「そうだ、温泉に行こう」
「そうだ、温泉に行こう」
こたつで暖を取っていた斉賀が突然そんな事を言い出した。
「いってらっしゃい」
くずはを連れ斉賀の部屋に来ていたくるが、持参した夕飯である鍋をこたつの上に置かれた卓上IHに置きながら言葉を返した。
葛城兄弟はこうして斉賀の家で夕飯を一緒にとる事が少なくない。
「くる君も一緒に行くんだよ」
「何でそうなる」
「もうすぐ冬休みでしょ?あ、それとも実家に帰ったりするのかな?」
「別にそんな予定はないけど」
「だったら行こうよ。あ、お金の事は気にしないでね、僕が出すから」
「は?!いいよ、何でそこまで」
「僕が誘ってるんだから当然でしょ?それにこう見えても実おにーさんは立派な社会人だからね、ここは素直に喜んで了承するとこだよ!」
斉賀は正面に座るくずはに視線を移す。
「くずは君も行くよね」
「いえ、私は」
くずはの言葉を遮るように、斉賀が傍らに置いてあった温泉宿のパンフレットをくずはの顔面に掲げて見せた。
「僕、行くとしたらここに行きたいんだけどね」
そうだ、などとまるで今閃いたような事を言いながら事前に温泉宿を調べていた様子の斉賀をくるが無言でじとりと見る。
「ほら、ここ見て!温泉プリンっていうのがあるんだって、おいしそうだと思わない?」
「是非ご一緒させてください」
パンフレットを受け取り、掲載された温泉プリンの記事を凝視しながらくずはが斉賀の誘いに頷く。
「でもくる君は渋ってるみたいなんだ、くずは君からも誘ってあげてよ」
「くる、お言葉に甘えましょう」
くずはと斉賀がくるを見る。
あ、これいつものパターンだとくるは思い、二人から顔をそらす。
兄と自分の扱いを熟知している斉賀を横目でじとりと見たが、そんな視線を気にする事なく斉賀はにこにことくるの返事を待っている。
「くる」
くずはがくるを促す。
自分が断れないと分かっているからこそ口籠るくるに気付いてか、くるの肩に手を置いて斉賀が元気な声をあげた。
「くる君も一緒に行きたいって!」
「ッ、俺そんな事一言も」
「楽しみだね!」
「はい、楽しみです」
「ね!」
有無を言わせない圧力を言葉に含ませ斉賀がくるに笑いかける。
くるは渋々と頷いた。
◇
「温泉行こうぜ!」
学校帰り、立ち寄ったファーストフード店で唐突に灰花がそんな事を言い出した。
机上には彼らが注文した大量のバーガー・ポテト・チキンが積まれている。
同席した隆弘・テオ・ノハはそれらを食べる手を止め灰花を見た。
「昨日商店街のくじ引きで当たったんだよ、温泉旅行!」
「あそこのくじ引きに当たりなんてあったのか…俺、何度引いてもティッシュだから景品なんて客引きの餌で本当は当たり玉なんて入ってないのかと思ってたでござるよ」
「お前はどこのくじ引き引いてもそうなるから安心しろ」
「タカちゃんったらひどい!」
テオが両手で顔を覆いながらノハの胸に顔を埋めると、ノハはポテトを食べる手を再開しながら「ティッシュは便利だよ」とフォローした。
「くずはは誘わねえのかよ」
隆弘がニヤニヤと灰花に尋ねる。
灰花はそのくずはへの献身的な腰巾着っぷりから、彼女がいるにも関わらず常日頃ホモ扱いをされからかわれる事が多かった。
「断られた」
「もう誘い済みだと?!」
「そこは彼女誘っとけよ!」
テオと隆弘が思わずあげた声が重なる。
「スロワをか?一泊の旅行なんだぞ?まだ俺ら学生だぞ、誘えるかよ!」
灰花が真顔で反論する。
「学生が何だってんだ。俺が温泉旅行当てたらまずリリアンを誘うぜ」
「当たって砕けるんじゃないか、それ」
テオが言い終ると同時に隆弘がテオの口にホットドッグを押しつけた。テオが両手をばたつかせ苦しいと意思表示をするも隆弘はホットドッグを離さない。
そんな光景はいつもの事なので、灰花はテオに助け船を出す事なく話を再開する。
「どうだ?温泉旅行。俺達4人、連れてける人数に問題はないからさ、冬休みにパーッと遊ぼうぜ!」
「僕、温泉旅行行きたい」
ノハがもくもくとポテトを口に運びながら、静かに目を輝かせている。
「男だけの温泉旅行なんざ絵的にはうまくねえけど、そうだな。折角だし、世話になるぜ」
隆弘が握り拳で灰花の肩を叩いた。
「おう、行こうぜ!さてテオ、お前はどうする…」
言いながら正面に座るテオに視線を移すと、口を隆弘にホットドッグで塞がれ顔面蒼白でぷるぷる震えるテオの姿があった。
「おい隆弘、テオの奴顔色やばいぞ。そろそろ離してやれよ」
「あ、悪ぃ」
隆弘がテオの口に押し当てていたホットドッグを離すとテオが力なくテーブルに倒れ込んだ。
「し、死ぬかと思った…最近隆弘のツッコミが肉体言語でつらいでござるう…」
「大袈裟な奴だな、ただのスキンシップだろ」
「隆弘のスキンシップ、激しくって死んじゃう」
「リリアンの口から聞きたい台詞だな、それ」
「反省の色が見えない!」
会計を終え4人は店を出た。外は日が落ちて暗い。
冷たい風が店内で温まった4人の身体を急速に冷やす。
「テオ、聞きそびれてたんだけどさ、温泉旅行どうする?」
「宜しくお願いしたいに決まってる!」
テオの返事を聞いて灰花が笑顔になる。
「よし決まりだな!詳細はまた今度な」
「皆と温泉旅行、楽しみ」
「枕投げしようぜ枕投げ!」
「旅館の人に怒られない?」
「旅館のスタッフが盛り上がる枕投げの騒音を注意しようと接近する気配に気付き、部屋の扉が開くまでに布団に隠れ寝ているフリを装い事なきを得るまでが枕投げなんだぞ」
「そうなんだ、スリルあるね」
「お前らそんな事したら放り出すからな!」
そんなやりとりを聞きながら隆弘が喉の奥で笑っていると、後ろから聞き慣れた声に話し掛けられた。
「こーんばんは!」
振り返るとヨシノがいた。買い物帰りなのか、買い物袋を携えている。
「おう、こんばんは」
「楽しそうだね、どしたの?」
「冬休みの予定を立ててたんだよ」
「原稿地獄に備えて?」
「ばっか、いつもは学校あるからあんなギリギリなんだよ。長期休暇なんだから冬コミ作業は余裕だぜ」
隆弘が胸を張る。
「ヨシノ、お前は冬休みどうするんだ?」
灰花がヨシノに問いかけた。
「んにゃ?えっとね、リリアンが熱海行きたいって言っててね、今色んな温泉宿調べたりしてるんだ。だから多分冬休みはリリアンと熱海……隆弘クン、どしたのそんなに震えて。寒いの?」
「ああ寒いな。心が凍てつくようだぜ」
「あはは、隆弘クンは詩人だねー」
隆弘は天を仰ぎ震えながら涙をこらえるような苦悶の表情を浮かべていた。その胸中を察し、隆弘の背中をテオがそっとさする。そんな二人のやりとりに気付かず灰花はヨシノとの会話を続ける。
「俺達も温泉旅行を予定してるんだよ、偶然だな!」
「へえ、そうなんだ。じゃあその旅行がとっても楽しくなるように俺がおまじないをかけてあげるね!」
言いながらヨシノはノハのおでこに人差し指をあて、目を瞑りながら声高に唱えた。
「ザラキーマ!」
「お前それ即死効果の呪文じゃねえか!」
思わず隆弘が声をあげる。
「君達の温泉旅行先で殺人事件が起こる呪いをかけた!」
「テメエふざけんな変なフラグを立てるんじゃねえ!」
「湯けむり殺人事件なんてドラマみたいで楽しそうでしょ!」
「不謹慎な事言ってんじゃねえよ!殺人事件なんて起こってたまるか!」
ヨシノがからからと笑う。
「お土産話、楽しみにしてるね!」