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即興小説

まっしろ

作者: 音海佐弥

「即興小説」で執筆した作品の改稿版です。寒いのは苦手です。

2015/8/6 お題:鈍い眠り 制限時間:15分

 思い出のなかの彼は、いつも笑っていた。

 彼女はその笑顔を思い出すたび、あたたかな陽だまりのなかにいるみたいに思えた。確かな温度のある太陽の光に照らされて、この谷の底の街に吹きすさぶ真っ白な雪も、氷みたいに凍てついた心も、ゆっくりと融けだしていくようだった。

「もうすぐだよ、お姉ちゃん」

 たったひとりの弟が部屋まで呼びに来た。「ハイバーネーション始まるよ。街のみんな、もう集まってるよ」

「うん、わかった。今いく」

 ハイバーネーション。冬眠。谷の底の街では、あまりに厳しすぎる冬の寒さを越えるため、とくべつな方法で「冬眠」を行う。いちど「冬眠」を行えば、吹雪が落ち着いて草木の芽が生えるまで、安全に眠っていられる。その間、人びとの意識はない。無感覚の眠り。まるで死んでいるような時間。

 彼女はいやだった。「冬眠」は自分のいのちを削る行為だ。鈍い眠りのなかに身を投じ、たいせつな人生の時間を無駄にする行為だ。彼女はこの日に決意していた。彼の住む、山のむこうの街へ行くことを。

 黙って家を出た。外は猛吹雪だった。でも、みんながちょうど眠りにつくこの時間がチャンスだ。山を越える道を必死に歩いた。ごうごうと荒れ狂うような吹雪が彼女の身を切った。凍てつくような気温に身体じゅうが悲鳴をあげた。

 それでも彼女は諦めなかった。一心不乱に足を動かした。ふと、頭のなかに彼の笑顔が浮かんだ。あたたかい陽光のような笑顔。彼と一緒ならこんな寒さなんてへいちゃらだ。意識が暖かさに融けだしていく。夢みたいだ。もう何も感じなくなっていた。無感覚の眠り。まるで死んでいくような、鈍い眠り。まっしろな世界のなかで、彼女の意識は途切れた。


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