なぜこうなった?
威厳に満ちた声が聞こえてくる。
「ここに、ライルハートへ一代限りの名誉騎士爵を授ける」
今頃ジャックは試合をしているだろうか。あの腕なので、心配あるまい。
「また、上級騎士に任ずる」
……現実逃避は無理っぽい。
「ありがたき、幸せ」
自分の声とは思えぬほど、緊張に染まっている。
「時に、ライルハートよ」
「はっ」
慣れないことはするものではないな。
今、俺が居るのは、このレイザルト王国の首都の王城、その中の謁見の間だ。少し離れた郊外では、大会の真っ最中だろう。
頭を上げることは許されないので、王がどのような人物なのかは分からない。
「お主は飛竜を狩ったことがあるそうだな」
「その通りでございます」
「……ふう、それほど堅くなるでない。お主は豪胆な者と聞き及んだのだが、間違いだったのかな?」
……むう、何やら挑発されているような?
「さあ、それはどうかと」
「ふむ。脳筋の馬鹿ではないようだな」
なんだこの重い空気!? こうゆうのニガテだぞ、俺。
なんか試されているのは分かるんだが、一体何を目的としているのかが、読めない。
だけども、嫌な直感だけはビンビンするんだよなあ……。
「今のお主には、仕えている相手はいないな?」
「はい、勿論そうですが……」
「では、今の雇い主には今後どう対応するつもりなのだ?」
「大会終了と共に雇用関係は解消されるので、特に呼ばれるのでもなければ普通に生活する予定でした。が、そうもいかなくなったので、貴族として接することになります」
そうか。今の俺は一代限りとはいえ、貴族。ロビー活動の舞踏会などにも参加しなくてはならない。
……とても面倒くさそうだ!
「では、貴族のお主には、役職を与えよう」
鬼が出るか、蛇が出るか。それとも別の何かが出てくるか。
「人に仕えるのが苦手そうだからな。儂の娘の目付役にしてやろう」
「…………は?」
思わず頭を上げてしまった。
王の横に寄り添う騎士が、顔に苦笑を浮かべ、身振りで低頭するように指示して来た。慌てて頭を戻す。
彼も王の指示に思う所があるのだろう。
爺様な王様だったな……。
「え、と……王女、様、ですか……?」
「うむ。妻が遅くに生んだのでな。上の兄とは年がかなり離れる。見た所、お主は年齢は二十に届かない所じゃろう? 儂の娘は十七なのでな、ちょうど良いと思ったのじゃ」
てゆうか、俺の外見はそう見えるのか。……本当はもっと年を喰っている訳だが。
いやいや、それはどうでもよくて。今はもっと大事なことが。
そう! 王女の目付役だ!
「なんでも修行の旅に出たいらしくての。それは流石に無理じゃから、飛竜を狩ったお主と一度戦って、散々に打ちのめされれば世の広さを感じてくれるかと思ってな」
王女の目付役、か。
……非常にヤバそうだ。
「ちなみに、王女様は実戦をこなしたことが、ございますか?」
「うむ。山賊討伐に行く騎士団についていったこともある」
うへえ。言葉で言いくるめるのは無理そうだな。
さて、どうするべきか。
「今は王国領土内限定じゃが、定期的に一人で武者修行と称して旅しておる。そのうち、儂の制止も振り払ってしまうじゃろう」
「はあ……」
溜め息しか出てこない。
そんな時だった。
その気配を感じたのは。
「……っ」
後方の扉の先から、吹き付けるような力の波動。
本人は無意識だろうが、俺のような者には迷惑になるので止めて欲しい。
「どうしたのじゃ……?」
一瞬立ち上がりそうになった俺を見て、王が問いを発する。
その半瞬後、静かでいて盛大な開閉音が広間に轟いた。
「お父様、お願いがあります……!」
噂をすれば、というやつだろう。
王女様ご本人の登場だ。
乱入して来た彼女が、俺の隣で歩みを止めた。
「この者は……?」
「娘よ。その男は、お前の目付役になった者じゃ」
頭上から降り注ぐ視線が、強くなった気がした。
「お父様。失礼ながら、この男から強者の波動が感じられません」
鈴を転がしたような声が、訝しげだ。
「う〜む。彼は飛竜を無傷で倒したようじゃが? 記録にも残っておる」
視線だけを横に向けて、王女を探る。
かなり強い、ということは分かった。この国の上級騎士が十人まとめて掛かった所で、なんなく切り抜けるだろう。
右利きらしく、左腰に提げられた剣は、反対のこちら側からは見えない。ただ、純白のドレスのような戦闘服の、膝下丈のスカート部分と、その下に覗く金属の脚甲だけが確認できた。
「ライルハートよ、もう立ってもよいぞ」
許可が下りたので、早速膝を伸ばす。
そして、少しの距離を置いて、王女様と対峙した。
まるで、花咲く一輪の百合のような——可憐さ。
「ライルハートよ、儂の娘のリリィじゃ」
正直、王の声など耳に入っていなかった。
小柄な体躯に、金砂のような髪を頭の後ろでひとつにして。
純白の服の上に、脚甲と同じ金属製の胸甲と手甲を身につけている。
大胆にも、背中と肩が大きく露出し、白い柔肌が晒されていた。
だが、何よりも目を引いたのは——腰の剣。
「まさか……」
剣は泉に投げ入れたはずだ。
俺を混乱と困惑が襲う。
「貴方はライルハートというのですね」
「あ、ああ」
おかしい。
なぜ、ここにあるのだ。
「それでは少し呼びにくい。ライル、と呼んでも?」
「別に、構わないが……」
俺が以前使っていた、そして、最期の時に手放した、救済の剣が。
聖剣アスカロンが。
胸の奥で、何かが大きく胎動した。




