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私の一番嫌いな季節  作者: 鈴木
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冷静かつ戦略的な私

 ただ、これまでの二十年間で一時も春を好きになったことがないかと聞かれれば、そうではない。春嫌悪主義者である私にも、春を好きになった期間はある。



 —―二年前の春だ。私はピカピカと輝く大学一回生であった遠くもあり、近くもあるあの春。


 不良と漁師と菜の花農家しかいない生まれ故郷から上京し、これから待ち受ける大学生活にエロティックな期待をこの胸一杯、はちきれんばかりに抱いていたあの春である。


 とあるサークルの新歓コンパへと参加した。アルコールを摂取した者たちのどんちゃん騒ぎの中、その乙女はひっそりと隅に座っていた。その美しい黒髪は肩にかからない程度に揃えられ、その透き通る肌は初雪のように白い。愛嬌のある笑みを浮かべつつも、どこか闇を感じるその乙女に私は一目ぼれをしたのであった。


 しかし、如何せん純情ボーイな私である。ここで即座に彼女の横に座り、お喋りをするなどと言った勇気も技術も能力もない。


 私は如何なる時も冷静なのだ。例えパンツ一丁で狂喜乱舞する輩が目の前にいたとしても。


 私は自己の勇気、技術、能力を再確認した後、時期尚早という潔くかつ冷静な判断を下し、静かに目の前にあったウーロン杯を飲み干した。


 どのようなときであれ、人は常に冷静でなければならない。きっと、私が戦国時代にタイムスリップしてもその潔さと冷静さで天下を獲っていたことは間違いないだろう。



 そんなこんなで私の乙女争奪合戦が始まったのであった。


 次の日。二日酔いで頭がグワングワンと地響きを立てる中、私はすぐに行動に出た。


 二十一世紀は情報の時代である。情報を多く仕入れた者のみが勝利をつかみ取ることが出来るのだ。私は出会ったばかりで、未熟な関係である友人たちから情報収集を始めた。


 世界とは狭いもので七人の人と繋がれば、世界中の人と間接的な知り合いになると言われている程だ。大学という、より狭い世界には二人で事足りた。


 昨夜の乙女の名は千葉であること。姉が一人いること。電車通学であり、通学時間は約一時間程であること。彼女を狙っていると公言した男が約五人いることがわかった。実に有益な情報である。ただ、自分の他に彼女を狙っているのが既に五人もいるとは。これはより慎重に、そして戦略的に行かなければならないことは馬鹿でも阿呆でもわかるだろう。



 早速私がとった行動は彼女の友人と親しくなることであった。題して、外堀から埋めろ!作戦である。たしかな情報筋と旧ソ連のKGB並みと自負する私の洞察力によると、彼女と仲の良いお友達は樋口さん、白石さん、高山さんの三人である。


 私は、講義で顔見知りとなった白石さんに近づくことにした。白石さんはスレンダーなモデル体型で、芸能人のようなオーラさえ持ち合わせていた。可憐な純情ボーイである私であったが、確固たる目的の下なら少しの勇気さえあれば異性と話すことも容易いのであった。



 冷静かつ戦国武将顔負けの戦略的思考を持ち合わせている私は適度な会話数、誰でも合わせやすい会話内容、天使もドン引きの引きつった笑顔を心掛けて白石さんとコミュニケーションを図った。


これがなんとまぁ、上手くいったのである。



 顔を見合わせれば会釈をするだけの関係であったが、いつの間にか私の傍まで来て世間話をするまでの仲になっていた。しかし、ここでつけあがらないのが私の長所である。


 とは言いつつも、ここまで懇ろな関係になった異性はこれまでにおらず、その相手がモデル並みの美女である。いっそこのまま鞍替えしてしまおうかと一人暮らしの寂しい夜にはふと思い浮かんだものである。


 いくら聖人君主の私とて、生物学的視点から見れば雄。目の前の雌を確保しようと考えるのは自然の摂理なのだ。



 これは決して自分を肯定するために言っているわけではない。むしろ私はこの自然の摂理に真っ向から宣戦布告し、それに飲み込まれないように必死に抗ったのである。


 人は目的を見失うと過ちを犯しやすい。先述した考えに至ったのもこの目的を見失いそうになり、短絡的思考に陥ってしまったからだ。そう冷静に分析し、自身を省みた私は六畳一間の小さな部屋に「千葉制覇!」とデカデカと書かれた紙を貼り付けた。


 外様が私の部屋に入ってきたら、戦国武将、はたまた、県大会優勝を目指している部活動の部員の部屋かと難儀することこの上無いであろう。


 しかし、私には自身の城に招くほど親しい友人はいないのでその心配はいらなかったのである。

これで目的を見失うことはあるまい。

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