辺をブラブラし、かと言っておしゃれな店には入ることもできず、ただボーっと歩いた。

 左腕にくっついている時計を見ると十一時二十五分、いい頃合いだ。私は来た道を逆に辿り、集合場所の駅へと舞い戻った。白石さんらしき姿があったため、私はその人影に近づいた。



 予想通りそれは白石さんであった。待ち合わせ中に俯いて待っている女性と言うのはなんとなく心が擽られる。私は白石さんにいつも通りの挨拶をし、軽い会話を交わした。


 すぐに、千葉嬢がやってきた。千葉嬢の姿を見るや、胸中のDJがスクラッチを始める。それを抑えつつ、千葉嬢に「こんにちは」と挨拶を投げかけた。


 千葉嬢は無言でペコリとした後、白石さんの隣にいった。私のガラス細工のような心が少し傷つきそうになったが、千葉嬢は人見知りだ。まだ実質二回しか会っていない男に、そう簡単に心は開かないであろうと冷静な分析をした。


 早速、近くにあったカフェに私たちは入ることにした。オサレなカフェにうら若き麗しい女子大生二人と入るなぞ、つい数か月前の私には想像することさえ難儀であった。

 しかし、これはおそらく現実なのであろう。もし仮にこれが夢なのであったら、私の明るく栄誉のある未来など捨てまでも、目覚めないでおくれ。


 女店員から運ばれてきたミルクティーを飲みながらそう願いつつ、私はこれからどうするべきかを考え、まずは、二人の会話を静観することにした。まだ、千葉嬢は私と言う人物を警戒しているだろう。そこで、私が話題を振ったとしても、少しのレスポンスで会話が終了し変な空気になるのは目に見える。

 

 しかし、静観と言ってもずっと黙っているわけではない。そこはかとなく、二人の会話に茶々を入れ、存在感をみせつつの静観だ。実に私らしい冷静かつ戦略的な動きである。



 私は、昼食として頼んだアメリカンドックを食べ終えてもまだ、はっきりとした会話をすることがなかった。

 ちなみに、これは戦略的に考えて会話をしなかったのではなく、ただ単に話せなかっただけである。いつしか、クラブと化している私の胸中ではあの糞DJが観客を盛り上げている。自宅を出る前に見てきた、話題のリストアップ表のことなぞ頭の隅に追いやられていた。


 このままでは、二度目の敗北を喫してしまう。どうすればよいのか。



 困った挙句、私は楽しそうに千葉嬢と話している白石さんに目を向けた。

 白石さんもこちらの熱い視線に気が付いたらしく、私の方を見つめた。数秒見つめ合った後、白石さんは今回のランチの目的を思い出したらしい。




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